唐突な相談
インドカレー&学祭から2ヶ月が経った。年が明けてすぐのことだった。
この日は休日だったので年末に怠った自宅の大掃除をしようと計画していた。床はもちろん、布団や水回りなどやる箇所は多くはないが少なくもなかった。
そうなると夕飯は簡単なものにするしかなかった。特に何かを作ろうとは決めておらず、スーパーに行って手軽に作れて安いものを物色していた。
(肩ロース安いじゃん!)
目についたのは外国産の豚肩ロースのブロック肉だった。100gで100円を下回っていたのでたくさん食べられるなと思った。
だがブロック肉である。薄切りの肉であればもやしとタレと一緒に焼いて丼飯に乗せればそれだけで食べられるものになるが、ブロック肉である。
(よし、煮豚にしよう!)
大掃除の計画はどこへ行ったのか。計画は豚肩ロースのブロック肉によって頓挫したのだった。
だからと言って完全に破綻したわけではなかった。半ば完遂は諦めていたものの、煮豚なら煮ている合間にある程度の掃除はできると思ったのだ。
ブロック肉をタコ糸で縛っては焼き、醤油や砂糖で味付けしたスープに煮込んでいる間に床掃除と布団の掃除を終わらした。1番汚くなりがちの水回りができていないのが問題だったが。
煮豚もよく煮えて、米も炊き終わり、もうそろそろ19時だし味噌汁を作って煮豚を味わうか。そう出来栄えを想像しながら俺は味噌汁を作るべくお湯を沸かそうとしたところでケータイが通知を伝えた。
〈ねーねー広瀬くん。ちょっと友人に対する愚痴というか相談というか、そういうのを聞いて欲しいんだけど、これから平気だったら返信ちょうだい〉
月見里からであった。
飯を食いながらだけど相談に乗ることはできるかと思い、俺はすぐに返信した。
〈これは珍しいな。聞いてやろうw〉
上から目線なのはわざとだ。今まで月見里が俺に相談なんてしてきたことなんてなかった。だから割と重大な案件なのではと思い、下手な緊張を出さないようにいつも通りを努めたのだった。
〈やったぜ! ちなみに今家?〉
〈そうだよ〉
〈まだだったらついでに飯食いに行かない?〉
ここで俺は勘違いに気付いた。
相談はメッセージSNSでするのだと思っていた。そうではなく、直接会って相談を聞くのだと、このとき理解したのだった。
これから食べようとしていた俺は、確かにまだご飯を食べていない。だから月見里の誘いに乗ることはできるのだった。
〈どこで食べるの?〉
1分未満の思考の結果、俺は誘いに乗ることにした。
理由は、月見里が俺に相談なんてしてきたこと、そしてこんな機会なんて滅多にないのだから乗るべきだろう。そう考えた。
〈どこでもいいよー!〉
〈その返しはなかなか難題だな〉
よくあるパターン過ぎて苦笑してしまった。
〈じゃあ広瀬くんの近場で美味しいところ〉
〈もっと難題だなww〉
選択肢を絞ってくれているようで全然絞られていなかった。
〈とりあえず電車乗るね!〉
どうやらあまり考える時間はないらしかった。
最初のメッセージが来てからわずか3分で一緒に食べに行くことが決まってしまったのだった。
ここまで俺を早く動かせるのは月見里だけだろうなと確信した瞬間でもあった。
以前に先輩が勧めていたお店に場所を決め、俺は月見里を迎えに駅へと自転車で向かった。
「久しぶり……ってほどでもないな」
「そうだね」
2ヶ月ぶりである。1年半や4年と比べれば短いものであった。
俺は自転車を押しながら月見里を連れてもと来た道を歩いて戻った。
駅前の大通りはクリスマスの残滓なのかイルミネーションされたままだった。
(オレは運命に試されているのか?)
