第5話 未知
あれから半年、4歳も既に折り返しに差し掛かった今日この頃。
便利なスキルもかなり増え、できることも多くなってきた。そろそろモンスターと戦闘しても、相手が雑魚なら問題ない程度には実力がついたと思ってる。
あとは徐々に経験を積んでいかないと。
この世界の知識で、最早引けを取る事は無いだろうけど戦闘と言えばそれもまた別の話。
強力なスキルを運用するには、それなりの経験が必要になる。
日本人として平和に生きてきた俺が、一瞬の判断ミスさえも許されない戦闘を、今後していかなければいけないかもしれない。
いきなり出来ることではないからさ。
正直、目処はたってない。
エルバさんからのマナー教習は、無事にひと月前に終わったけど、まだ両親から外出許可はおりてないんだ。
ま、感覚的に、恐らくだけど俺の作法スキルは限界値に近いところまで育ったと思う。
まさか一番最初に成長限界を迎えるのがこのスキルとはな。全く……
てか、今思ったけどさ、何でこの作法スキル、こんなに成長速いんだよ……
スキルが生えてからたったの5ヶ月程度だぞ?
とま、そんな事はさておき、今日も今日とて特訓だ。
元々エルバさんとの礼儀作法で取られていた時間も、最近では特訓に充ててるから、今はかなりの時間を確保出来てる。
スキルの熟練度も順調。体力もついてきて、少しずつではあるけど吐かなくなってきてるし。
環境が恵まれすぎてるってくらい良いから当然ではあるけど。
俺は庭に出て、朝日を浴びながらグッと伸びる。いつもの如く隣にいるシュラナさんも一緒だ。
「さて、今日もーーー」
その時、俺は背後の気配に気がつく。
「ーーーやるのか?」
「ーーーひゃぁっ!?」
ひょっこり出てきたのは父さんだった。
俺は察知してたから問題なかったけどシュラナさんは凄く驚いた。
そう言えば最近の俺、やたらと人の気配に敏感になったな。新しいスキルが手に入った感覚もなかったけど。
「驚かせてしまったか。悪いなシュラナ。」
「い、いえレオン様。私は……その、全然問題ありません。」
いつになくモジモジするシュラナさん。
若干顔も赤い気がするけど……
そう言えばシュラナさんって父さんと話す時いつもこんな感じだなぁ。
緊張するのかな?
「ところで、父さんがここに来るって珍しいね。どうしたの?」
普段は仕事が忙しいからね。
いつも書類関係に追われてるんだよな。
俺は絶対に領主の地位に着きたくないと思ったね。
姉ちゃんも嫌がるだろうけど、そこだけは任せよう、と決意してる。
ごめんな姉ちゃん!
「いや何、今日は久しぶりに休みが取れたからな。あと、アルヴィスの身体も大分しっかりしてきたみたいだし。」
お!?
この流れは!?
まさか!?
グッドタイミングで!?
「外にでも行くか!」
「よっしゃぁぁ!!きったぁぁ!!!待ってましたァァ!!」
いやぁ、まさかこれが俗に言う、虫の知らせ、ってやつなのか?
うんうん、今思えばそんな予感はしてたんだよ。
「今日のお昼ご飯はお母さんのお手製らしいぞ。なんと言っても腕に磨きをかけるって張り切ってたからな。」
「マジ!?楽しみだよ!」
これ、もしかしてピクニック!?いや、もしかしなくてもピクニック!
おまけに母さんの料理か!最高かよ!
流石にお袋の味だけあってうまいんだよ、これが。
「じゃあアルヴィス、今から用意して来なさい。人の少ない所に行くつもりではあるけど、一応外行きの服がいい。」
「おっす!じゃ、行ってくる!」
もうね、最高すぎ!嬉しすぎてスキップしちゃってるよ!?
今日の修行?そんなのいい!
観光!ピクニック!旅!絶景!これこそがファンタジーの醍醐味!
って、あれ?
「早くシュラナさんも用意しなきゃ!置いてかれるよ?」
うきうきでスキップしてしまった為シュラナさんとは少し距離が離れた。
シュラナさんも用意をする必要があるのに、何故か煮え切らない反応。
俺はシュラナさんに駆け寄る。
「あの、その、私は大丈夫です。
家族水入らずでお楽しみになってきてください。」
「えぇ、行かないの?何で?
