春 連れ出せなかった夜
1つ上の先輩達はみんな優秀な人達であった。
一部の人達からはKSの黄金世代なんて呼ばれていたりもした。何も演奏技術が高いだけでなく、学力であったり、最高学年としての指導力や気遣いの高さ、そうしたものが全て秀でていて、来年は我が身であってもあのようになれる気がしなかった。それくらい尊敬できる人達であった。
彼ら彼女らが飾る有終の美となった定期演奏会が終わり、その後のレセプションもその片付けも終わった頃、先輩達は二次会と称して会場を後にしてどこかへ行ってしまった。
次の演奏会の曲はどうしようかと以前から俺は先生に問われていた。
やってみたい曲はあるにはあった。海外演奏旅行でやったようなオーケストラを交えて弾いたあの感動をもう1度味わいたかった。
あれから4年経っており、来年の演奏会であるから5年という節目にもなるため、ちょっとした贅沢な曲目にすることはできそうだった。というかまた海外演奏旅行を計画しており、和風な曲をやることも決定していた。
「あの曲はどう?」
その和風曲について先生からの提案は5年前、つまりは俺が小学5年生のときにやった曲であった。
俺や月見里の同期だけでなく1つ下の後輩や2つ下を見ても半数が弾いたことのある曲であり、俺としては反対であった。
一方、月見里は賛成も反対もしない中立であり、俺が賛成さえすれば決まることであったが、結局、俺は頑なに反対したことでその場で決まることはなく、後に別の曲となった。
他の曲目についても話し合うこととなったが、その場に居た俺と月見里、そして先生の3人では(他の同期が居ないこともあって)何一つ決まらず、お開きとなり、後日考えることとなった。
そうしてできた俺と月見里だけがいるわずかな間。
(告白するなら今じゃないのか!?)
思考がよぎった。彼女を外に連れ出して好きだと言えるのは今がチャンスなのでは、と。
彼女は外に出て親を待っているようで駐車場でぷらぷらと時間を潰そうと外を出ようとしていた。
脳裏に浮かぶのは告白のチャンスだけではなかった。
彼女に振られてしまう未来もまた浮かんだ。友達として見ていたのに、そんな言葉が頭の中で反響した。
そして俺が彼女をどう思っているのか、本当に好きなのか、そう俺自身が問い掛けてきた。別に今でなくても良いのでは、と告げる俺も居た。
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結局俺がどうしようか決めあぐねているうちに彼女の母親が来たため、そこで思考は止まってしまった。
勇気がないと謗りはいくらでも受けよう。
今の関係に満足し、自分の気持ちを鑑みることも省みることもできず、次の一歩も踏み出せない。
そんな愚か者であることにすら、当時の俺は理解できなかったのだから。
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