6年目
冬 クリスマス会 再び
KSのクリスマス会は毎年やっているが、小学6年生のときと高校1年生のときは印象深い出来事があったから今でも憶えている。
ところでクリスマス会の企画の1つにプレゼント交換があった。参加者全員がドーナツ状に並んで、各自が持ってきたプレゼントを右から左へと隣に渡していくことで自分以外の誰かにプレゼントを渡し、誰かが持ってきたプレゼントを貰うといったものだ。
プレゼントは500円くらいと決められており、高校に上がるまではお小遣い制度がなかったため、母が適当に買ってきたものでやっていた。しかし高校生になったのだから小遣い渡しているし自分で買えとのことで、そこで駅ビルで何か買おうと思い、この日、学校帰りに寄り道をしていた。
今でも悩むことだが、不特定の誰かにものを渡すとなれば誰もが喜ぶ無難なものを選ばざるを得なくなる。しかしあんまりにも無難すぎるとそれはそれで味気がない。だから無難ではあるけれどちょっとユニークなもの。そんなものを選ぶこととなる。
これが特定個人へのプレゼントであるなら、以前の会話で欲しいものだとか好きなものを選べるのだが、そうではないとなると頭を抱えることが今でもある。
そして予算500円がさらに選択肢を狭めていた。例えばガラスの置物を選ぼうとしてもちょっと凝った物であるならば予算オーバーなのだ。味気のある無難なものとは難しいのだ。
まぁ500円である。その中で無難なものと言えばお菓子であろうというのが当時の俺の判断だった。ただそこにヨーロッパのお菓子であれば味気が付くだろうと思った。
そうして直輸入店で選ばれた420円のクッキーを手にしてクリスマス会に参加するのだった。
*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*
いつからだったかクリスマス会は市民会館ではなくなり、練習場と同じ敷地内にある多目的ホールで行われるようになった。
練習が終わり、片付けが終わればみんな急いで会場へと向かった。扉を開ければそこにはお寿司や揚げ物、ケーキがたくさん並んでいた。一昨年もそのまた前も見てきた光景だ。
俺もみんなと同じでご馳走に喜び、1つ年上の先輩と話していた。
例年通り、お茶やジュースを紙コップに注いでテーブルを囲んで乾杯し、お寿司と揚げ物ばかりを食べて彼らと談笑した。
時々小学生や中学生の後輩達がやってきてはテーブルの上に置いてあるジュース類を混ぜて俺に飲ませようと悪戯しに来たりもしていた。頼むからワサビと菊の花を入れないでくれ。
月見里もまた、後輩達と話していた。視界には入っているが会話がない。この頃は直接話す頻度は減っていた。話せばいつも通りだが、いつも通りだから何もできないでいた。
ある程度食べたところで自己紹介のコーナーが始まった。これまたいつからだったか、1人1人がKSのみんなに自己紹介していくという企画が定着していた。
歳が離れていれば離れているほど関わりが薄いからこそ親睦を深めるきっかけにでもなればと誰かが考えたのだろう。実際、男子達は絡んでくるから低学年まで知っていたものの、女子小学生達の顔は知っていても名前までは把握していなかった。それどころか、月見里と話している2つ年下の女の子の名前すら知らなかった。尤も、彼女らは俺が知らなくても俺のことを知っていたのだから不思議である。
かくして自己紹介が始まったのだが
「今年は年齢順にしましょっか。名前とパートと最近自分の中で流行ってること、それとやってみたい曲を言いましょう」
と反論の余地なく勝手に決まってしまった。
つまり最高学年である高校2年生から順に紹介していくことになった。
まずは仲の良い先輩達含め今日参加していた4人が自己紹介していった。彼ら彼女らは優秀な人達なのですらすらやれてしまう。一方、俺は人前に立つことが苦手であり、こういうことは上手くやれないのだった。
「いってらっしゃい!」
さて、今日参加している同期の高校1年生組は俺と月見里を除いて欠席していた。つまり先輩達4人が終わると次は俺か月見里の番となる。
わかりきっていたこともあって、事前に俺と彼女は隣り合って座っていたが俺はボケることとして彼女だけを送り出そうとしたのだった。
「おまえもだろう!!」
当然、そんなことが通じないなんてことは明らかだったのだが。
俺は席を立って彼女の後を追った。だが彼女は舞台の前で立ち止まった。どうやら俺を先にやらせたいようだ。
意図は見え見えであった。要は彼女は俺の自己紹介の形を真似て無難に収めたいのだ。ここで文句の1つ言っても良かったのかもしれないが、遅かれ早かれ発表することになるのだから俺が先に発表することとした。
「広瀬亮です。ヴァイオリンパートです。最近やっているものは小説読書です。えー、やってみたい曲はまたオーケストラでやってみたいです」
といったとてもとても無難な自己紹介になった。今でもそうかもしれないがユーモアなんてものはなかった。
続いて月見里の番であった。
「月見里真子です。ヴァイオリンをやっています。最近ハマっているものは食堂でおいしいものを食べることです。やってみたい曲は段々リズムが早くなる曲です」
これがユーモアなら俺はいらないのだが、実に彼女らしい発表の仕方であった。このどこかアホくさく感じてしまうのが月見里真子なのだった。
戻ってくる彼女にやりたい曲について何か言ってやろうと思い俺は
「何そのアバウ痛っ」
何そのアバウトなやってみたい曲は、と言い終わる前に俺は月見里に蹴られるのであった。
彼女も理解していたのだろうが、そうであるならもう少し考えてから言えば良かったのにと考える俺であった。
仕返しに俺は月見里のパーカーに付いているフードを被せた。もちろん怒られた。
*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*
そしてプレゼント交換の時間となった。
先生が演奏している間、プレゼントを回していき、演奏が止まったときに手元にあるプレゼントを貰う。もしそのときにプレゼントを2つ持ってしまっていたらもう片方を渡すなりして全員に行き渡るようにする。というのがルールであった。
俺はクッキーを左に渡し、右からやってきたプレゼントを受け取っては再び左へ渡していった。
意外と思われるかもしれないが、大小様々な形をしたプレゼントを一定の速度で渡し続けるのは困難なのである。特に低学年でそうなりがちであり、そうしたところをサポートするのが高学年の仕事でもあった。そうした小さなトラブルはあったものの、かくしてプレゼント交換は終了した。
自分が買ったプレゼントが誰に渡ったか気になるもので、俺はクッキーの袋を探した。
(月見里が持ってる!)
顔には出さなくても驚いた。確率としては30人近くが居たとしたら、たった3%くらいなのだ。驚かないのも無理な話だ。
「それ俺が買ったやつだ」
伝えたくもなるもので、俺は早速月見里に伝えた。すると近くにいた彼女とよく話す後輩が俺には聞こえないように「やったじゃん」と小声で言った。実際には聞こえていたのだが。
何が彼女にとって良かったかは知らないが、そんな偶然もあるのだと記憶に残るクリスマス会となった。
以前のように彼女と終始話し続けることはなくなったが、それでも先輩達と会話している最中で、視界の隅で月見里が帰る姿が映れば手を振ることだってあった。
こんな関係があとどのくらい続くのかなんて、このときの俺は考えもしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます