第10話 異端Ⅳ





この世界において強くなるにはスキルを取得するのが手っ取り早いが、そうするにも必要なものがある。








それが熟練度。








これが不十分では欲しいスキルも手に入らない上に、スキル自体の昇華も叶わない。






身体強化は優れたスキルだ。


一般的には厳しい訓練を耐え抜いた先にようやく手に入る、入手難度の高い代物である。


しかしこの身体強化、実を言うと別の取得法がある。


この方法は指定スキルの熟練度を一定以上にするだけの簡単な条件、しかし同時に危険でもある。




熟練度を上げる、それ自体が本来は難しいからだ。ただひたすら素振りをしたりシャドーボクシングしたりしても、上がる熟練度は微々たるもの。



スキルの質に応じて必要熟練度も変わってくるため、その修行法で賄えるのは最初だけ。








つまり身体強化は、この世界で一般的な訓練をした方が早く手に入る計算だ。










だが、アルヴィスの場合は変則型で身体強化を狙っていた。




モンスターとの戦闘で経験を積む、それが今回の目標だったが、同時に別の目的もあった。

魔法の実用、スキルの確認、そして熟練度稼ぎ。一人よりも敵を倒す方が効率がいいのだ。


こうすることで通常よりも大幅に早く身体強化を獲得出来る。






加えてスキルには熟練度を上げやすいスキルと上げにくいスキルが存在する。




走力に関するスキルは、走るだけで熟練度が入るため、かなり上げやすいが、一方で防御系スキルは、一人では訓練の仕様がないため非常にあげにくい。




殼衝乱波はその間程度の難度、と言ったところだ。








そして身体強化に昇華するために熟練度を上げる必要のあるスキルは4つ。


殼衝乱波、堅、瞬足、跳躍。




瞬足と跳躍は元から条件を達成していた上に、このオーガとの戦闘で殼衝乱波の熟練度も達成した。




さらにオーガの固有スキル、鬼が発動して、攻撃力が増したことでたったの2度のオーガの攻撃を堅で耐えきっただけで、まさかのその熟練度も達成。










「俺の安い挑発に乗ってくれて感謝するぜ、オーガ。」








つまり、今のアルヴィスには発芽しているのだ。








「全て、計算通りだ。」






アルヴィスの体表が揺らぐ。


雰囲気の変化を、オーガの直感は逃さない。






今度は雄叫びも無し。オーガは全力で突進する。


















「身体強化……」








グッと握り締められた拳。


アルヴィスの瞳には凶悪な顔の、向かってくるオーガ。












ッガァァン!!!








そんな轟音と共にアルヴィスの足元に蜘蛛の巣の様なヒビが、豪快に入り、次の瞬足ーーーー










「一点衝波!!!」








オーガの目にも止まらなぬ速さ、アルヴィスはオーガの腹のど真ん中を、新スキル一点衝波で捉えた。












パァァァァン!!!!