そう思ってしまうのには理由があった。
この日、付き合っていたカノジョの誕生日だったのだ。
遠方に住んでいるため、メッセージを送ったりスタンプをプレゼントしたりとできることは少なかったが、それでもよりにもよってこの日にかつての両片想い人である月見里と会うのだ。信じたくもないが運命に試されていると思わざるを得なかった。
選んだお店は炭火焼きを売りにした個人経営の店だ。
店主に席について訊けば、狭いカウンター席と2階のテーブル席があるとのことだった。
月見里の表情を見てみると、どっちでも良さそうな雰囲気だったが、テーブルがいいなと言った表情でもあったので2階へ行くことにした。
カウンター席にはそこそこ人がいたが、2階には誰もいなかった。ここなら相談も存分にできることだろうと思い、正解だったかなと思った。
「何にする?」
「広瀬くんは?」
まずは腹に入れるものを入れなければ話にならなかった。お酒もちょっとだけ飲んで話しやすい状況にもしたかった。
注文を一通りし終わって、前置きは移動中にもしたのもあって俺は早速本題に入った。
飲み物が来るまでの間、彼女は俺に相談の内容を打ち明けてくれた。内容については本人の希望もあるので伏せる。
飲み物が来た。俺は日本酒を、月見里はピーチオレンジを手に
「「乾杯」」
11歳で出会ってから13年が経ち、俺達は酒を一緒に飲んだ。そのことがどれだけの偶然の上に乗っていることなのか俺にはわからない。けれどそれでもとても貴重なものだと直感が告げたのだ。
お目当ての肉料理が運ばれたところで、月見里の相談内容も概ね理解できたので、俺は自分の考えをまとめて彼女に伝えた。
「ってなんで泣きそうになってんだよ」
笑って言ったが、内心は相当焦っていた。話していたら月見里が今にも泣きそうな表情をしたからだ。
俺が俺自身に誓ったことの1つに月見里真子を絶対に泣かさないというものがある。それは幼い頃の俺が騎士道ぶって決めたことに過ぎない。けれど1度決めたことならば何が何でも泣いているところなんて見たくなかった。
だから笑わせるためには道化師にでも何でもなると、そう決めていたのだ。
「泣きそうになってないし」
そう反論する月見里だが、声自体が誤魔化しきれていなかった。
「でも声がうるってしてたぞ」
だから揶揄って怒らせて、笑わせるのだ。
それだけ悩んでいようと、笑顔でいて欲しいから、俺は彼女の相談に真摯に向き合おうとしながらも冗談も含めて考えを、できる限りの助言を伝えるのだった。
*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*
相談について俺から言えることを言って一段落したところのことだ。
「広瀬くんと付き合ってたら今も腐れ縁してないと思うよ?」
両片想いだったからこそ、今話せることだってある。もし付き合っていたのならば今頃どうなっていたか、そんな話だった。
「そう? 別れてもこうして時々連絡してると思うけどなぁ」
別れるだろうなというのは同意見だった。
あの頃の俺が不素直であり、誠実と臆病を履き違えていた状態では必ずどこかで破綻していたであろうことは火を見るより明らかだろう。
認めず、理想を押し付け、自分は本当のことを言わない。そんなのでは上手くいくわけがなかった。
けれど、別れたとしても連絡は取っているのではないかと俺は思った。喧嘩別れならともかく、納得できない別れ方をしたとしても連絡を取るのではないだろうかと、そう思った。
「別れたら連絡取らないから」
「そう言うものなのか」
そうすると彼女が言うのならそうなのだろう。
「付き合わなかったから今も腐れ縁してるんだよ」
その場合どちらが良かったのだろうかと、そんな功利的な考えが浮かんだ。
結局は今こんな関係だから俺は後悔し、素直になろうと決めているのだ。それがなかったら今頃俺はどんな人間になっていたのだろうか。不素直なままだったのか、別の何かに後悔して素直になろうと思うのか。そんなのは誰にもわからない。
けれど考えてしまった。
(今でもいいって思える理由か)
いろいろ気持ちの整理がついたから月見里を友人として、彼女の言葉を借りるなら腐れ縁として好きなのだと。
(運命に試されてるなぁ……)
恋人でも親友でもない、言葉に形容し難い関係――それが月見里真子と俺との関係なのだろう。切っても切り離せない何か因縁のような関係なのだ。
それがいつまで続くかわからない。明日には終わってるかもしれないし、それこそ死ぬまで続くかもしれない。
ただ、少なくとも今までと今は、一緒にいて気が楽な特別な存在だってことに変わりはない。
彼女がどう思っているかはわからないが、これからもそうであって欲しいと俺は思っている。
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