シュラナさんも行こうよ。俺のお付きなんでしょ?」
シュラナさんは俺の問いに微妙な表情をし、相も変わらず同行を拒否する。
もちろん父さんも、「いいじゃないか。シュラナもどうだ?」、と誘うのだが首を縦には振らない。
何故だ……こうなったら最終手段、いくぞ。
「分かったよシュラナさん。
……シュラナさんが行かないなら俺も行かないよ。」
俺はシュンとして見せる。
明ら様ににさっきまでのテンションと差をつけることで、いかにも悲しんでいるように見せる業!
俺と一言に、シュラナさんはポカーンと呆けてしまった。
「……楽しみだったけど。そうだよね、シュラナさんが行かないなら、俺も寂しいから行かないことにする。」
そして念を押してーーー「楽しみだったけどね。」ともう一度。
大切なことだから二度言った。
「ちょ、ちょっとアルヴィス様!?」
「そう、だよなぁアルヴィス。おまえはずっとシュラナに付いてもらってたしなぁ。」
父さんも分かってるんだろう。
が、俺が素晴らしい演技をしてるのに、その棒読みは止めてもらえる?
リアル感なくなるんですけど?
「も、もぉ!分かりました、行きますから!」
困り顔、しかし何処となく嬉しそう。
こりゃシュラナさん、何かあるな。
そんなことを腹の中で考えつつも、もちろん顔には出さない。
俺は無邪気に、「やったぁぁ!」と喜んでおく。
◇◇◇
馬車に揺られながら街をゆく。
その景色は確かに初めて見るものだ。
けれどあちこちに既視感があるのは、ゲームの中でグラフィックが頭に焼き付いているからだろう。
ゲームでの視点は斜め後ろからであり、人に話しかける時だけ視線が主人公に一致するシステム。
水の都アルカースはゲーム内屈指の観光スポットだったからな。
もちろん、俺の興奮は終始収まらなかった。
しかし、実は一つ、この4年と少しの間で心配事があった。
この街レイティア、ゲームの中ではアルカースという名前だったのだが、表通りは華々しく飾られている一方で、少し裏に入るとまるでゴミ貯めの様な場所になる。
まさに闇の温床。
メインストーリー上でこの街を救うクエストがあるほど。
でもアルカースを統治していた貴族は父さんじゃなかった。
父さんはいい人だから、きっと内政も機能してると信じてきた。
それで今、俺は水の都レイティアの現状を、自身の肌で感じた。
そこは活気で充ちており、アルカースの時のような雰囲気はなかった。その繁栄はアルカースを統治していたクソ貴族とは比べ物にならない。
ちゃんと栄えてるって感じ。
何せ馬車で裏通りも通ったのだから、ちゃんとしてるって感じたんだ。
もちろん不正してる企業とか、癒着した役人とかはいるだろうけど、アルカースほど酷いことはなさそう。
俺は安心したよ。
父さんが善政してて。
と、俺、父さん、母さん、姉ちゃん、そしてシュラナさんの5人で馬車に揺られながら進む。俺は流れゆく景色を楽しんでいた。
しばらくして街の正門へとたどり着いたが、そのまま馬車は止まらない。
アスファルトとかは使われてないけど、街道はきちんと舗装されている。
しばらく行くと分かれ道。
森の中へと続く道と、その森に沿って続く道。
もちろん森の中へ。
もう一方の道は隣の領地への直通道だから街道にキャンプ地はあるもののピクニックには適さない。
で、この森なんだけど、それがかなり大きくて、水都の大森林って呼ばれてる。
浅い辺りは全く危険はないけど、その反面、深部にはそこそこのレベルのモンスターがうじゃうじゃいたりする。
しかしその深部の周囲には酷く濃い、幻惑霧という特殊な霧が立ち込めていて、まっすぐ進んでも深部には永遠に入れない仕組みになってる。
もちろん入り方はあるけど、現在はそんな方法確立されてないみたい。
父さんに、それとなく聞いてみたりもしたけど、何なら幻惑霧さえ発見されてないらしい。
森の中はこれまた神秘的。
綺麗な街並み、ロマン溢れる中世風人工物、そんなレイティアとは打って変わって新鮮な空気に生き生きとした自然、天から零れ落ちる木漏れ日。
あまりの美しさに、大地から息吹を感じる気がしてくる。
正直情けない話だけど、俺はこの移り変わる風景に終始大興奮だった。
同車してる皆も俺に付き合ってくれて、車内での会話は絶えなかった。
「さて、着いたみたい。」
そう言ったのは母さん。
馬車が止まって、御者のエルバさんがドアを開けてくれた。俺達は外に出る。
そこは少し開けた空間。川が流れ、せせらぎの音が気持ちいい。もちろんすぐ側は森で囲まれていて、宛ら聖域と言わんばかりに落ち着く空間と化していた。
「うわぁ!気持ちいいね!」
「ハッハッハ!そうだろう。」
姉ちゃんは駆け回り、父さんがそれに反応する。そんな中最後に出た俺はその場で深呼吸した。
なんと言うか……
「空気が美味しいなぁ。」
澄んだ空気にひんやりした心地いい穏やかな風。これ、きっと大自然の恵みってやつだよ。
(うんうん!)
