春 卒団演奏会 後編
演奏会は終わったが、まだイベントは残っていた。レセプションだ。
楽器を片付けていると、演奏会に呼んでいた高校の同級生や後輩達からメールが来た。
ロビーに出れば小塚フィルからエキストラ参加してくれたヴィオラ兄さんとコンマス兄さんがいた。
「お、広瀬くんじゃないかー」
完全に絡みに来た感じでヴィオラ兄さんは俺の肩を掴んだ。
「次は
やはり誘いの文句であった。
続いて、月見里を見掛けた。
「やっぱり解けないか」
案の定、彼女は知恵の輪を解くことができないでいた。
「せいっ」
「いや、引っ張ったってどうにもならんからな?」
せっかくの最後の演奏会であり、レセプションなのだ。実は俺は珠奈を誘っていた。
彼女もまたKSのメンバーなのだから、最後くらいみんな揃っていて欲しかったのだ。留学してしまった古川にも来て欲しかったし、彼女にもメールで連絡をしていた。
しかし残念なことに古川は仕方ないにせよ、珠奈は部活の大会の都合で来ることはできなかった。何としてもと思っていただけに非常に残念だった。
一方で、いつも仲の良い1つ上の先輩達も演奏会の運営スタッフとして来てくれていた。1年ぶりであったが彼らは変わりなく、1年前のように男同士でバカな話で盛り上がった。
そんないつも通りの定期演奏会レセプションであった。鍋島が言ったように卒団を実感しない、特別ではない、そんな日だった。
でも心は叫び続けていた。
――もう1年欲しいと。やり直したい! と。
悲しくて悲しくて仕方なかった。
それだけ
けれどそれを口に出すことはしなかった。一度出してしまえば本当に泣いてしまいそうだったから。今だけはみんなといつも通りの時間を楽しみたかった。
だから俺は笑ってこの最高のひとときを過ごした。
*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*
楽しい時間は本当にあっという間に過ぎてしまうものだ。
レセプションも例外ではなく、ついに終わりもそろそろといった時間になっていた。
集合写真を撮ろうということになって、まずは卒団生5人での写真から撮ることになった。
この日のために作られたというパン生地で作られた記念ラウンドプレートを俺が持って撮った。
俺が真ん中でいいのかと思いつつ、立ってみたら左隣には月見里がいて、最後の最後まで彼女が隣にいることにちょっとおかしさを覚えつつ、何枚も撮影されるのであった。
続いて仲の良い面子で撮ることになったが、あれよあれよと人が集まってきて、卒団生5人に加えて1つ上の先輩2人、1つ下の後輩が1人、そして小学生後輩1人と各卒団生と関係の強い9人でとなった。
普段だったら一緒にならないメンバーであったことは卒団らしさと言えばそうだったのかもしれない。
そしてKSの全員で集合写真を撮って解散となった。
それだけであったらいつもの定期演奏会後のレセプションであったことだろう。
今年だけは、今回だけは違った。
卒団生5人と1つ下の後輩を連れて外へ出たのだった。
時刻は21時近くで、夕方は高校生が多い小塚駅も同年代の人はほとんど見かけなかった。
ゲーセンに行って、プリクラを撮って、それだけでは飽き足らずファストフード店で他愛もない話をした。いつも通りの会話の内容なのに、いつもとは違った場所と時間で、俺達は駄弁り続けた。
それは今日この日を惜しむかのようだったのかもしれない。俺が、鍋島が、吉井が、もしかしたら月見里も心のどこかで名残惜しんでいたのかもしれない。
高校卒業後の進路の話をすれば、みんなバラバラだった。きっとこの先、また一緒に揃うことなんてなさそうなくらい俺達の未来は違っていて、それでも今日この日まで音楽が俺達を結びつけていた。
それを何と呼ぶのか当時の俺は考えたこともなかったけれど、まず間違いなく幸せだったのだろう。
ファストフード店の閉店時間を迎えて追い出されることとなった俺達は、次の場所を探すこととなり、誰の案だったかカラオケに行こうということになった。
あれから半分トラウマなカラオケも少しは克服し、俺も――女子4人という状況はさておき――行こうと思えた。
ただ、当時、俺達は高校生であり、入店することは叶わなかった。やむを得ず俺達は22時を過ぎても開いているお店を探すこととなった。
その結果が24時間営業の牛丼チェーン店であった。レセプションで食べて、さっきもファストフード店で食べたのにまだ食べるようだった。それも特盛サイズのカレーと牛丼を1つずつ頼んで6人で分け合って食べることとなった。
案の定、さっきの続きで、いつもの練習の休み時間や合宿のときみたいに話すのだった。
「友だちがね、あたしがきつい言葉言うって言うの。どうしたらいいと思う?」
そんな月見里の相談話もまた今までの日常の会話だった。
「俺に対してはよくきつい言葉使ってると思うぞ」
だから俺も今日が最後なんて思えず、いつものように答えていた。
「そりゃ広瀬くんだからだよ」
「もうね、慣れたね」
5人の中で1番遅く出会った月見里でさえもう6年が経っていたのだ。留学やらいろいろな理由で離れ離れだった期間はあっても、小学生のときから高校3年のその日までお互いを知っていれば、どんなことでも慣れるだろう。
だがそれも今日で終わるのだった。
終電の時が訪れていた。
この電車を逃せば俺は帰れないし、それは鍋島や吉井も同じだった。帰れるのは家が近い月見里くらいだった。思えばもしカラオケに入れていたら、間違いなく終電を逃したことだろう。
終電に間に合うために俺達は牛丼屋を出ることとした。
「やべ、立てない」
椅子から立とうと思えば立てたけれど、立つのが億劫だった。理由は何だっただろうか。今日の疲れか、立ってしまえば終わってしまうからだろうか。
「起こして」
俺は月見里に手を出して言ったのだった。
「やだ、自立しろ」
敢えなく断られた。
「いや、お願いしますよ」
もしかしたら最後の最後くらい甘えたかったのかもしれない。思わず丁寧語を使って本心を隠してしまっていたのは本当の最後の最後まで素直になれなかったからだろうか。
「仕方ないなぁ」
それでも彼女は自身の利き手である左手を差し出してくれた。それに対して俺も左手でその手を握った。これが最後の握手だと、そう思って。
*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*
駅に着くと、鍋島が吉井に別れを惜しんで抱き着いた。泣くことはなくても、悲しいものは悲しいのだ。
「来年の定期演奏会で来てよ、そんときにまた会おうよ」
だから俺はそう言った。
来年は舞台の上で演奏することはなくてもOB・OGスタッフとして手伝いに顔を出すことはできる。
だからその約束を俺はしたのだ。また会えると、そう信じて。
「うん!」
そうして、鍋島は既に来ていた電車へ乗り込んで別れた。
次に月見里と吉井だった。
「「バイバイ」」
2人が手を振る先は俺以外の2人に対してだった。
「ってなんで俺には手を振んないのさ!」
最後の最後まで俺はいつも通りにツッコミをし――
「広瀬くんもバイバイ」
そんな彼女はやはり最後まで笑顔でそう言うのだった。
こうして、俺の好きだった日常は、好きだった気持ちは幕を降ろしたのだった。
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