第4話 始動
朝、今日も今日とてエルバさんに取っ捕まり、礼儀作法の受講をする俺です。
抜け出すことも適わず結局受けきった。
そして3時間の後、開放された俺は速攻で庭に走り出る。
「おはようございますアルヴィス様。
今日も凄まじい暴れ様でしたね。」
その先ではシュラナさんが待ち受けている。ほんとシュラナさんには迷惑ばかりかけて悪いとは思ってるけど、まぁ、いつもの事です。
俺は眉を八の字にして「ごめんなさーい」とだけ返事をする。
多分だけど、シュラナさんは俺にこの件を改める気がさらさらない事を気づいてるだろうな。
広々としたこの庭を、まずは軽く走る。
そして軽く準備体操。
「さて、今日もやるか!」
「アルヴィス様、本当に程々で止めてくださいね。私も心配なんですよ?」
俺は笑顔で一言、「うん!」と応えるが、もちろんし守るつもりは無い。
今日のメニューは大きく分けて
一つ目、インターバル持久走。
二つ目、パンチの素振り。
三つ目、筋トレ
と、ここまではいつも通り。
ここからが新メニュー。
三つ目、操術。
四つ目、武闘術。
五つ目、魔力鍛錬。
六つ目、瞑想。
ゲーム上でのステータスバランスの管理は非常に重要だった。
何かに突出したステータス構成にしたらキャラは確かに強くなる。
一方で、偏ったステータスにした時、必ず詰みポイントにぶち当たる。
かと言ってオールラウンダーにすると経験値が足りなくなって強敵に勝てなくなる始末。
オールラウンダーでストーリーを突破するとなると雀の涙程の経験値を雑魚モンスターから摂らなきゃいけなくなるから永遠にストーリーが進まなくなるのだ。
が、これにも抜け道はある。
ストーリー上で出てくる隠しアイテム。
これを揃えると、縛りは強いものの急成長が可能になる。
つまりこの世界を攻略するとなると、多少の差こそあれ、比較的どのステータスも同レベルに上げていくのが最も好ましいのだ。
加えて特に俺が好んでいたのは魔法型のステータスに特化すること。
もちろん他の基礎値にもステ振りはするけど、魔力系には最も重点を置く構成。
理由は単純、魔法には身体機能に補正をかけるものがあるからだ。
実質、魔法値を上昇させるだけである程度近接戦闘も可能になるのだ。
そして系統別にスキルを分けると、どのスキルの原点も次の四点に収束する。
武器を操り、肉体を創り、魔法を己がモノにし、精神を鍛える。
これこそが、俺が開拓した最強への道。
◇◇◇
操術、それは単に道具を扱う技能のことを指す。武器はもちろんそうだが、フライパンや筆などの武器では無い物の扱いも操術の一つ。
逆に操術と一括りにしても、剣術だけでも系統は、包丁、刀、片手剣、太刀、細剣、短刀……他にも無数のカテゴリーがある。
それぞれが固有のスキルとして独立しており、さらに熟練度も一つ一つに還元されるため、例え包丁の達人だとしても太刀を完璧に扱えるか、と言えば全くそうではない。
つまり、自分が料理人になりたければ料理道具系統全般の熟練度をあげなきゃいけなくなる。剣や刀のスキルをとったとしても料理人にはなれないといったシステムだ。
とは言えスキルにも"格"という概念があり、これこそがスキル習得の上での抜け道になってくる。
ーー50種類。
無数にある道具の中でたった50種以上の道具の熟練度を、ある水準以上にした場合、バラバラだった操術系統のスキルは一つに統合され、"操術"というスキルに昇華する。
しかし意外にも50種の道具に対するスキルを生やすのは難しいし、練度をさらに上げなきゃいけないため、スキルが統合され、操術になっている人なんてどれだけもいないだろうな。
ゲームの中でもこれを為せば、最早天才扱いだったから。
操術に昇華するにも相当時間がかかる。下手すりゃ最低でも10年コース。
しかし操術にばかり時間をかけてはいられない。
「はぁっ!!!」
実はこれにも抜け道がある。
今、俺が庭で振り回しているのは剣でも盾でも、はたまた大槌でもない。
というか、そんなモノ、普通の4歳に扱えるはずもない。
ならば一体何なのか。
ーーー棒である。
クルクルと手で回したり、体ごと振り回したり、思いっきり振り下ろしたり。
何故、片腕より少し長い程度の木の棒を振り回してるのか、気になるところだろう。
理由は一つ。
これにより複数のスキルを同時に習得できるから。桑、太刀、刀、棒、矢、鉈、槍、杖、片手剣、斧……etc……ってな具合。
何故木の棒を振り回すことで大量のスキルが手に入るのかは知らない。それはゲーム内設定だったからと納得するしかない。
でも俺の勝手な想像としては、多くの道具は元を正せば棒状の道具に帰着するから、だと考えてる。
何はともあれ、スキルの解放条件さえ知ってる俺からすれば50種の解放程度、5歳までにはクリアできるはず。
そうなれば道具を扱う技能と熟練度に補正が入るからスキルを育てやすくなる。
それに加えてさらに短い棒も用意済み。
こっちも要領は今使ってる棒と同じように使う。なんと、長さが違うだけで入るスキルも変わる優れもの。