(美味しぃよねぇ!)
(凄ーく濃いぃよ!この魔力!)
(わぁ、美味しい魔力だね!)
胸を張って仰け反り、体を伸ばしていたのだが、突如としてそんな複数の声が聞こえて来た。
直ぐに周りを見渡すがそこには間違いなく何も見当たらない。
「な、なんだ……この声。
気のせい……じゃないよな?」
(あれ?見えてるのかな?)
(人間には見えないよ。)
(でもキョロキョロしてるよ!)
(もしかして聞こえてるのかな?)
「おいおい、マジかよ。死霊系のモンスターか……いや流石に違うだろ。」
人とコミュニケーションを取るほどの知能、姿を完璧に消すほどの霊。
この条件を満たす高位のモンスターは案外少なくない。
が、しかし問題はその特性。
強い魔物達は総じて2つのパターンに分けられる。自分より弱い配下を傍に置く、もしくは孤高。
確かに魔物達も計略時には作戦を共にしたりすることはある。
が、今、この場の声の主は、まるでそんな雰囲気を醸し出してはいない。
ただ幼い子供が集まって遊んでいる、そんな感じだ。
「誰かいるの!姿が見えないんだけど!」
俺は声を張る。
こんなイベント、ゲームの中では無かった。確かにただの魔物かもしれないが、俺の経験がそれを否定してる。
今後の敵、という可能性はあるが、これは十中八九未確認イベント!
「アルヴィス?どうしたの?」
「アルヴィス様?」
母さんとシュラナさんの声が聞こえる。
けれどそんなことは後でいい。
今の俺は、ワクワクが止まらねぇ!って感じなのだから!
(聞こえてるみたいだよ!)
(人間なのに凄いね!)
(覚醒前なのかな?)
(きっとそうだよ!)
(お手伝いしよ!)
(うん!おもしろそ!)
(きっと運命だよね!)
(そぉだと思うよ!)
(フフフ!)
(アハハ!)
二人分の声が頭上でくるくると回りながら聞こえる。
「君たちは誰なの!」
あれだけやり込んだゲームにも関わらずまだ俺の知らない存在がある。
やっぱり最高だよこの世界!
「おいアルヴィス!落ち着け!」
「そうだよ、お姉ちゃんには何も聞こえないんだから。」
父さんも姉ちゃんも聞こえてない……となると母さんもシュラナさんも聞こえてない、か。
(お主にとーう!)
(お主にとーう!)
お主に問う、と言いたかったらしい。
二人分の声は楽しそうにキャッキャッはしゃぎながら続けた。
(名前はなんじゃー!)
(名前を聞かせー!)
「アルヴィス!アルヴィス・リアノスタだ!」
(あるびすぅ!)
(あぬびすぅ!)
俺の反応を木霊する二人のテンションは最高潮。ただねぇ、片っぽの子、俺の名前間違ってますけど?
「ど、どうしたんだアルヴィス……?」
「どうしよ!!何もないところに向かって語りかけてるよお父さん!アルヴィスがおかしくなっちゃった!」
「ずっと家の中で育ててたのが良くなかったのかしら!?」
「も、もしかして、私がこのピクニックに行かないと言ったのが原因では……」
それぞれが各々の感想を述べる中、俺はニッと声の方向へと笑いかける。名前間違いなんてよくある話だもんね!大人な俺は心が広いのです。
(うん!気に入った!)
(私も!)
(だからお手伝い!)
(スキルの解放!)
ーーーは?スキルの解放だと?
それを手伝う?そんな事が可能なのか?
それに、仮に可能だとして今の俺が取れるスキル?一体何のスキルだ、この俺が何一つ思いつかないんだが?
(もう覚醒前だけどね!)
(その解放、手伝ってあげる!)
(僕達を視る力!)
(私達と触れ合う力!)
(弱いかもだけど!)
(強いかもだよ!)
ま、待てよ、そんなスキルあったか?
