運命を変える 中編

〈そう言や、KSの定期演奏会どうする?〉


 研究室に入るまでの大学生というのはかなり暇なものである。


 その間にバイトするなり、旅行をするなりいろいろできることはあるだろう。バイトは一昨年かなりしたし、旅行は昨年した。そんな俺は今年は実家でまったりしようと考えていた。


 そうしたある日、月見里は参加するのだろうか気になってSNSのチャットアプリで連絡した。


 時々、月見里と連絡を取り合っていたし、ガラケーのメールからスマートフォンの某アプリへと連絡手段は変わっていた。


〈そっち決めたー? って行けないか〉


〈当日手伝いが限界だろうなー〉


〈3回以上参加しないといけないもんねぇ〉


 演奏はできないけど、手伝いなら当日のみの参加で良い。ならば節目の演奏会でそれくらいはしたかった。


〈君は行かないの?〉


 近くに住んでいて、かつ節目なのだから来てもいいじゃないかと思いながら俺はメッセージを送った。


〈んー、まだわかんない〉


 案の定の返信であった。


〈おまえと俺が同期で1,2番で来なさそうだからなぁ〉


 片や不義理、もう方やケチである。往復3万なのだ。


〈う……じゃあ行こうかな……〉


 さすがに思うところがあったのだろうか、やや前向きな考えだったことに少し意外に感じてしまった。


〈あーでも練習日曜日だ! うーん、でも行きたいなぁ〉


 手伝いではなく、演奏会参加ということに少しどころでない意外を感じてしまったのだった。だがそれより何よりも――


〈くそ、演奏参加か……!〉


 演奏に参加できることが羨ましかった。


〈いやどうかなぁ、私も当日手伝いかなぁ……。とにかく行こうとは思う〉


〈ならオレも行く方針でいこうかな。研究室の配属先が決まらんと演奏会の日に帰れるか怪しいのだけど……〉


〈じゃあひっさびさに会えるね!〉


 俺達が最後にあったのは高校3年の夏の日に通学路ですれ違った日だ。あれから4年弱、外見も中身も変わるには十分な時間だった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 改めて言うが、今年は実家でまったりしようと俺は考えていた。


 だが、そんなまったり気分な俺はボランティアに駆り出されていた。


 地域の子ども達を公民館に集めてドキュメンタリー映画を上映する。そんなボランティアだった。


 KSの先輩と後輩(2人は姉妹でKS団員のため)のお母さん――小森こもりさんが中心となって企画されたそれは、俺の母親を通して、親子共々協力することとなったのだ。


 ボランティアと言っても内容が内容なので手伝うことはせいぜいが会場の設営を始めとした力仕事であったため、前日の準備は大したものではなかった。


 KSの後輩の友達に化学の宿題を教えたり、ご馳走になったり、明日見せる映画を先に見たり、目的より他のことの方が多いボランティアであった。


「僕も『運命』弾きたかったんですけどねぇ」


 当日のボランティア中に、何の気なしに俺は小森さんにぼやくように言った。


「あら、そうなの? 参加しましょうよ」


 と言ってくれるものの、俺は参加できない理由を話した。


「それなら掛け合ってあげようか?」


 小森さん、姉妹の歳が離れており2人ともKSに所属していたため、かなり長い期間KSに関わっていた。なんだったら2人とも卒団した今でも関わっているだろう。


 ともあれ小森さんの影響力はKS内でも大きいのだ。


「それ大丈夫なんですかね」


 参加できるならしたい。けれど練習できなくてもそんな特別を作ってしまって良いのだろうか。そんな申し訳なさもあった。


「広瀬くんなら大丈夫だと思うわよ。とにかく話通してみるよ」


 数日後、参加OKとの連絡をもらうのだった。影響力、恐るべし。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 季節は移り変わって、4月となった。いよいよ定期演奏会が目前となった。


