Sixth Tailーーメインストーリーは俺がぶっ壊すーー

小野亀 奈瑠

序章

第1話 ''Trampling On The Victims''ー1







ーーーゃ、ーーース!!




霞む視界の端の中、大粒の涙を零しながら叫ぶ少女を捉える。


地面に取り押さえられている彼女は、それでも足掻き、男の片手により首を締められて宙にぶら下がる僕の方へ這い寄ろうとしていた。






僕を締め上げている男が少女に目をやり、汚い笑みを浮かべて何かを言っている。


一方で僕にはもう、抵抗できるほどの力が残っていない。






息が出来ない、頭が痛い、僕はもう、死ぬのだろう。


彼女を護る事が、出来なかった。お父さん、お母さんとの約束を、僕は果たせなかった。






僕にもっと力があれば、もっと才能があれば、もっと強ければ、きっとこんな事にはならなかった。






男が僕の顔に目を向け、大声で嗤う。


首を圧迫する力も強くなってくる。喜んでいるんだ、僕達の苦しむ姿を、絶望する姿を。








「いやぁぁぁぁ!!!!!!!」






耳を劈く少女の悲鳴。




幸か不幸か、そのおかげで僕に、ほんの少しだけ意識が戻ってくるのを自覚した。








確かに僕は力もなければ頭も良くない。けど、一つだけ、あるんだ。




あぁ、ごめんなさいお父さん、お母さん。


どうせ死ぬならーーーーーー






「……ぉ、い………」






奴の手に、かろうじて、触れた。








「ぁ?何だこいーーーーー」






刹那、男は無数の光の粒子となって消滅した。僕もその場に落下し、ようやく多量の空気が体内に流れ込む。




「アルヴィス!!!」




「き、貴様ァァ!!!何をしたァ!!」




少女の声と少女を押さえつける男の怒声が同時に轟く。


他の敵は……唖然としてる、みたいだ。






が、今の俺に、彼女に応える気力などほとんど残されていない。






だから……少し、だけ。




「ご、めん、ね。

、じゃ、君を、護れない。」




「ーーーっえ?」






ほら、崩壊が始まった。


俺を中心に、あらゆる物が星屑のようになって跡形もなく消え出している。


消えた後には何も残らない、何も無い空間だけがそこにあり続ける。








「でも、大丈夫、だよ。

次、は、必ずーーーー」








僕の生命を引き換えに世界をーーーー








「ーーーーリリィ、君を、護るか、ら。」






















そうして、世界は終わりを迎えた。








◇◇◇






''Trampling On The Victims''


これは一人用ゲームであり、ジャンルはRPGに属する。


グラフィックやエフェクトは文句の付けようもないほど幻想的であり、発売当初は凄まじいほどの反響を呼んだ。






ただ、このゲームはかなりの鬼畜仕様。


ストーリーは重厚、マップは広大、敵は強い、にも関わらず貰える経験値は雀の涙ほど。






もちろんこのゲームを神ゲーだと言うプレイヤーはいる。俺もその一人だ。


が、その難度の高さもあり、序盤で8割程のプレイヤーがこのゲームを止めたらしい。




正直仕方ない。


自分自身、1つのストーリー毎にかけた時間は途方もなかったからな。






というのもこのゲームにはメインストーリーが5つ存在している。


第一ストーリーは主人公に人族を、第二ストーリーは妖精族を、第三ストーリーは獣人族を、第四ストーリーは天族を、そして第五ストーリーは魔族を選択した場合の物語。




メインストーリーは一つの時系列をそれぞれの視点で追っていくため、ストーリーはどれも分量的には同じ。


第五ストーリーだけは途中で敗北するルートになるから若干早く終わるけど、それも誤差みたいなもの。




1つのストーリーを普通にクリアさせるだけでも5、600時間はかかると言うのにそれが5つも用意されている。


第1ストーリーだけで満足して辞めてしまうプレイヤーも多いって掲示板で見た気がする。






更には鬼畜仕様、完全攻略後の隠し要素の多さと回収の難しさ。




何せ、全てのストーリー終了後に一部セーブデータを初期化してストーリーをやり直すことで隠しコマンド解放、なんてバカげたモノもあれば、メインストーリーの1周目に逃せば二度とお目にかかれないレアイベント、なんてのもある。



これがオープンワールドで行われるのだ。



また、そういうレアイベントに限って発生させる難度が鬼。例えば、ストーリー上で関係の無い宿の特定の一室で、ゲーム内時間にて1週間滞在し、その上で賃金を滞納して支払いをしない、っていう条件とか。