もしかして裏スキル?
いや、スキル図鑑は全て埋めたぞ。
(アルヴィスの中で覚醒目前!)
(それを私達が早める!)
(どうする?)
(どうする?)
目前、ってことはその内獲得出来るスキル……でもそれがいつのタイミングかわからないのは苦だ。
出来るなら早い方がいいのは確かだ。
それに、このタイミングを逃せば、この不思議クリーチャー達のことを知ることができなくなるかも……
「……そう、だな。お願いしてもいい?」
俺がそう言うと二人分の声は嬉しそうに(うん!!)と一言。
「ーーー!!!」
刹那、俺は寒気に襲われる。
体の中に何かが入って来た感触と、体内に溜め込んだ魔力を吸われる感覚。
俺は思わずその場に倒れ込む。
「おい!アルヴィス!」
父さん達が周りに駆けつけてくる。
が、俺はそれどころでは無い。
体全身に鈍い痛みが走り、次々と出る冷汗は留まることを知らない。
が、最中、俺は気がついた。
新しいスキルが生えた感覚。
そしてそのスキル覚醒に魔力が持っていかれた。また、その媒をしてくれたのが、さっきの未確認生命体。
と、同時に俺は胃の中身をまっさらにする勢いで嘔吐した。
スキルの影響だ。
このスキル、ちょっとヤバい。規模が半端ない。
俺を中心とした半径5キロの気配を自動察知しやがる。
木も葉も人も虫も魔物も土も砂も、どれだけ細かくても関係なし。
それはまるで自分の目で認識していると錯覚するほど鮮明で、莫大すぎるその情報量に頭が狂いそうになる。
「……せ、…い、ぎ……ょ…!!!」
俺は雄叫びを上げながら今まで鍛えてきた魔力を解放する。
その余波で辺りで風が、弱いながらも舞う。
「な、るほ、ど……これの、ことか。」
2分の後、どうにかこうにか制御に成功した。とは言え、少しでも気を抜くとまた暴走しかねない。
常に自身の魔力でこのスキルの能力を抑え込んでいる状態。
正直キツい、キツすぎる!
あの声の主が言ってた解放目前のスキルってのは理解した。
スキル名は……第六感、"Sixth sense"とでも呼ぼうか。
確かにここ1ヶ月、周囲の気配を強く感じていた。ま、ここまで広範囲じゃなかったんだが。
それにしてもこれは明らかに俺の知らないスキルだった。一度たりともその存在の確認は出来ていない。
そんなスキルに早速出会えるなんて、俺はかなりついてる。
死にかけたけど、まぁ、良しとしよう。
◇◇◇
一人森の中を歩き、片端のメガネを除けた壮年の男は内心で舌打ちをする。
「やはり……私の目は曇ってしまったようだ。」
彼の瞳は存在の格を明確に知覚できる。
そのはずなのに、今の彼にはそれが不鮮明にボヤけてしまっていた。
くっきりとレイティアの街を丸ごと覆っていた薄紅のオーラを、頭の中で想起している。それが今ではほとんど霞んでしまっているような状態。
レイティアに何かが眠っている、それも相当大きい何かが。
そう直感して潜り込んで早40年。
手がかりさえ無いまま、いつしかリアノスタ家の筆頭執事になっていた。
それでも何かには至る事が出来ていない。
そしてもう一つ、存在するモノには格がある。これは絶対の真理なのだ。
そのはずなのだ。
が、例外が一人、格の無い人間が一人。
それはアルヴィス・リアノスタ。
男性の瞳には、年端もいかない少年の格が写っていない。それは彼が生まれた時からずっと。つまりは彼に、格が存在しないということだ。
ありえないことではある、が、実際に起こっている現象。
それは男性にとっても未知の出来事。
故にアルヴィスを観察しなくてはいけなかった。自身の魔眼がのために。
人の格が自身の眼に写らないなど何か異常な事がアルヴィスにはある、そうに違いない、と警戒心を持たざるを得なかった。
礼儀の授業と称して、今までアルヴィスを観察する時間を設けた。
が、やはり最後までアルヴィスの格の知覚は出来なかった上に、引き伸ばしていた礼節の授業も、当主レオンの采配で終了。
「曇ってしまった我が瞳、そして格の無いガキ。忌々しい………」
男の瞳は木漏れ日の光を鋭く反射して鈍い輝きを放ち、レイティアの方面を睨みつけるのだった。
薄紅色の薄膜を、その瞳に映しながら。
この後、もう一話いきます!
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