秋 誕生日プレゼント 再び
今年もこの日が近づいてきた。月見里の誕生日だ。
オーケストラの話でもあったように、例え振られようとも仲のいい知り合いに違いはなく、それなら誕生日プレゼントをあげたっておかしくはないだろう。
下心だってあっただろうが、直接渡せるのは最後になるだろうし、何かあげたかった、という気持ちは本物だった。
しかし、今年の彼女の誕生日は平日だった。渡すならば直近のKSの練習日が妥当だろう。しかし、別の機会があったのだ。
*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*
小塚フィルの楽譜は初日だけに全て渡されたわけではなかった。前曲2つとメイン曲の3曲は渡されたが、アンコールなど後日渡された楽譜もあったのだ。
この時期に修学旅行やらいろいろあって、KSの練習も小塚フィルの練習にも参加できなかった日が俺と月見里で別々の日で発生した。なのでメールで持っている楽譜を尋ねたところ、どうやらお互いに別々の楽譜を持っていないようだった。
そこでいつかの寄せ書きのように平日に会ってお互いの持っていない楽譜を交換し、コピーして後日返すという流れになった。
何日も後ろにずれ込んで、上手く日程が合ったのが月見里の誕生日から数えて3日前の朝になった。
〈あ、ごめん忘れた!!!〉
その日の朝、彼女からそんなメールが来た。
月見里真子という女子とは7年弱の付き合いだ。ある程度性格は熟知しているつもりだったし、こんなことも起こるだろうなという予期はしていた。
〈え……?〉
問題は何を忘れたか、であった。約束を忘れていたのか、楽譜を忘れたのか。前者ならどうしようもないが、後者なら俺が持ってきた楽譜を先に渡せばいい。
〈あ、ごめん忘れた……〉
ほぼ同じメールが送られ、その直後に
〈楽譜忘れた〉
楽譜のようだった。
〈こっちはあるから渡すよ〉
〈どこにいんの??〉
プランBに移行された俺の計画は、しかし自分で壊すこととなった。
〈案内の柱〉
今にして思えばこいつはバカなのかと思う。ただ当時は素直になれなかった。
会って一緒に登校しようなんてことは口が裂けても言えなかった。待ち合わせ場所1つ挙げてもこの返答なのだ。
その気持ちの裏には探して欲しいという気持ちもあっただろう。会うのが恥ずかしかったというのもあっただろう。ただ、これはどう考えても悪手でしかなかった。
〈う~ん。わかんないからまた今度でいい??〉
当然の帰結であったが、当時の俺はそう思うことはできなかった。
(は? いや、それはないんじゃね??)
約束は守って欲しかったし、何よりも会いたかった。だから怒ってしまった。
〈この恨み、高く売らせてもらったよ〉
だからそんなことを言ってしまうのだった。
〈えー、なんでさ〉
そのくらいわかれよと思ったことを彼女は理解してくれなかった。けれど、会う約束だったのに、なんてことは言えなかった。
〈う~んそうだな。オレの時間を奪った、とでも言おうか〉
素直になんてなれず、正直に言うことはできず、だからこんなにも歪曲して伝えることしかできなかった。
〈それは時間設定しなかったのがいけなかったんじゃない??〉
それを彼女が察してくれるなんてことは当然なかった。
〈でも君が来るだろう時間帯より早めにいたつもりだし、待ち合わせにふさわしい場所にもいたつもりだよ〉
会うのを楽しみにしてたと言えばいいことを、俺はどこまでもできなかったのだ。
その後、朝から続いたメールの返信は来なかった。
*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*
それから2日後のことだ。
〈今日の午前8時! 改札前に楽譜を持って来ること!〉
諦めきれなかった俺がいた。しかし素直になれず直接的な表現で伝えられないその願いは無残にも散ることとなった。
〈朝練だから無理かな……〉
朝練なら仕方ないと納得できた。そのメールの直後に新たにメールが来た。
〈っていうか素直に言うんじゃないの??〉
〈何を〉
もしかして……気付いたのか? 素直じゃないこの態度に。そう思った。
あの月見里真子が気付くことはないと思っていた。それなのにまさかの指摘を受けて、このときになって自身の行動を省みたのだ。
月見里に会いたいけれど素直になれず理由をこじつけていたし、約束を破られてイラッときたのだって俺がただ彼女に会えないことに腹立てたが、それすら正直に言えなかった。
会う時間や場所に関してだってそうだ。ちゃんと素直になってればこんなことにはならなかったはずなのに。
自分の不素直さに嫌気が差した。素直になろうと決心したのになれていないじゃないか! 自分自身に怒りが湧いた。
〈楽譜ないこと〉
だから彼女からそんな返信が来たときには思わず笑ってしまった。やっぱり気付いてなかったか、と。
〈なんだそっちかよ……。君が俺の気付かなかった部分がわかったのかと思って余計な詮索をした俺がバカでした。けれど、それと気付かなくていいけど……ゴメン〉
せめて……せめてこれだけは素直に言いたかった。謝りたかった。こんなに素直になれなくてごめんって言いたかった。理解されなくたっていい、今度こそ素直になろうと、再び決意を胸に抱いた――
――はずだった。
翌日は月見里の誕生日であり、誕生日に会えるチャンスだと思い至り冒頭に至る。
〈明日も無理?〉
何度目かも忘れた挑戦でそう訊けば
〈50分に〉
と返ってきた。
7時50分という意味だろう。普段の登校時間より早いが、この程度どうとでもなると考えた。
