第3話 リアノスタ家






「アルヴィス様、そろそろ夕食のお時間ですよ。訓練も程々にしてください。」




リアノスタ家はリアノスタ領の統括を行う貴族。それだけあって敷地は広い。


現在4歳になった俺の名前はアルヴィスだ。言葉はもちろん、読み書きまではとりあえずできるようになっている。




「わ、分かったぁ……あり、がとーーー」








ォォォロロロロ








「ちょっとアルヴィス様!またですか!いい加減限界まで追い詰めるのやめてくださいよぉ!!」




ギ、ギリギリセーフ!!


手元にバケツ用意してて良かった……


危ねぇよ、また庭にぶちまけるところだった。




肩で大きく息をしながら顔を上げると走って近づいてくる女性の姿が目に映る。


庭の向こうから駆けつけてくるのは俺の付き人、シュラナ・ミュルッセという女性。

年齢は秘密らしいけど母さんのクレスタよりは若いって母さんから聞いた。




母さんはあの美貌で30だもんな……


心からすごいと思うよ。






「もう、大丈夫ですか?」




「ご、ごめんってシュラナさん。」




背中を摩って俺の顔を覗いてくるシュラナさんに俺は困り顔で謝る。




「もう、毎日毎日訓練漬けで、毎日毎日吐いてるんですよ。私は心配なんですからね!」




そう、俺は毎日こんな感じなのだ。








と、言うのも理由がない訳では無い。


寧ろ、こうでもしないと俺の将来に支障をきたすのだ。




何故か。




理由は一つ。




4年前の超越魔法、天上呪鎖封印の行使の結果、俺の身体のあらゆる機能が弱化したからだ。

色んなことをしたいのに身体が弱いと支障も出てくるだろうし。




あの時の行使で課した縛りは3つ。


一つ、大部分の魔力封印。


二つ、5段階封印。


三つ、解除と解放。




そこに身体機能の弱体化は入っていなかった。


しかし如何せん、初めて魔力を使った上に尋常じゃない痛みのせいで制御自体が出来ず、魔力の封印中に身体へと悪影響が出たらしい。




ということで呼吸器系も免疫も魔力も、その機能は底をついている状態だったわけ。

だからついこの間まで頻繁に過呼吸に悩まされたし、病気にもよくかかってた。




まぁ、この縛りで呼吸も出来なくなって死んでたら元も子もなかった所だけど、最低限の生命活動はできてて安心した。








という事で、そんな過ごしにくい生活とおさらばする為に、3歳の時から今までトレーニングをしている。




オーバーワークにオーバーワークを重ねても若々しいこの身体はすぐに回復するから、シュラナさんには悪いけど、俺にとっては少々の無茶も許容範囲内。


結果、大分体力も付いてきたし、過呼吸の頻度も少なくなった。もちろん最近では病気にもなっていない。





「もぉ仕方ないですね、早くお風呂に入って夕食の席に行きますよ。」




夕暮れ時、シュラナさんは困り果てた表情だったが、最後は俺に笑顔を向ける。




「ごめんね、シュラナさん。」




仕方ないとは言え、俺にもシュラナさんを付き合わせてる事に罪悪感はある。


こういう場合は謝っておくのがいいんだよね。




「私が目を離してる時はやめてくださいよ?いいですね?」




俺はシュラナさんに頷き、手を繋いで屋敷へと歩いてく。

もちろん、俺の超越魔法で半壊していたらしい家もすっかり元通りになってる。




俺は家に入る前に、いつも通りバケツをシュラナさんに渡してペコッと頭を下げて、「お願いします……」と一言。




後処理をお願いした。




