春 つながる音楽

 冬が終わり、春になった。


 この頃、俺は月見里のことだけでなくKS全体のことも考えていた。


 何をするにもあと少ししか時間は残っていなくて、楽しすぎる日々と決別しなければならないことがとても嫌だった。


 この定期演奏会が終わったら俺には何が残るんだろうか。そんなことも考えていた。


 それだけ俺にとって音楽は、みんなとの日々は大切だったのだ。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 ある日の練習のことだ。練習も大詰めという段階の中、休憩後にはヴィヴァルディをやることになった。そこで自主練習を始めたのが月見里だった。


 弾き始めたのは第1楽章中盤にある2ndの長いソロパートだ。


「なんですか? 振りですか?」


 実際は彼女自身そのようなことは思っていなかっただろうが、そのソロパートの後に俺のソロがあり、振りとして受け取って弾き続けようかなと思った。


 ところが、彼女の演奏はラストで音を外してしまい、リトライすることにしたようだ。


 2回目ではちゃんと最後まで弾き終えてそのまま俺は自身のソロパートを弾き始めていった。このままいけば再び月見里のソロパートになる。


 しかし今度は月見里→鍋島→吉井→鍋島→月見里→そして俺へとバトン形式で繋いでいくソロパートであった。しかしこの日は吉井は休みで、鍋島は手洗いか何かでその場にはいなかった。


「あー、俺が3人分弾くしかないんですねぇ」


 表情から見るにやってくれなさそうだったので俺が全部弾くこととなるのだった。


 こうして第1楽章を弾き終えたところで、月見里は再びさっきのところから開始した。今度は鍋島も練習の様子に気付いて参加して弾いていった。


 こんな練習がこの頃よくあった。誰かが自主練習を始めるとそのまま別の誰かが弾き続けて、ついには4人で弾いていく。そんな出来事がよくあった。


 最初は1人で練習していたはずなのに、気付いたら全員でやっているような、そんな広がっていき、繋がっていく音楽に俺は楽しさを覚えていた。だからこそ、こんな日々が好きだったのだ。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



「あれ? 楽譜がない!!」


 本番1週間前のことだ。家に着いて練習しようと楽譜を取り出そうとしたらヴィヴァルディの楽譜がなかった。


 間違えて取ってしまうといったドジをしそうなのは月見里であった。第一容疑者にされるのは本人にとっては心外なことかもしれないが、俺は持っているか事情を説明しながら尋ねた。


〈いやぁないよ!〉


 そうなると、練習場に置いてきたのではないかという不安が湧き上がった。これは大問題であった。というのも練習場にはもう行くことはなかったからだ。


 取りに行くことができないとなると、最後の手段として、1stの人から楽譜をコピーさせてもらうしかなかった。そうなると俺が今まで楽譜に書いてきた注釈が載っていないわけだが、背に腹は代えられなかった。


 そんな不安の中、誰が持っていたのか明らかになる1本の電話が来た。


「ごめん、ホントにごめん!」


 答えは鍋島が持っていってしまったのだった。


「まぁ大丈夫だから。で明日にでも渡してくれる?」


 無事見つかってホッとした俺は鍋島との会う予定を考え始めていた。


「え?」


(あれ、明日渡してくれるパターンじゃないのか……)


 鍋島の通学範囲と俺の通学範囲は被らないため、お互いに時間があるときでないと会うのは難しかった。


「じゃあいつなら渡せる?」


 とにかく返してもらわないことには練習も捗らないので、なるべく早くに返してもらうしかないのが俺の都合であった。


「えっと、木曜日?」


 今は月曜日の夜であった。4日後である。


「え……」


 これには俺も困惑してしまった。


「じゃなきゃ速達で水曜日」


 火曜日に郵便で出せば翌日に届く算段だろう。


「いいよ、木曜日で」


 だが、そこまでしてもらうのもどうかと思った木曜日の放課後に会う約束をしたのだった。


〈本当ごめんなさい!本当に本当に本当に本当にごめんなさい〉


 電話を切ったあと、鍋島からの壮絶な謝罪メールに俺は苦笑いしながら寝るのだった。


 もちろん木曜日に放課後に楽譜を返してもらえた。彼女からお詫びでもらったお菓子が1ヶ月後に役に立つのだが、それはまた別の話だ。


 そんな日々がありながら、ついに定期演奏会の日がやって来た。

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