第2話 ''Trampling On The Victims''ー2





''Trampling On The Victims'' は魔法概念のあるゲームだった。


魔法の強さや影響の大きさ、俗に言う魔法強度は5段階に分けられる。




Firs、Sekt、 Thirdy、Fala、そしてVins。






その中でもthirdyの使い手クラスともなれば推定レベルは60以降。


物語の中にて後半であってもその序盤なら優に通用するレベルであるため、この人はかなり強力な魔導師だと考えていい。




しかしこれで、俺が今、ゲームの世界に生まれ落ちている事が確定したも同然。


理由や細かい状況はまだ分からないが、その前提があればこそ鮮明になる事実が一つある。






それが俺の現状。






今は、老年の女性によるthirdy、ヒーリングにより全身の痛みが一時的に引いた状態だが、既に新たな痛みが発生し始めている。






一体何が原因なのか。






ゲーム内にて、俺と全く同じ症状のキャラを救うクエストもこなしてきたから分かる。






これは魔力の過多だ。






通常、魔力の最大量は己の成長に伴って増やしていくもの。


が、稀に自己の成長なんて無視して魔力量だけが勝手に増えていく病気が設定されている。




これにより、自分で制御、保持、順応出来る範囲を超える魔力を体内で生み出してしまい、身体自体を自己損傷してしまうのだ。


対処に失敗してこの病気が進行すると四肢が壊死し、全身腐るなどという恐ろしい末路を迎えることになる。




俺はそれを魔力の過剰成長と呼んでいたのだが、現状を鑑みると、それと同じ事が俺に起きていると考えるのが自然だ。






が、原因が分かれば対処も可能。




……どうにかなる、はずだ。










俺から離れた場所で、まるで通夜の様な雰囲気を出す人々。

もちろん、thirdy、ヒーリング程度では傷の修復が限界であり、根本的な問題解決にはならないと知っての事だろう。




つまりは気休め程度にしかならない。




だからこれを妨げるには別の魔法の行使が必須になる。外科手術でどうにかなるものでもないし、そもそもこの世界に外科なんていないけど。








対処方法は至ってシンプル。


この魔力過剰成長は際限なく成長する訳では無い。やはり勝手に成長するとは言っても、それが無限だという訳では無いのだ。




つまり過剰成長を停めて自分の器を鍛える事で、成長後の魔力量に対応できると問題はクリアとなる。






ただ、そんな莫大な魔力の成長を無理やり停める、となるとthirdyやfalaでは役不足。


最低でもvinsの階級が必須。






だが、俺の膨張する魔力量を鑑みればそれでも足りないだろう。ゲーム内での回復時、どれだけ状態の悪い魔力過剰症でもthirdyクラスの回復魔法なら、2、3日の存命は出来ていたのだ。