「はい、お願いされました。わかってると思いますけど、アルヴィス様はすぐにお風呂に行ってくださいね。」




「はぁーい。」




俺は玄関を開いて中に入り、風呂場へと直行するのであった。








◇◇◇








ウチの風呂はそこそこ大きい。


石タイルを基調としているこの風呂場、中々豪勢に造られてる。


流石は貴族家……




俺としては木造を添えたり、自然を模した簡易庭を設置したりした方がさらにいいと思うんだけど。


そういった風流は……ま、分からないかもねぇ。価値観の違いもあるからな。








「ふぃ……」




諸々を済ませた俺は風呂に浸かる。


今の季節は秋。


大分夏の暑さからも解放され、庭の木々も色を変え始めている。




これで外が眺められたらなぁ、と思うこの頃。正直自分でも、4歳にしてここまで達観しててジジくさい子供も早々いないだろう、とは思う。








「にしても、もう4年か……」




思い返してみれば色々ーーーーなかったな、うん。




何せ歩き出したのも生後17ヶ月程度。


普通に歩けるようになるまでにさらに3ヶ月とか4ヶ月とか、かかったもん。




それに俺は病弱だったから尚更外に出させてはくれなかった。


基本的に毎日家の中で過ごすしか無かったからなぁ。








 でも、多分あの時のことは、これからの人生でも忘れないだろう。




父に抱かれて家の外に初めて出たあの時のことだ。

敷地の外から見える街の景色とその先の風景。そこには今まで何度も目にしてきたゲームの中だけの、時代を感じさせる幻想的な世界。




そしてその世に生まれ落ちて初めての景色が観光名所設定のあった、水の都、アルカースだなんて。






二度と忘れることの出来ない程の衝撃になったよ。








ただ気がかりなのは今のこの都市、水の都と呼ばれているが、都市名がアルカースではなく、レイティアらしいのだ。


改名した後なのか前なのかは、もちろん分からない。




後、ついでにこの時代の時系列も、だ。


ゲームの世界と同じ時間軸なのか、それよりも過去なのか未来なのか。




正直、アルカースの風景だとすぐに分かる程度に、ゲームの時代に近いとは思うけど。








という具合に、4年経っても分からない事だらけではある。


ま、俺としては楽しめてるからそれでいいんだけど。




とは言え、分かったことだってある。




ゲームの時はステータスが見えていたけど、それがここでは見えない。

つまり数値化しないということだ。



一方でスキルについてはゲームシステムを踏襲してるっぽい。



一年の訓練漬けの成果で、ついさっき、「瞬足」ってスキルを手に入れたことで判明した。スキルを得る瞬間、何となくそれを感じられる。不思議なシステムだ。




当然ながら、まだ練度が未熟だからスキルの発動も2歩が限界なんだけどね。






ここでスキルの発動なんだけど、一度身についたスキルは二度と使えなくなるなんてことは無い。


例え10年使っていなくとも問題なく使える。




しかし同時に危険もある。




この世界での特殊な技能は魔力ありきで成り立っている。


さっきのスキル然り、魔法然り。




が、前述の通りスキルは、大幅なデバフや特殊結界でもない限り、どんな場合でも使用できる。




そこに危険がついてくるのだ。




簡潔に言うと、反動に耐えられず自傷する可能性すらあるってこと。




スキル自体、本来の物理的身体能力の限界を超えた領域での特殊技能。筋肉を酷使すれば筋繊維がちぎれるように、魔力がないにも関わらずスキルを使うと、どえらい事になりかねない。


