冬 最後のクリスマス会

「広瀬くんと真子ちゃんって仲良いよね。付き合ってるの?」


 そんな言葉を中学1年生あたりから時々耳に挟むようになったが、高2の秋頃からその頻度は増えていた。


 俺に直接訊いてきたときは「そんなことない」と正直に答えているが、誰かが誰かと会話しているのを遠くから聞こえたときだってあった。そんなときはわざわざ話に割って入ることはせず、何も答えていなかった。


 偶然、俺と月見里、双方の親の迎えが遅くなってそこから仲良くなった関係でしかなく、それが今でも続いていたというだけに過ぎなかった。


 月見里はその後も吉井達とも仲良くなっていったし、俺は月見里にとってそんな仲の良い知り合いの1人でしかなかったことだろう。


 だからこんな問い掛けには思わず苦笑いして否定することになった。


「広瀬くんと真子ちゃんって仲良いよね。付き合ってるの? 最近、広瀬くんかっこいいし」


 服に気を使い始めて、整髪剤で髪を整えたり、身だしなみを意識してから3ヶ月ほど経った頃のことだ。


 けれど、事実は異なって振られたからそうしているだけだった。


 あの日の後悔から立ち直ろうと、教訓に変えようと、俺は変わろうという気持ちからだった。形から変われば何か得られるのではないかとそう思ったからだった。


 未だその何かを得られてはいないが、人からの評価が変わっていたことを知ったのだった。


 無論、俺が月見里に振られた事実を知る者は少ない。だから付き合ってるのか尋ねたのだろうが、それでもそのことを訊かれる度に胸が痛んだ。


 立ち直れる日はまだ遠かったのだった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



「広瀬くんって彼女いないの?」


 今回で最後のクリスマス会を楽しんでいたところ、小学生の後輩からそんなことを尋ねられた。


 今年のクリスマス会は今までと違って、いつも仲良くしていた1つ上の先輩がおらず、月見里達や後輩とご飯を食べながら話していた。


 余談だが、会が始まる前の移動中、低学年の子がよっぽど楽しみにしていたのか小走りであったため滑って転んでしまった。大事には至らなくて良かったと思いつつ、近くにいた月見里を見て俺は意味深に笑みを浮かべた。


 すぐさまその意味を察した彼女は俺を蹴り始めた。ちゃんといつかの夏祭りの出来事を思い出したようだ。


 閑話休題。


 そうしたクリスマス会も最後なのだと考えると感慨深さを感じていた中、先の質問をされて俺は困った顔を浮かべてしまった。


「うーん、どうだろうね」


 彼の期待している答えはきっと「いるよ」というものだっただろうし、それを否定するのも申し訳なさを感じた。「いないよ」と答えても大した問題にはならなかっただろうけれども、はぐらかすことにしたのだった。


「あの赤い服着てる人ね、帰り道でね、駅で男の人と手繋いでるの見たの」


 だから彼が俺の後ろでいつも仲良くしている3人組のうちのある1人を指して言っただろうそんなことを聞かされても、俺は振り返ることも表情を変えることもなかった。


「ふーん、知ってるよ」


 一体誰を指していたかなんて見なくてもわかったし、彼がどうしてそんなことを言いたいかもなんとなくわかった。


「もしかして俺が月見里あいつと付き合ってると思ってた?」


 もしそうであったなら、それは軽く問題な出来事であるが、実際はそうではない。


 彼に悪気があって言ったわけでもなく、俺は少し無理をして笑みを浮かべて否定したのだった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 最後のクリスマス会も終えて、帰ろうとしたときの出来事だ。


 月見里、吉井、そして1つ年下の後輩のいつもの3人組がそこにいた。


「ねぇ、この後カラオケ行かない?」


 月見里が他の2人を誘っていた。


「行っちゃう?」


 こういうノリに強いのが吉井であった。


「おいおい行く気かよ!」


 クリスマス会で散々騒いで、さらにカラオケで騒ぐ体力に俺は驚きツッコミをした。


「広瀬くんも来る?」


 すると月見里からまさかの誘いがきた。


「いや、カラオケはちょっと……パス……」


 カラオケにはトラウマとまでいかなくても、失敗した記憶があるので苦手意識があった。


「えー、来なよ」


 吉井も特に拒むことなく誘ってきた。


「来たらどう?」


 さらに後輩までときた。


「きっと終わる頃には俺の精神が崩壊されてるからいいよ」


 誘いそのものは嬉しかったが、行ったところで歌える曲がないのだ。俺にはカラオケは難しい場所でしかなかった。


「ほんとに行かないの? 信号赤になっちゃうよ」


 なおも食い下がってくれる月見里であったが、横断歩道を渡り終えた彼女らを俺は見送る形で手を振った。


「3人で楽しんでらっしゃい」


 女子3人から誘われているのに断るなんて、と思うかもしれない。それにカラオケに行けなかったのは歌えないという恥ずかしさが邪魔をしたからだ。別のものだったら誘いに乗ったことだろう。


 俺は彼女らを見送って、迎えに来ている母の元へと向かった。


 そこには母以外にも、クリスマス会の準備をしてくれていた月見里母もいた。


 どうやらさっきの様子を見ていたようで


「ダメよー、男の子がせっかく女の子3人から誘われるのに断っちゃー」


 顔は笑っているが、割と真面目に怒られるのであった。


 それ以降、異性からの誘いを受けるとその一件を思い出すせいか極力受けることにしていたりもする。


 後にカラオケのトラウマが治るのもそのおかげだったりするのかもしれない。

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