秋 想像の君と現実の君
何も高校1年の秋になって思ったことでもない。中学3年の頃から感じていたことを、メールという道具によってさらに感じたことだ。
いつも早くメールの返信が来ないか楽しみにしていた。
平日は互いに違う学校に通っており、休み時間に返信することが多かったが、その休み時間がそれぞれ違うタイミングであり、授業中に来ることが多かった。そこで授業中に画面を見ることはできないけれど月見里から来るメールだけバイブのリズムを変えれば画面を見ずに気付くことができると考えが至り、そう設定したりもした。
それだけ楽しみにしていたのだ。振動数で月見里から返事だとわかれば早く読みたい気持ちにもなった。
こうした気持ちも行動も、どこからどう見ても月見里のことを好きだとしか捉えられないだろう。実際そうだった。
しかしそれが怖かったのだ。俺は月見里真子が好きなんだと、そう客観的に自己認識することがどこか暗示のような気がしてならなかったのだ。
会いたい、話したい、一緒にいたい。そう思えば思うほど自己暗示なのではないかと、そう疑ってしまうのだ。
彼女と会っていない間はまだ良かった。彼女とのことを思い出したり、メールが来るのを待つ間はそこまで考えることもなかったから。そのことにドキドキとし、ただ好きなんだと思えていた。
しかし練習で直接会話してるときは違った。自然体で話し、心の底から楽しく感じる。そこにドキドキするようなことはなく、好きだと思うことはなかった。
そんなことが1週間で波のような心の変化を感じ続けてしまうと考え方も変わってしまう。俺は月見里真子を好きなのではなく、自分自身の心が作り上げた月見里真子を好きなのではないか、と。
そんなことが許されるべきでないことに苦しむ生活が始まった。
俺は、俺自身は月見里真子をどう思っているのか、全くわからなくなっていった。異性として好きなのか、友達として好きなのか。客観的に評価すればどう見ても異性として好きだというのに、主観ではそれがわからない。自分のことなのに自分がわからなくなったのだ。
そうした苦しみはあろうことか彼女に向けることにもなった。月見里真子の嫌いなところ。それを考え出したのだ。
実は中学生の頃の俺はオタクというものを好きになれなかった。
そもそもオタクというものを知ったのはオタクとお嬢様の恋愛ドラマを見てからだった。
俺はその主人公を好きになんてなれなかった。別に気弱だから、背が小さいからってわけじゃない。ドラマが作り上げた典型的なオタクのその性格を好きになれなかったのだ。年2回あるイベントに参加するだとか、ライブコンサートで踊るファンだとか、電子掲示板のガイドラインキャラクターのアスキーアートだとか、いろいろと、はっきり言ってしまえば気持ち悪かったのだ。“w”の意味だって何を表しているんだって思ったほどだ。
そして月見里真子はオタクと呼ばれる部類であった。時々彼女のメールにあるアスキーアートは俺を引かせることだってあったし、彼女と直接話しているときもオタク感を感じてしまうとやはり俺の持っている彼女への好意は違うんだと思うことがあった。
そんなオタク嫌いでも、俺自身その素質はあった。アニメが好きでゲームも好き。時間の問題だったのだろう。
アニメだけ取り上げても、黄色いネズミとの旅だったり、カードをキャプチャーだったり、深夜33時半と揶揄されたものだったり、見ていたものは多かった。
また一方で、山吹色のリボンを付けた少女の憂鬱であったり、砲撃魔法をぶっ放す白い魔法少女であったり、(ゲームだと当時は知らなかったが)野球チームを作るバスターズであったりと気になるアニメも多かった。
深夜アニメと呼ばれるコンテンツに触れ始めたのは中学3年の冬であった。
受験勉強が夜遅くまで続き、ふとパソコンで気になったアニメが見られないか調べていたときだ。主人公が首を掻き毟って自殺するアニメだった。今思えばそんなアニメから深夜アニメを見るのは異端としか言い様がないが、そんなセミ科のなくアニメを見たのがきっかけだった。
高校に入ってからは深夜アニメを見る量は増えたが、それでもお盆と年末のイベントへの参加などは良く言えば上級者だなと思っていた。
果たして同族嫌悪なのかどうかは知らないが、当時の俺は彼女と会っているときだけは恋愛感情を抱かなかったのだ。嫌いなところを見てしまっているが故に。
そんな気持ちであったが一貫して持っていた気持ちがあった。
どんなことがあっても月見里真子を守る。
彼女を泣かせる存在があるのならそれを消し去ってしまおうと、彼女の笑顔のためならこの身がどうなろうと構わないと、そう思っていた。
子どものような騎士像でしかなかったが、それだけ俺にとって月見里真子とは大切な存在だったのだ。
そこに好きとか嫌いとか関係なく、彼女の笑みで何度も救われてきた俺は純然たる意志でそう思っていた。
だが裏返せば、それは俺自身が月見里真子を傷つけてはならないというものでもあった。
俺が彼女に好意を持つことは、俺を友人と思っている彼女を傷つけるのではないかと。仮に付き合えたとしても泣かせることになるのではないかと。そんなことは絶対に許されない。そんな意志でもあった。
このようにして複雑な気持ちではあったが、本質的に言えば素直になれなかっただけなのだ。
もし月見里真子が当時の俺の理想像であったなら主観でも好きと認めていただろうし、彼女が好意を示してくれていても同様だっただろう。
友達のように接してくる現実の短所を持つ月見里真子を俺は好きだと認めたくなかっただけなのだ。
当時の俺は、好きだけど嫌い。そんな気持ちをとても大切な彼女に抱き続けていたのだった。
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