翌日、今度こそと期待したが、それは叶わなかった。
〈今どこ?〉
そうメールで送ったが約束の50分を過ぎても彼女から返信は来なかった。
〈あ……ちょっと学校の方まで来て~〉
メールが返ってきたのはその10分後であった。方向はほぼ同じでも通っている高校は違う。今から月見里の高校まで行ってそのまま自分の高校に行くのでは時間的に大変だった。
〈んじゃ放課後に会おう〉
そのことを伝えたら彼女から代わりの提案が出たので、俺はそれを受け入れて学校が終わるのを待った。
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放課後、その日は早く終わったので、月見里と会うまでに少し時間があった。そこで俺は彼女へのプレゼントを探しに駅に来ていた。
渡すものは前々から決めていた。ヴァイオリンのストラップだ。税込み315円でしかないが以前から気になっており、プレゼントにしようと考えていた。
しかし駅ビルのレコード店にあると思って探していたが一向に見つからなかった。以前に見つけた店はこの駅から電車で20分ほど行った駅ビルにあった。しかし同じチェーン店だしあるだろうと高を括ったのが失敗だった。
〈何時がいい?〉
見つからなかったので急遽電車に乗って見つけた店のある駅に向かう最中に月見里からメールが来た。
〈18時でいい?〉
今から駅に着いてストラップを買ってまだ戻ってくるまでに掛かるであろう所要時間を逆算した。
〈……もう日曜日でいいじゃん!!〉
購入を済まして戻るところで、彼女からそんなメールが来た。
往復1時間弱も掛けてプレゼントを用意して、それで今日渡せないなんて嫌だ。そんな気持ちが俺を意固地にさせた。
〈もう少し待ってて!〉
あと少しで到着するのだから待っていて欲しかった。俺はそれを頼む他なかった。
〈えー、いやなんも言ってくれなかったからやだー〉
今日、楽譜を渡して欲しい理由なんて言えるはずもなかった。今プレゼントを買って帰っている、なんてことを当時の俺には言えるわけなかった。
〈今自宅だからガチで寝ちゃうよ?〉
このとき、月見里が部活帰りではなく既に帰宅していたことを知った。
〈待ってよ! そろそろ学校出るから〉
一方、俺は学校で部活ということにしていた。授業が終わっているのだから嘘をつくしかなかったのだ。彼女についた数少ない嘘だった。
〈駅到着〉
何とか、駅に着いて彼女にメールを送った。
〈明日じゃだめ?〉
どうしてだよ! 一体このプレゼントはどうなるんだよ! 今日、渡さなくちゃダメなんだ……!
彼女のメールで俺の気持ちは焦りで満たされていたが、それでも素直になることはできなかった。
〈待ってる身にもなってください。今朝言ったことぐらい守ってください〉
素直になれず、オレは冷たく言い放ってしまった。
〈じゃあ行かないよ〉
理屈がおかしいと思った。約束を守れと言っているのに破ることには頭に来たし、その怒りをぶつけようとも思った。けれど、それよりも先に意固地になった。
〈それでも待つよ〉
絶対に渡したかったのだ。ここで怒りをぶつけて不毛な言い争いをしても無駄だとわかっていたのだろう。俺は俺が取れる唯一の手段を取ることとしたのだ。
待つことにした場所は6月に寄せ書きを渡した本屋だった。あの日のことを思い出したし、その度に後悔の念が押し寄せた。
それでも待つと決めたのだから、俺は本を読み漁りながらではあるが待ち続けた。
50分が経った。時刻は19時を過ぎた頃だ。
〈またんでいいよ。私は来ないからな!!〉
だからと言って、はいわかりましたと帰るわけにはいかなかった。それは俺の意地でもあった。
〈まぁ、もうしばらく待つか〉
返信しながらそんな自分自身を客観的に見ていた。こんなバカなことをどうしてしているのか自問自答した。
(自分を好きでないやつのためにこんなことするなんてバカじゃねえの)
だからこれはただの意固地になっているだけなのだと、そう結論付けた。
〈ん~、そんなに今日がいい理由がわかんないよ〉
〈知らなくていいよ〉
たった一言、プレゼントを渡したかったと言えば良かったのだろうか。言ったところで今度の練習の日で良くね? と一蹴されたのではないだろうか。しかし、このときの俺はどこまでも本当のことを告げることはできなかった。
〈……んじゃいいよ〉
だから彼女にだって呆れられるのだ。
駅に到着して時計の長針が1周半した頃だ。
〈行くよ~〉
唐突に月見里からメールが来た。
もうちょっと待ってダメだったら諦めようと思っていた頃、来ると言われてそれはそれで俺は焦ったのだった。心の中では既に諦めていて、まさか来るとは思っていなかったのだ。
〈改札口で待ってて!〉
だから彼女を駅で見たとき、俺は良かったという気持ちと良くなかったという気持ちが混在していた。
「やぁ」
待ち始めてから100分、俺は月見里と会えたのだった。
「はい、楽譜」
そう言って渡してくれた月見里にお礼を言った。
表情は笑顔だったが心は凪のように静かで、しかしそれは落ち着いているというより残念な気持ちだった。
俺も楽譜と、2時間前に買ったヴァイオリンのストラップを彼女に渡した。
会話はいつもとは違って微妙な空気であり、3分も満たないものであった。
月見里を見送ってから俺も帰り道を歩み始めた。
目的を果たせたが、納得のいくものでなかった。それは彼女に対してか、それとも素直になれない自分自身に対してか。
今でも彼女の誕生日には、当時の不素直な自分を思い出す。
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