短剣、包丁、ナイフ、ナックル、ヌンチャク等々。
他にも複数手に入るけど……正直な話、何のスキルが手に入ったか全部は覚えてない。
ゲーム時代では、この2本の棒と私生活だけで50種を達成してたからな。
で、あとの問題は体力が持つかどうか、ってとこ。
「おっりゃぁぁ!!」
「アルヴィス様、そろそろ休んでくださいよ。滝のように汗流れてますから。水分補給して木陰に行きましょう。」
「ま、待ってシュラナさん!俺はまだ舞えるーーー」
キラキラキラキラ
やっべぇ……またギリギリセーフ。
マジでゲロバケツチャレンジになってるじゃん。こりゃそのうち、庭にぶち撒いて父さんと母さんに怒られることになりそう。
「ほらぁ……
行きますよアルヴィス様、拒否権はありませんから。」
「いぃぃやぁぁ!!」
とまぁ、俺はシュラナさんに引きずられて木陰に連行されるのでした。
◇◇◇
武闘術、それは操術の様に道具を扱う能力ではなく、逆に己の身体を扱う技能。
こっちで手に入るスキルは種類自体は多くない。
が、入手難度が高い。
最低限の筋力、最低限の柔軟、最低限の身体機能、最低限の運動神経。
これが満たされないとスキルの獲得は、まず不可能。
ただし運動機能全般は年齢と体型に大きく作用される。つまり必要な最低条件が4歳と20歳では全く異なるし、体重18キロと40キロでも大きく違ってくるという事。
もちろん年齢の上昇や体型の変化と共に最低条件も底上げになる。
歳が上がるほど武闘系スキルは取得しにくくなるのだ。
さらにはその条件が満たされていたとしても、スキル別の解放条件も同時にクリアしなきゃ手に入らない。
ちなみに、昨日手に入れたスキルの瞬足もここに分類される。
と、ここに今日になっていきなり修行の方針を変えた理由がある。
武闘術系統のスキルを手に入れる指標がスキル瞬足にあるからだ。
瞬足の獲得で、自分に武闘系スキルを手に入れるだけの最低限の筋力がある事は確認できた。
だから、あとは欲しいスキルの固有条件さえ満たしてしまえば、どんどんスキル獲得が可能になる、という算段。
喫緊で欲しいのは瞬足の上位互換である"瞬歩"と波動闘術の"一点掌波"、"波天破錠"、それと身体強化。
欲を言えば瞬歩の派生、"瞬身"も獲得出来ると嬉しい。
とは言ってもこの武闘系スキルの入手は相当難しいだろう。最悪年単位の覚悟が必要だ。
こつこつ熟練度を上げていくしかないんだよね。
という事であれから4時間。
長い棒と短い棒をひたすら振り回し、さらに永遠と体術の訓練を続け、時間は午後3時を回ったらしい。
俺はシュラナさんと、木陰に行く。
本日2回目ではあるけど、今回は吐いてない。
さっきの強制休憩でシュラナさんとお昼の、ひたパンを食べたんだけど、正直吐くかもって思ってた。
でも大丈夫だったよ。
さて、シュラナさんは今日の修行が終わったと思ってるかもしれないけど全然甘いね、まだまだこれからだよ。
ここからは、待ちに待った魔法の時間。
「アルヴィス様、この後は直ぐにお風呂に入りますか?時間としては少し早めではありますがーーー」
「ーーーシュラナさん、俺はまだ、今日の修行は終わりって言ってないんだよね。」
「ーーーーまだ、やるんですか?」
脆に引いてる。
「うん、今からは魔法の練習。」
「ま、魔法!?アルヴィス様が!?」
すごい驚き用ですなシュラナさん。
「アルヴィス様、魔法には適性というものがありまして、誰もがどんな魔法でも使えるわけではないのです。」
と、シュラナさん。
が、それは正しくない。
人には得手不得手がある。それを適性と言うならば、その認識は間違いじゃないだろう。
けど、この世界での適性とは、0か100か、使えるか使えないかの話だ。
「なのでまずは適性の調査からしない事にはーーー」
魔法が使用できるか出来ないかは、使用する魔法への理解度が鍵になる。
さもなくば詠唱の際に神経回路に構築される魔力系に魔力が乗りにくくなるのだ。
故に現状の常識では、直感で扱える魔法のみが適性として判断されており、適性以外の魔法は使用できない、と言われているのだ。
とは言え、この事実はゲームの中でのサイドストリートと秘匿イベントで明らかになること。
もしもこの世界がそのルートに入っていなければ魔法原理が明らかになっていないのは当然だ。
俺はシュラナさんの言葉を他所に、瞳を閉じて両腕を水平にあげる。
呼吸は落ち着いてるし、疲労はあるものの体調自体は安定してるみたいだ。
一息、細く吐く。
「闇夜を照らせ、firs、灯火」
刹那、俺の身体の正面の空間に小さな灯火が現れる。
「す、凄い、たった一度で……それも短縮詠唱だなんて……ありえない……」
が、俺はそのまま気を抜かない。
徐々に魔力を増やしていく。
眉間にシワがより、額には一筋の汗。
流石にいきなりの細かい魔力コントロールは難しいな。
ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーーゴォッ!