 俺は研究室の春休みを叱られながらも半ば強引に4月に取って、演奏会の前日練習に参加するために小塚に戻る準備をしていた。


〈演奏会来れるの?〉


 『運命』を弾くことが1番の目的だが、それと同じくらい俺にとって大事な目的があった。


〈多分見に行くよ〉


〈いや手伝えよ!〉


 多分ってなんだよと思うし、見に行くんじゃなくて手伝った方が義理立てとしてもいいだろうと思いながら返信した。


〈こっそり見てこっそり帰ろうかな笑〉


〈手伝えー!〉


 それに手伝いの方が、見に来るだけより顔を合わせやすいって考えもあったことだろう。


〈えー、今更じゃん〉


〈いいから手伝えし。と言うか顔を出せ。懐かしいメンツが揃うだろうから〉


 月見里以外にも同期で来るだろうことは予想できた。特に珠奈や鍋島はまず来るだろうし、もしかしたら吉井や古川も来るだろうと、全員揃えたらいいなと淡い期待を抱いていた。


〈まじかぁ〉


 同期の中で月見里が1番来そうになく、1番に会いたかった。だからしつこく誘うのだった。


〈卒団してから1度も顔出してないだろ〉


 鍋島、吉井、珠奈の3人とは俺達が卒団した翌年の定期演奏会で会っていた。月見里だけがそこにいなかったのだ。


〈出してないねぇ〉


〈なら手伝いに来い。てかレセプションまで出ろし〉


〈えー今更顔出すの気まずいなぁ〉


〈気まずかねえよ〉


 4年の歳月で彼女がどう変わったか、それとも変わらなかったかを知りたかった。もう1度あの日々みたいに話したかった。


 ただ、あの日々と違うのは、自分自身だった。


〈あー、もうわかったよ〉


 会いたいと思うのならば、その気持ちを伝えることくらいはいい加減できた。


〈オレは同じ同期としておまえに来て欲しい。5年ぶりに会って話したい〉


〈ふむ。でもちょっと気まずい笑 まく話せるかなぁ……〉


 俺の勇気を「ふむ」で片付けるんじゃねえよ! という文句を抑えて、代わりにツッコミたいことを言った。


〈コミュ障かよww〉


〈コミュ障だよww〉


 嘘も大概にして欲しいものだった。


〈コミュ障は迎えが来ないからって初対面の人と数時間も会話できません〉


 持ち出すは初めて月見里と会話したあの日だ。ほぼ初対面なのに会話が長時間続いている時点でコミュ障とは言い難い。


〈百歩譲ってちょっとだけコミュ障〉


 ただ、人のつながりを大きくしようとはしないな、とはKSに入っていた頃から思っていた。それも含めて譲りに譲ればコミュ障なのだろう。


〈うん、そんな感じ。多分スタッフとか演奏とか見て元気そうだーって満足して帰る〉


 いやいや帰るなよと。


〈レセプションまで来てくれ〉


〈気が向いたら〉


〈ったく、人の頼み無碍にするような言い方しやがって〉


 こんだけ人が頼み込んでいるというのに、とは思ったし、これ以上どうしたらいいのか考えあぐねていた。


〈やっぱりノリノリにならない限りは行かないかな〉


 こうもネガティブなことを言われても、できることは来てくれと言い続ける以外に思いつけなかった。


〈話したいって言ってんのになぁ〉


〈そんな話したいことあるの?〉


 そりゃたくさんある。毎週のように話していた日々を見積もれば5年分だ。


〈4年ぶりに会って話してみたいだけ〉


 しかし俺は相変わらず素直になりきれてはいなかった。


 その意味は会話したいだけではない。彼女のあの笑顔を見たかったし、楽しかったあの日々を思い出したかった。ただどれをとっても会いたいという言葉にまとめられるだけだった。


 その意味はまさしく会って話してみたいだったのだろう。


 演奏も何もかもが二の次で、月見里と会って話すことこそが、無理矢理休みをもらって、往復3万円も自分の貯蓄から出して、小塚まで4時間かけて行き、さらに演奏会翌日には始発で戻るという無茶な行動に移したのだろう。


〈じゃあ気が向いたら。当日気が向くことを祈って〉


〈おまえの気って……信頼できねぇ。まぁそれでも祈るしかないけど〉


 気分やな彼女のことだ。そんなものは賭けでしかなかった。


〈いやちょっと会話すれば気が向くかもしれないじゃん? 会える確率低そうだけど〉


〈会ったら連れてく。だから会いに来い〉


 会いさえすればどうにかなるだろうとは思った。問題は会えるかどうか、ではあったが。


〈気が向いたらww〉


〈会いに来ることを信じときますよw〉


 俺にできることは、もう当日にしかない。そう判断して、俺は信じるとメッセージを送ったのだった。

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