最早データに直接アクセスでもしない限り完全攻略はできないのでは?と思わせるが、その実、不思議なことにこのゲームのハックに成功した者は1人としていない。










だからこそ思う、俺はついにやり遂げたのではないか、と。


今、この瞬間、長き年月をかけて5つのストーリーの完全攻略、隠し要素の完全解放、アイテム、スキルの全収集、15人の全ヒロイン解放を成し遂げた。



正真正銘、完全攻略に至ったと確信した。






既にこの''Trampling On The Victims''の攻略情報などはどのサイトでもほとんど更新されていない。もちろん攻略本も発行されていない。


故に本来なら全クリがどのタイミングでなされたのかなど、分かる由もない。






が今、ホーム画面に、今まで存在しなかった新たなコマンドが現れた。

恐らく全てを、本当の意味でクリアした時に開放されるエキストラルートなのだろう。




縦にFirst Tail、Second Tail……と続くコマンドの一番下。






ーーThe Last : Sixth TailーーStart…






俺は迷わずコントローラーを操作し、そのコマンドを選択する。










































ーーーー刹那、血を吐き、その場に崩れ落ちた。








何が、起きた……


理解など追いつかないまま身体が動かなくなっていくのを感じる。








薄れゆく意識の中、画面に写ったキャラを瞳に映す。


が、そのキャラは、確かに、今までで一度も見たことの無い個体だった。








◇◇◇








確かに、意識は闇に呑まれた。


何が原因かは分からないが、明らかに気を失い、多量の血を口や鼻から垂れ流したため、即処置されない限り自身の死は免れないだろう。




そんな最中、意識消失により何も感じないはずの無意識の奥底、宛ら小さな箱に押し込められたような窮屈な感覚に陥った。




意識はない、にもかかわらず感覚は刺激される。半分寝ていて、半分起きているような気分。




そのはっきりしない霞がかった思考の中で突如として光が差し込み、自然と自身の身体が吸い込まれていく。




俺は眩い光に包まれた。


が、視界が明確にならない。


眼前は真っ白で何も見えないが、目を固く瞑れば暗黒。




聴覚さえも、今は耳鳴りの様な音がなり続けて役には立たない。






同時に身体が冷える感覚に襲われる。


さっきまでは暖かい場所だったはずだ。








ここは死後の世界?


それともまだ生きている?






