秋 変わらないもの、変わるもの

 これで俺の恋愛が終わるのであったなら、ただのバッドエンドであっただろう。だが、良い意味も悪い意味でも終わらなかった。


 あの夜から俺は5日間、まともに笑うことすらできなかった。何度もあのときを想起して動悸がした。


 理解できたのは俺は俺が思っている以上に月見里のことを好きだったということだ。いや、それだけじゃない。告白していろいろなものが吹っ切れたのかもしれないが、以前より好きになっていた。


 つくづく気付くのが遅い俺ではあったが、夏休みが終わればまたKSの練習が始まり、月見里と否が応でも顔を合わせることとなるため、今のままではいけないと俺は考えを改め始めるのだった。


 とは言え、立ち直るほど回復しているわけでもなかったし、依然として後悔は俺の頭から離れることはなかった。


 立ち直ろうと、後悔を教訓に変えようと、俺は変わろうという気持ちが芽生えた。どうしたら変われるかなんてわからなかったが、形から入るのがベターだろうと考えた。


 その1つが身なりであった。


 この時まで俺はヘアワックスというものが嫌いだった。昔、美容師さんに何の断りもなくワックスをつけられて髪の毛がベタベタになった記憶が軽いトラウマだったのだ。


 髪を触ればベタつくし、洗っても落ちにくいそれを俺は好きになれず、他人がつけているところを見てどうしてそんなものをつけているんだと思ったものだった。


 そんなワックスを俺はつけてみたいと思ったのだ。何か変われるかもしれないと思ったのかもしれない。


 また、ジーンズを穿くようにもなった。これもこれで、小学生くらいの頃に生地が固くて嫌いであった。


 他にもいくつかあったが、1つ1つ、外見を変えていくことで心もまた何か変われるかもしれないと思い、試していったのだ。


 そうしているうちに夏休みが終わった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 秋になり、学校が始まった。またそれと同じくしてKSの練習も再開した。


 この間、月見里とメールでのやり取りは一切していなかった。なのでこの日、夏合宿以来初めて顔を合わせるし、やり取りとなるのだった。


 同じ最高学年である以上、ヴィヴァルディの曲もそうだし、話さないといったことはないだろう。そのため、約半月経ったのだから今度こそいつも通りにすべきだと決心したのだった。


 その日の練習は午後からであり、俺はいつも通りに練習場に来た。月見里と会うのも話すのも練習前の準備か、休憩中か、それとも片付けのときか、何にせよ今ではないと思っていた。


 だが玄関で靴を脱いでいたとき、偶然にも月見里も同じタイミングで到着したのだ。


 突然のことで心の準備なんてできていなかったし、相変わらず思考はぐちゃぐちゃのままだった。


 結局俺は挨拶すらできず靴を脱いで内履きに履き替えていたところで


「あ、広瀬くん」


 彼女は俺の存在に気付いて声を掛けたのだった。


 そりゃ、知り合いがいたら声を掛けるものだろう、普通は。


「よっ! 知ってるか? 長崎に――」


 だから俺も6年近くの知り合いに普通でいられるのだった。


 月見里に声を掛けられて動揺したものの、挨拶を返すと同時に俺はいつも通りを演じることができていた。俺は最近のニュースや学校のことを話し始めていた。


 何てことはない。あの日のことがまるでなかったかのようにしているだけだった。


 夏を越えても変わらない日常がそこにはあったのだ。

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