ただ誤解のない様に言うと、スキルの発動自体には魔力を必要としない。スキルを発動した反動に耐えるために魔力を必要とするのだ。


身体を守るという系体を無意識の中で魔力を使って行うために、表面上、スキルに魔力が必要ってことになる。


まぁ、これにも例外は多々ある。人の使うスキルと魔物の使うスキルの違いだったりとか、ね。








「さて、そろそろ出るか。今日もいい湯だった。また使用人の皆にお礼言わないとなぁ。」




俺は湯船から上がる。




今日までの走り込みと筋トレで健康状態をキープできる程度には成長できた。


だから明日からは他のことにも手を出していこう。




「さて、いよいよ本格スタートだ。」




憧れの、しかしゲームの中だけだと諦めていたこの世界に俺は降り立った。


この自然溢れる美しい世界で、地球には無い環境と共に生きていく。






それを考えるだけで、俺のワクワクは止まらない。












◇◇◇








風呂を出た俺はダイニングに行く。


扉を開けるとそこでは一人の少女が気怠げに机に突っ伏している。


何ならあまりの空腹に「お腹すいたァ」って唸ってる。






が、刹那、様相が一変。


彼女は瞬で身体を起こし俺のいるドア前へとぐるりと首を回す、と同時に走り出していた。正しくホラーである。




「アルヴィスぅぅ!!」




「ちょっーーー!!!」




ーーと、その少女の突進により俺の胴は大ダメージ。自然と俺の声帯からこの世の終わりの様な唸り声が洩れたのも仕方ないでしょ。




毎日こんな感じだけど、これがマジで痛い。俺の身体が徐々に鍛えられてきた要因の一つなのかもしれない。






サラサラとした肩上まで伸びた純白の髪はまさに母親譲り。


そう、彼女こそ俺の姉であるエストリアだ。




「もー!お姉ちゃんはアルヴィス成分不足で死んじゃいそうだよぉ!」




そう言ってガッチリと俺の体を掴んだエストリア姉ちゃんは俺の腹に顔をゴリゴリと擦り付けてくる。




「い、痛いって姉ちゃん!!死ぬ!俺の方が先に死ぬ!」




「あ、ごめんね!」




ーーとは言うものの、姉ちゃんは一切止めようとしない。


アルヴィス好きっ!……って連呼しながら未だに姉ちゃんに組み敷かれてる。




そして俺も俺とて、姉ちゃんをひっぺがそうにも7歳の力に及びもしない。




「ぐ、グゥウエェ!!」






と、俺が死にかけのアヒルの様な断末魔を上げた時だった。


さっき俺が潜った扉が開き、やってきた父さんと母さんが、床で俺と、俺を弄んでる姉ちゃんに視線を移した。






刹那、場の空気が急激に凍りつく。




壊れたロボットの様に、姉ちゃんは首を回す。が、俺は未だにガッツリホールドされたまま。




「あらあらエストリア、この前言った事が、まだ、きちんと、理解出来ていなかったみたいね。」




母さんは笑顔を向ける、が、もちろんその瞳に光は無い。


姉ちゃんもこれには涙目だ。




そして父さんやい、目を背けるのは如何なものかと思うよ?