「……う、嘘ぉ……」
数秒の後、灯火は突如としてその大きさを増し、火炎へと昇華する。
検証終了。
俺が手を一度だけ叩くと、メラメラと燃え盛る火炎は一瞬で霧散し、消えた。
魔力の封印の影響、ちょっとくらいはあるかなもって思ってたけど、何の問題もなかったか。
「ちょ、ちょっと……その、今のは何ですかアルヴィス様?」
引き攣った顔をしてシュラナさんが俺に問う。せっかくの美人が台無しだよ?
「何って?シュラナさんも、今のがfirsクラスの炎魔法、"灯火"ってことくらい知ってるでしょ?」
「いやいやいやいや!確かに灯火ですけど、さっきのはfirsクラスに収まるはずないですからね!?」
「ん、まぁ、細かい事は気にしない!
って事で次!」
「これのどこが細かい事ってーーーえ?次?」
俺は腕を前に空に突き出す。
「揺らぐ雫の戯れ、firs、ウォーターボール」
詠唱を終えると水の塊が手の平の先に現れ、その上で水塊は徐々に大きさを増していく。
「こ、今度は水ですか!?」
その瞬間、水塊は射出され空高くで破裂し、雨のように庭中へと降り注いだ。
「いい感じだな、次!!」
「えぇ!?まだやるんですか!?」
そんなこんなで今日は火、水、風、地、の4種を試した。
正直、もう少し魔法を使いたかったけどシュラナさんが目を回してしまったから途中で中止した。
でも、まぁ触りは悪くなかったし、スキル"詠唱破棄"も手に入った。
こりゃ上々な滑り出しだよ全く。
「シュラナさーん、大丈夫?」
「ほ、ほぇぇ……」
あっちゃぁ。
ちょっと、風の威力を上げたのはやり過ぎた。シュラナさん、脆に巻き込まれちゃったか。
「よし!」
ならいっその事、今日の魔法練習は無かったことにしとくか。
そうすればシュラナさんも大分気楽になれるだろうし。
俺は人差し指をピトッと木にもたれ掛かるシュラナさんの額に当てる。
「ーーメモリィズケイス」
刹那、小さな青白い光の泡が大気中にふわふわと現れ、人差し指の先の額へと吸われていく。
「シュラナさん、今日、魔法の練習しようと思ったけど止めたよ。俺が魔法の練習してたって思うかもしれないけど、それはきっとシュラナさんの夢だから。」
これは洗脳系統の魔法だ。
効果も大して強くない。
ちょっとした出来事に対する記憶の修正であるため、この魔法で忘れた事は何かの拍子に思い出すことも珍しくない。
要するに緩和処置だ。
「もうシュラナさんの前では魔法の練習は出来ないかもね。ま、シュラナさんが起きるまでは瞑想でもしとこー。」
俺はその場で胡座をかいて座りこんだ。
◇◇◇
瞑想、それは状態異常や精神ダメージへの耐性を高めるスキルの獲得に対して大いに貢献する。
精神、体調、それらの活発化により生命を保ち、スキルの運用を行う。
が、一度高騰した状態は正常化しにくいということは自明。自分でいつもの自分では無いとわかっていても修正できない事もあるくらいだからな。
深夜テンションがいい例だ。
そして、意図的に対象をそうした状態に変えてしまうのが精神干渉。
また、毒に侵されたり一時的に痺れたりする状態をこれに纏めて、状態異常という。
そんな異常の回避には、状態異常耐性スキルが必要になる。
そしてこれは、どのルートを選ぶにしても物語上必須のスキル。
なければ詰む、とまで言っても過言じゃない。
しかし取るのも簡単じゃない。
俺が目標としているスキル"完全異常耐性"の条件は、24時間での感情の起伏の平均が、平常時と0.0019パーセント未満の差。
つまり、まるで植物みたいな生活しなきゃ行けないことになる。
が、瞑想の練度をあげることで"集中"というスキルが手に入る。
俺の作戦としては、まる一日を何かに没頭して過ごす事であらゆる欲と、喜怒哀楽を消し去る、というもの。
今までゲームの中で色々試したけどこれが一番だったんだよな。
とは言え流石に数年では習得できないと思う。さて、手始めとして"精神干渉耐性"からいこう。
小鳥が囀り、周囲が紅い光で満たされる中、木陰で気を失ってるシュラナさんの隣で胡座をかき、俺は瞑想を始めるのだった。
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