霞がかった様に纏まらない思考、それ故に自身が泣き叫んでいる事さえ、大幅なタイムラグを伴って初めて気がつく。






それはまるで精神と肉体が連動していないかの様だ。




感触だけは伝わってくる。俺という大の大人が誰かに抱えられている感覚。




身体には力が入らないため少々ぐったりしている、と思う。


だからなのか、俺の首はきっちりと支えられている。




宛ら、俺は赤子の様な扱いを受けているらしい。










まともに思考もできず、ただ泣くだけ。


そうして、いつの間にか俺の意識が途絶えていたのは、きっと泣き疲れたからなのだろう。










◇◇◇








しばらくの時が過ぎた。




が、目も耳も使えない状態だったため、それが1時間なのか1日なのか、はたまた1週間なのか1ヶ月なのか、一体どれほどの時間なのかは分からない。




そんな日々の中、完全に五感が定着した訳では無いけれど、ようやく機能し始めた。








結論から言うと、俺は赤子だ。赤子の様な扱い、ではなく、紛れもなく赤子なのだ。何を言っているのか分からないかもしれないが、確かに俺は赤子になっていた。




というのも、鮮明ではないにしろ、霞みながらも視覚認識が可能になった今、ほんの少しだけど情報を収集が出来始めたのだ。




俺はどうやら病院のベッドで寝かされている訳では無いらしい。


木の檻、のような場所に入れられている事が分かっている。




そして定期的にやって来るのは銀髪の女性。肌も白く瞳は翡翠色で、まるで人形を見ているかのような完成度。


日本では言うまでもないが、海外でもそんなファンタジーのような遺伝子継承者いないだろうと、俺は直感した。




霞む目でもその程度の認識は出来た。








が、驚いたのはその後。




その女性は俺を軽々と持ち上げて檻から出すと、近くの椅子に座り、俺を膝に乗せたのだ。


さらに女性は服をはだけさせて、俺の頭を胸に接近させる。




この時に、俺は赤児へと姿を変えたという事を本能で理解した。








今でも身体が精神と乖離している様な感覚で、思うように身体を操作できない。


が、ほんの少し手足を動かす程度は問題ないのだ。




確認した所、俺の四肢は想定よりも余程短くなっていることが判明。


思考も未だに纏まらない中、このあまりにもリアルな現状、最早俺には夢か現実かの判断がつかない。






更に加えて、この女性の放つ言葉。




俺の知っている言語ではないことは明らかだ。つまり日本語でも無ければ英語でもドイツ語でもない。










もう訳が分からん。


一体何がどうなっているのか。




あと、結構頻繁に男性もこの部屋に入ってくる。茶髪に漆黒の瞳。日本にも居そうな色の持ち主だが、その整った顔立ちはイケメン所の話ではない。




更なる情報が必要だ。


ま、何も出来ない今、情報収集に徹する他ないんだが。








◇◇◇








時は更に流れ、俺の意識も大分馴染んできた今日この頃、俺は生と死の狭間を彷徨っている。








いきなりではあるが、何があったのか。








時間の流れと共に俺の五感は身体そのものに定着していった。次第に視界も聴覚も思考もより鮮明になって来ている。




が、それに反して問題が起き始めた。




それが、今回俺が死にかけている原因だと思われる。


というのも、意識の定着に伴って、それに反比例する様に身体全体で〝何か〟が蓄積していくのを感じていたのだ。




最初はほんの少しの違和感。




が、それは意識の覚醒強度が高くなるほどより多く生成され、体内全体に蓄積されていく。




その〝何か〟の正体は実の所不明だが、違和感が痛みに変わるまで、それほど時間はかからなかった。






今では身体中に鈍い痛みが響き続けている。俺を抱えた女性の手や、俺が身につけている衣服には血がつく。




言葉を理解できない俺でも、その女性がこの状態の俺に酷く驚き、尋常では無いほど狼狽え、混乱していたのは表情から察しが着いた。








それがおよそ4日前の事だ。




状況はもちろん悪化しており、既に微かに血が滲む程度では済まず、至る所の皮膚から血が流れる。




それに加えて体内からの慢性的な強い痛み、さらには排泄物にも血が混じっているらしい。




赤ちゃんである俺にこの痛みに耐えられるほどのメンタルは、どうやら兼ね備えられていないようで、四六時中泣きっぱなし。








こうして今に至る。




視界がより鮮明になり、この部屋には複数の人々が出入りしている事を確認している。




俺が泣き止まないことを心配してか、何人かの人が俺を遠巻きから心配気に眺めてくる。


中でも、いつも母乳をくれる女性と、茶髪なスリム体型の男性は気が気でないらしく、歩き回ったり、俺を覗き込んだりと落ち着かない様子。




それを俺は潤んだ視界でとらえた。








頭は痛いし、身体も痛い。


泣くのも苦痛だし体力も削られる。


が、泣き止むことが出来ない。




多分、俺が泣き止む時は……死ぬ時だろうな。






この痛みの原因がどこにあるのかが分かれば対処も出来るかもしれないのに……




正直悔しい思いで一杯だ。




ここで死んだら、今度こそ本当にあの世行きなのだろうか、それともこれが悪い夢で、現実世界へ戻れたりするのだろうか。








そんな思考を巡らせていた時、この部屋に二人の人が勢いよく入ってきたのを視界の端に捕える。




落ち着かない様子だった先程の男女もその二人の人に駆け寄り、少しばかり何かを話していた。






今入ってきたのは年配の男女。


そのうちの女性の方が俺の顔を覗き込み、眉を顰める。




そして、また二言三言、先の3人と話した後、年配の女性は俺の寝かされているベッドへと近づいて来た。










目を閉じたその人は俺の真上に両手を拡げる。




朦朧とする意識の中で、何を?と思った瞬間だった。






聞きなれない、理解不能の言葉と思われる音声が耳に届く。




迷信じみた何かをしているのか……




その思考が脳裏を過り、意識を保つ事が限界に達しようとしたその時ーーーー






「ーーthirdy、ヒーリング」






ーーーーたった一言、最後に俺の知っている単語が部屋に響く。




と、同時に幻想的なエフェクトが俺を包み込み、明らかに痛みが和らぐ。








知ってる、それは、本当によく知ってる言葉だ。何度も見てきた、何度も使ってきた。








紛れもなく、あのゲームで使用される魔法。


 








途切れかけていた意識も、それを見た瞬間に鮮明に色付き、狭間から容易に生還する。




当然、俺がその事実を悟るのに、ほんの一瞬すらかからなかった。


ここは、疑うまでもなく"Trampling on the  Victims" の世界だ、という事実を。

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