「エストリア、今からお母さんについて来なさい。いいわね?」




拒否権なんて存在しない。


姉ちゃんは震え声で一言、「はい。」と答えるしかないのであった。




そして2人は席を外し、残ったのは俺と父さん。




「アルヴィス、大丈夫か?」




「うん、何とか。いつもの事だけど死ぬかと思った。」




「ま、そうだろうな。

でもエストリアも悪気があったわけではーーー」




「うん、分かってる。姉ちゃんは俺の事好きすぎるんだよね。俺的には将来結婚出来るのか心配だよ。」




「ハ、ハハ……エストリア、お前4歳の弟に結婚の心配されてるぞ……」






遠い目をする父さんに無邪気に笑ってみせる。


父さんやい。その独り言、俺にも聞こえてるよ。






「ところで今日のご飯は何?俺、今日もすっごい頑張ったからお腹すいたや。」




「あ、あぁそうだった。先に料理は運んでもらおうか。すぐにあの二人も帰ってくるだろうし。」




「うん!」






この世界の料理は地球では見たことの無いものばかりだった。


もちろん、その全てはゲーム内で何度も目にしてきた料理だったけれど。




とは言え、"Trampling On The Victims"での料理は良くも悪くもリアルで、発売から大きく取り上げられた話題でもあった。




そのクオリティのまま、料理が食卓に並ぶのだ。


ゲーム内料理のレシピは存在してなかったから凄く憧れたものだ。それが今では何時でも口にできる。




最高すぎかよ。














俺と父さんが席に着くと使用人統括であるエルバさんと他3人の使用人が料理を運ぶカートと共に入ってくる。




俺もかつて、ただ席に着いているだけなのは気が引けたので手伝おうとしたが、使用人は揃いも揃って、「待ってるだけでいいんです。」と注意を受けたことがある。


なので俺はお礼を言うことしか出来なかったりする。解せぬ、と今でも思ってる。






てなわけで、それぞれの席の前に料理がサーブされた。




今日はコリードの甘漬けにパン、ペラシスープにサラダか。相変わらず艶がすごくて美味そう。




コリードと言うのは鳥型の魔物。


どちらかと言うと鶏に近いモンスターだけど、凶暴さは各違い。




余裕で人を食う様な奴だ。


ま、一般的には弱い部類の魔物だけど。




肉の表面に油を掛けながら揚げたそれを特殊な甘辛いタレつけながら食べるため、コリードの甘漬け、なのだとか。


味は全然違うけど、どちらかというと麺類でのつけ麺に似た食べ方かな。




この世界のパンは……実は大して美味しくはないしバリエーションも少ない。


パン、となるといつも同じ形でいつも同じ味。もちろん調理パンなんてない。




どちらかと言うとコッペパンに近いけどコッペパンの方が断然美味しい。


これがこの世界の主食、正直凄く米が恋しい。




ペラシスープはコーンスープに近い。これがほんとに美味しい。


最近はこのスープでひたパンにして食べてる。




最初は父さんと母さんに怒られたけど、これがどれだけ美味しいか分かってもらえてからは容認されてる。




ただし家の外ではやっちゃいけないとの事。




サラダについては言及することが大してないな。ちょっとした薄口のなんちゃってドレッシングをかけて食べるのがセオリー。


これもゲーム内と同じで、サラダだけは極端にメニューが少ない。




とは言え、やっぱり美味そう。


お腹すいたァァ!!




って、心の中で叫ぶ。もちろん口には出さない。はしたないから。










「アルヴィス、ところで今日はどんな訓練をしてたんだ?いつもと同じか?」




が、まだあの2人は戻って来ていないため食事は出来ないんだよね。


その時間潰しに父さんが話しかけてくれる。




「そうだよ。庭を走り回ったりパンチの練習したり。」




「でも毎日それだけだと飽きないのか?」




「体力つけるには一番だよ!そのお陰で俺の身体も強くなってるんだし。

もうしばらく病気にもなってないよ?」




俺の言葉で父さんも気がついたのか、顎に手を当てて「……確かに」と唸る。




「でも明日からはいつもの訓練は少し減らして別の事もしてくよ!」




「そうか。まぁアルヴィスが楽しいならそれでいいが無茶はするなよ。」




「おいっす!」




と、軽く敬礼してみせる。




しかし父さんから「だがーーー」と続く。




「作法の勉強は怠っては行けないぞ。

エルバからきっちり聞いているんだからな。」






ーーーギクッ!






い、いや、まぁ当然か。


普通に考えて父さんに告げ口するよね。




「全く、お前は頭もいいし、体を動かす事にも積極的なのに、どうして寄りにもよって一番楽な礼儀作法の勉強だけ抜け出そうとするのか。」




父さんは「ハァ……」とため息を着く。


俺はもちろん苦笑い。




というのも、このゲーム内での教育水準は現代の地球と比べて相当に低い。


科学の発展がなく魔法を発展させてきたこの世界で魔法学以外が劣るのは至極当然の話だろう。その魔法も、ゲームを隅から隅まで遊び尽くした俺にとっては理論破綻だらけ。




その為、元大学生で元廃人プレイヤーの俺に言わせてみれば子供騙し程度。






一方で礼儀作法はそうはいかない。


正直苦痛でしかない。


というか俺も既にそこそこは出来る状態なのだが、エルバさんの指導がそれ以上を要求してくる。




いつも二言目には、「ここまではいらないのですがアルヴィス様ならーーー」とか何とか。






だから何度も逃げ出そうと頑張った、んだけど、それも叶わず。


今後も頑張って逃げ続けるつもりだけどそれで逃げきれないならちゃんと受けるつもり。




……ま、どちらにせよ欲しいスキル達が入るまでの辛抱、だけど。










そんな脳内思考をしているとこの部屋の扉が開く。




「ごめんなさい。少々遅れてしまって。」




そう言って平然と入ってくる母さんと、絶望の淵に立たされた様な表情で「嫌だ嫌だ嫌だ……」と泣きじゃくる姉ちゃん。




いや、まじ何したん母さん……




俺は椅子から降りてフラフラ歩く姉ちゃんに寄っていき、「姉ちゃん、大丈夫?」と手を取った。




すると俺に抱きついて来て、小声でーー




「お姉ちゃんの事、嫌いにならない?」




ーーと。






なるほど、そういう事ね。


姉ちゃん俺の事好き過ぎるから、精神攻撃はかなり効いたんだろうな。




「うん!もちろん。

でも痛いのは……ちょっと嫌だな。」














刹那、姉ちゃんが決壊した。


壊れたロボットみたく「ごめんね」を大泣きしながら連呼。




「ーーーグゥッ!!!」




が、俺に抱きついた姉ちゃんの圧迫は尚も俺にダメージを与えるのだった。




結果、今日も俺が姉ちゃんの隣でご飯を食べることになりました。














最初は人物紹介みたいな感じです!

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