一方で俺の症状は、そんな前例などとは比べ物にならない反動を一身に受けていることになる。





一見詰みに見えるこの状況、実はそうでも無い。






魔法には階級とは別に例外として超越魔法というジャンルがある。


流石に種類は多くないが、ゲーム内でも隠しぶっ壊れ魔法だった為基本の5種に含まれない範囲で存在していた。




と言うか設定上、超越魔法は隠し魔法であって、ゲーム内世界では認識もされていない代物。






今回はこれで乗り切れる、はずだ。






いきなりそんな魔法が使えるのか、正直不安である。


が、心配なのは発動だけ。魔力量は問題ないだろう。








意識の覚醒に伴ってどんどん解放されていく魔力。その自分の身体を傷つけている溢れる始めている魔力を逆手にとって超越魔法を行使する。




発動さえ出来れば、後は死ぬほどの苦痛に耐えきるだけだ。一抹の不安はあるけども。








俺はこの世界が好きだ。汚い所もあるけど、その分美しい場所も多い。


念願の世界にやってきたんだ。




こんな所で死んでたまるか。




絶対に生きて各地を巡って、美味しいものを食べて人生を謳歌したいんだ。


例え夢だったとしてもここで死にたくはないし、死ぬつもりも毛頭ない。






覚悟を決めろ、俺。







「ーーーヒュッ」





俺は目を伏せ、精神を落ち着かせる。相当泣き続けたせいで喉ももう限界だ。詠唱なんて出来やしない。だから息を細く吐き、黙唱。

完璧に、そして注意深く。






「うだぁあだううい!(天上呪鎖封印)」










刹那、俺の胸の中心から4色の鎖が打ち出される。


紫紺、紺碧、鸚緑、藤黄の順で鎖は大きくなり、天井や壁をぶち抜いて暴れ回っている。




同時に酷い痛みが内から湧き上がり、全身を支配する。


周りの状態は見えないほど自分一人で手一杯、俺には怪我人が出ないことを祈る事しかできない。






そんな中、鎖の根元、俺の胸の中心に深紅の楔が生成されていく。


その大きさは大人の手のひらサイズ。


見かけ上、俺の身体を貫いている様に見えるはずだ。




しかしこの楔、身体を実際に、物理的に貫いているのではなく精神自体を貫いているのだ。




もちろん、今までの切り傷や擦り傷の様な物理的痛みしか体験したことのない俺にとって、精神的ダメージは想像を絶する苦痛となっている。








「ーーーーーーーッッ!!!!!!!」






最早子供の泣き声、などといった可愛らしいものでは無いだろう。今まで体感したことも無い種の苦痛に、喉を潰しながらも叫ばずにはいられない。

俺の金切り声と暴れ回る鎖で大気が軋み、悲鳴をあげる。






そうして楔が徐々に形を成し、完成された瞬間、暴走していた4本の鎖がグルグルと俺を縛り上げる様に収束し、楔に吸い込まれるように一体化する。




と、同時に深紅の楔は漆黒へと姿を変えて俺の胸に溶け込み、鎖と楔の紋様が、そこに小さく刻み込まれた。












俺は途端に痛みから解放される。


もちろん、俺には既に意識を保つほどの元気も残っていなかった。










◇◇◇








その日、リアノスタ家に2人目の子供、長男のアルヴィスが産まれた。




父親、レオンと似た茶色産毛が頭から生え、黄色がかった茶色い瞳。


一方で顔は母親のクレスタ似だ。




リアノスタ家はとある国の貴族。


使用人もそれなりに雇っているため、アルヴィスは家族3人や両祖父母にはもちろん、使用人にまで可愛がられていた。








そんな中、生後2ヶ月を過ぎた頃、衝撃的な事実が明らかになる。




アルヴィスが魔力過剰成長症であるということだ。


クレスタの授乳に際して、アルヴィスの身体のあちこちから血が滲んでいるということを発見した。




一家は即座に回復系統に秀でているレオンの母親に一報を入れた。


が、魔力過剰成長症の治療が成された、という記録は史実上で一度もない。




言うまでもなく、その生まれたての男児の死は決定的なものだった。








「これはただの気休めにしかならない、分かってるでしょ、あなた達。」




それが、数日後に駆けつけ、thirdy、ヒーリングを使用した祖母の言葉だった。


残酷な現状にアルヴィスの両親は涙を流して抱き合う。




その場にいる父方の祖父母や集まった使用人にも暗い雰囲気が重くのしかかる。




































ーーーその時だった。




その場の誰もがアルヴィスから極度の魔力膨張を察知する。


その魔力量はあまりにも膨大で、尚且つ有り得ないほど凝縮されており、魔力感知に鈍感な者だとしても関係なく、肌で感じ取られる。




寧ろその驚くべき魔力量にその場の全員が震撼するほど。








超越魔法ーー天上呪鎖封印




効果はシンプル。


、それだけ。




だが、はそこではない。




この魔法、超越と言うだけあって尋常ではない魔力を消費する。


その見返りとして、殆ど制約もなしに、対象とした相手の縛りに様々な効果をつけられる。




例えるなら、捕縛された者を永久に動けなくさせたり、永遠に痛みを与え続けさせたり、死んでも超回復させて死ねなくさせたり、今回のアルヴィスの様に魔力を封印したり、と。




物理的に縛ることはもちろん、それは精神をも縛ることが出来るのだ。




発動まで時間がかかり、効果の定着までにも更に加えて時間がかかるため、使いやすいとは言えないが、戦闘時でも決して無視できない、自分が使えば優秀、相手が使えば厄介な魔法。




が、今回の様に対象は誰でもいいため、己自身に制約をかける用途もある。










そうして発動した超越魔法。


細い紫紺の鎖からガッチリした藤黄の鎖までの4本の鎖がアルヴィスの身体から飛び出した。




部屋はもちろん、リアノスタ宅が半壊するほどに、アルヴィスから伸びている鎖が暴走した。




クレスタ達の機転で張られた結界魔法により、幸いにも怪我人も死人も出なかった。


ただ、鎖の魔力密度が高すぎて何度も結界が壊され、紙一重のやり取りをしていたのだが。






しばらくして暴れていた鎖がアルヴィスの元に戻っていき、深紅の楔と共に溶け込んだ。


するとアルヴィスの胸に、先の鎖と楔を連想させる痣が現れていた。






その特徴から誰しもの頭に一つの魔法形態が思い浮かぶ。






封印魔法ーーー






最低でもthirdy以上のクラスに分類される高度な魔法。


しかし魔力過剰成長症には有効ではないと言うのが通説だ。




もちろん、魔力過剰成長症にthirdyやfalaクラスの封印魔法では単純に効力が足りないだけ。


しかしvins級の封印魔法を行使できる人間がこの世界にどれだけいるのか。








眠りこけるアルヴィスに近づく面々。


レオンの母親、セルタナは再度回復魔法を行使する。




すると外傷は今度こそ完全に治癒され、再び傷つくことも無かった。




「嘘……」




「あの、魔力過剰成長症が、完治した?」




一同は驚愕する。




まさに奇跡を目の当たりにした、そんな雰囲気。




しばらくして、レオンの父、ビルガルドは腹の底から笑い始めた。




「ガーハッハッハ!!!なんて事だ!!

産まれて間もない赤子で未知の封印魔法か!!

きっとこの子は将来大物になるぞ!!今から楽しみだ!!」




家族は安堵し、アルヴィスを恐れる様子などないが、使用人の中にはアルヴィスに恐怖している者も少なくなかった。




が、アルヴィスが今後、一体どう成長するのか、楽しみだと言えばその通りだとも思うのも確かだった。






















しかし誰もが甘く見ていた。


今後成し遂げていく彼の偉業は、このゲーム''Trampling On The Victims''の世界全体を巻き込んで行く事を、まだ誰も知らない。

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