まるで何かが弾ける、そんなけたたましい音が轟き、オーガは凄まじい勢いで吹き飛んだ。


オーガの腹の外見、これにはまるで損傷はない。少年の拳の跡がめり込んでいる程度。が、その実、内蔵はミンチになっていたりする。




「ってぇぇ!!!」




一方でアルヴィスは殴った右腕を抑え、地面に転がり、声を上げる。


一点衝波、これは殼衝乱波とは真反対のスキルで、衝撃を一点に集めるという技だが、やはり攻撃力が高い分、子供のアルヴィスにとって負担は大きく、反動が効いたのだ。




また、身体強化も同じである。




地面を砕く程の踏み込み、オーガを殴りつけた威力、流石のアルヴィスも少々の自傷ダメージを喰らうのだった。








「……へへ、慣れが、必要だなこりゃ。ま、何はともあれ、俺の勝利だ。」






アルヴィスにしてみれば、あまり褒められた戦闘ではなかった。

が、逆に初めてにしては上出来だ、とも思うのである。








しかし忘れてはならないのはアルヴィスが4歳児だということ。


一流の狩人ならば確かに瞬殺してしまうモンスターの一種であるオーガではあるが、それでも世の中の殆どの人間はオーガに傷一つ付けられないだろう。






そんなモンスターを、アルヴィスは齢4歳にして討伐して見せた。












これがどれほどの偉業なのか、アルヴィス本人はまだ、気づいていない。





◇◇◇




アルヴィスとオーガの戦闘、それは0から100まで終始、少なくともその戦闘を眺めていた騎士達、シラ、そしてレオンにとっては驚愕に値するものだった。




何倍もある巨体を吹き飛ばし、翻弄し、自身の持てる力を思いのままに操りつつオーガの行動を誘導していくその姿は、まさに策士。


レオン達も、やはりアルヴィスが攻撃を脆に受けた時は心配にもなったが、オーガの攻撃でさえ殆ど無傷。


流石にオーガのパッシブスキル、鬼が出たら間に入ろう、レオンはそう思っていたが、そこからも予想外の事態の連続だ。







オーガの攻撃を、ダメージ覚悟で反撃もなしに受け始めるアルヴィス。


シラや騎士達には分からなかった様だがレオンは初撃、アルヴィスが攻撃を受けた時点で気づいていた。






ーーーアルヴィスはわざと喰らってる。






パワーアップはしたが、スピードが大幅に上がった訳では無い。アルヴィスのスピードならば避けることは難しくなかったはずなのだ。


加えて確定的だったのがアルヴィスの視線。レオンはアルヴィスの目がオーガを捉え続けたい事に気づいていた。




レオンはシラ達を静止し、真剣にアルヴィスへと視線を添える。




初撃を喰らい、二撃目も喰らう。












そして笑った。








「全員見てろ。来るぞ、アルヴィスの隠し玉が。」






刹那、アルヴィスの周囲が揺らめく。




「まさか!」


「おいおいあれって!!」


「えぇと……まだ4歳なんだよな?」


「このままだと……マジで単独撃破?」









「身体……強化?」








シラの腑抜けた声に合わせるようにオーガが動き出す。






「殆ど体力のないオーガ相手に身体強化か。勝負あったな。」






フッ、と鼻で笑うレオン。


次の瞬間、何かの破裂音とともにオーガは後方数十メートル吹き飛び、アルヴィスも何らかの痛みに悶えながら倒れ込む。


オーガは口から大量の血を流しながら絶命した。




ありえないこの状況。




鼻で笑いはしたが、レオンであっても容易に頭を整理できるはずもなかった。






4歳の少年が、単独でオーガを撃破。無茶苦茶である。










そんな時、ふとレオンの脳裏におよそ4年前の記憶が思い浮かぶ。






「ガーハッハッハ!!!なんて事だ!!


産まれて間もない赤子で未知の封印魔法か!!


きっとこの子は将来大物になるぞ!!今から楽しみだ!!」






レオンの父、ビルガルドの言葉。




「全く……アルヴィス、お前なら本当に世界最強になれるかもしれないな。」




額を抑えてレオンは笑う。


周囲の者達も口を揃えて、「アルヴィス様は将来はどんな化け物になるんだろうな!」と冗談交じりに言葉を交わす。








「ただし、説教はしないとな。しっかりと、入念に。」








それがレオンの最後の呟きだった。
















しかし彼ら親子は知らない。


この都市レイティアの領主、レオンの4歳の息子アルヴィスが今日、オーガを単独撃破した。


この後、そんな噂があっという間に広まることを。














◇◇◇










まさか人生初の戦闘がオーガになるとは思ってもいなかった。

多分戦闘中はアドレナリンがドバドバ出てたんだろうな。終わった後はすっかり疲れてしまったよ。ま、殺しも初めてだったし。



反動を喰らった腕も足も、幸い大したことは無かった。生えたてのスキルだったから流石に制御の甘さが露呈したな。








問題はそのあとだったよ。




俺、父さんにめっちゃ怒られました。


危険だったんだぞ、って。




でも仕方ないよね、身体強化を取るのに堅の熟練度は絶対にいるし、絶好の機会だったんだもん。まさかたったの二発で条件を達成するとは思わなかったけど。


かと言って正攻法で身体強化取るのは時間かかるから却下なんだよなぁ。








と、言う事で門の前で延びていた人達を起こして、そこで父さんの部下の人達と別れる。


俺は父さんに連れられて家へと帰るのだった。






ブチ切れても、何だかんだで父さんは優しい。帰路の途中、俺と父さんは何軒か寄り道をした。


ま、全て食べ物の屋台だけど。




家に着く頃には時間にして午後3時。


俺が家を飛び出すと宣言してから既に6、7時間が経過。






もちろん家の中は大慌て。




何せ丘の上から俺が落ちたのだ。聞く話によると丘下に捜索隊を放ったとか。


その捜索隊も、もう戻ってきている。




聞き込みで俺が無事だと判断したみたいだった。


事実、こうして父さんと帰ってきたんだけど。










そして現在ーーーー






「アルヴィス!どれだけ心配したと思ってるの!」


「そうだよ!お母さんの言う通り!すっごい心配したんだからね!!」






ーーーー本日二度目の家族会議。




そして相も変わらず、母さんにシュラナさんも同席させられてる。

シュラナさんは気まずそうに座ってるけど……うん、もう二人目の母って感じだもんね。




「だってそういう約束だったでしょ!」




しかしここで引下がるわけには行かない。今後も定期的に戦闘しに行きたい身としては足元を見られてはならないのです。




「そ、それは……だって、アルヴィスが本当に家から抜け出すなんて思ってもなかったのよ!」




母さん……ぶっちゃけたね。


そりゃ俺は4歳だから、母さんがそう思うの無理ないけども。




「ね!シュラナ!」




「え、ぇえと……」




唐突に母さんから話を振られるシュラナさん。


しかし、どことなく歯切れが悪く、終いには顔を手で伏せーーー






「すみません、正直私、アルヴィス様は悠に抜け出すと思ってました。」




震え声である。




そして静まる母。




「……ホント?」




「……はい。」




またも沈黙。












そして、それに耐えきれなくなったシュラナさんが半泣きでーーー




「だってアルヴィス様の成長スピード有り得ないですもん!毎日見てたらこのお家からの脱走なんて簡単にしてしまう様な気がする程なんです!」




ま、そうだろな。


俺の鍛え方は効率化してるから。




でもそろそろ自主練も限界の頃合だ。


オーガ戦では操術スキルも試せなかったし。


もっと経験を積まないとな。






「そうなのシュラナさん!」




「……となると、シュラナだけはアルヴィスの実力を把握していた、か。」




「……私達、親なのにアルヴィスの事、分かっていなかったわけね。」




仕方ないよ、貴族の仕事大変だもん。


主にデスクワークだけど。




俺は苦笑いだ。










「ところであなた、アルヴィスはどうだったの?」




母さんが父さんに問う。


今まで俺への糾弾ばかりでその話は上がってきてなかったからね。




「俺達の息子はなんと、この歳でオーガを単独討伐しやがったよ。」














「「「……え?今なんて?」」」






母さんも姉ちゃんもシュラナさんも、皆同じ反応だ。


シュラナさんに至っては驚きのあまりタメ口である。俺はその位でいいとは思うんだけど。






「だ、か、ら、アルヴィスは俺から逃げ切った上にオーガを一人で狩ったんだって。ほら、コレ見てみ。」




そう言って父さんが渡したのは判子が押された紙切れ。


地球で言うところのレシート。








オーガ一体、討伐……状態は打撲痕、腹部周りの内蔵の破裂、傷み無数による減額。敷いて報酬総額210000イルザ






そんな記載を見て、姉ちゃんは「すっごーーい!!」って騒ぎだしたが、母さんとシュラナさんは震え出す。




「ね!凄いでしょ!」




褒められポイントでしょ、これ。


俺は胸を張り、へへーん!と笑う。それに続いて姉ちゃんは「アルヴィスぅ!すごーい!」と。
















ドォォン!!!














「「ヒィっ!?」」






が、刹那、テーブルが凄まじい音とともに殴られる。一ヶ所ではない、二ヶ所同時だ。凄まじい台パン……


俺と父さんは反射的に変な声が出てしまった。




「アルヴィス、何してるの?」




「そうですよ、何故いきなりオーガなどという化物と?」




や、やばい……


い、今の、ふ、二人はオーガよりもオーガしてる!


まるで能面のような表情、怖すぎる!!




と、視界の端に父さんが、ソロっと逃げようとしてるのが見える。




一人だけ逃走!?父さん許すまじ!










と、思ったのだが。








「あらあなた。どこに行くというの?」




「レオン様、アルヴィス様をお止めにならなかった理由……」




「後でじっくりと、その口から聞くことにするわ。」


「後でじっくりと、その口からお聞きすることにしましょう。」






俺のスキル、Sixth sense は空間を把握できる、しかし前提として5感全ての能力上昇がある。




そして今、そのスキルが俺に、この場から逃げろ、と警笛をガンガン鳴らしている。


もちろん、今の2人からは逃れられる気が一切しないのだが。

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