春~秋 メール

 彼女とのメールのやり取りは2年間で500通以上に及んだ。これが普段週1回の会話がメールへ舞台を移した結果である。


 毎日、とまでいかなくともおよそ週の半分程度の頻度で日に5通以上やり取りをしていた。

 しかしそれでも互いの話したいことが多すぎて1通のメールに1つの内容では足りなくなったのだ。次第に1通のメールに2つ、3つ、4つと話題を並行させて話すようになり、ついにはタイトルにすらメッセージ扱いになっていった。俺達にはReがついたメールはほとんどなかったのだ。


 そんな数ある話題の中から印象に残っているものを挙げよう。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 当初はあまり夜遅くまでメールをして寝不足になるのも良くないと思い、彼女とのメールの時間も夜9時までと決めていた。その旨を彼女にも9時からちょっと勉強するからと以前に言い訳をして翌朝に返事をするようにしていた。


〈ねぇねぇ広瀬くん、勉強で忙しいかもしれないけど、もしよかったら相手してくれないかな?〉


 その日もそろそろ9時だし止め時かと思っていたところに彼女からそんなメールが来た。


〈ん? どうしたの?〉


 彼女が俺に〇〇してくれと頼むのは本当に珍しいことだった。俺のふざけに対してツッコミを入れるときなどを除いて彼女は俺に要求することがほとんどなかった。


 そんな彼女の久々のお願いに、俺は内容を聞く前から応えようと決めていた。


〈今日家族の帰りが遅くて寂しいんだよ。1時間だけでいいから話し相手になってくれないかな〉


〈わかった。いいよ〉


 そう返しながらも俺は彼女の頼みなら割と何でも聞いてしまうのだなと実感してしまった。


〈ありがと!〉


 そこからはいつもの会話であったが、今でも内容を少し憶えている。


〈ということは今日の夜ご飯はどうしたの?〉


〈作ったよ〉


〈おお! いつか食べてみたいものだ〉


〈いや、犬のエサだからやめといた方がいいよ〉


〈別に犬のエサでもいいよ。食べてみたい〉


 そんな会話をしながら終わったのは10時過ぎ、彼女の家族が帰ってきたためにその日のやり取りは終了した。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



〈それにしても広瀬くん、人気者ですねーwww〉


 それまで普段通りのやり取りをしていたところを彼女は突然バックストーリーのわからない話題をぶっ込んできた。


〈え? 何故???〉


〈いやぁー、たまたまさっきの広瀬くんのメールを男の子に見られちゃってねぇ。っつーか女からも人気ですね〉


 この日、KSは地域の様々な音楽サークルの合同演奏会に参加していた。俺はテスト勉強のために欠席していたが彼女は参加していた。


 テスト勉強はしていたが彼女とは相変わらず連絡しており、そのやり取りをしていたところに先のメールが来たのだ。


〈「あ、広瀬くんのメールじゃないか!」「広瀬くんは俺の友達なんだぞ~」などなど〉


 俺と彼女のメールの内容は他人に見られて困るものでもないが、何より恥ずかしかった。


〈何人に見られたんだ……〉


 できれば見られて欲しくなかったというのが事実だった。


〈複数。わらわら集まってきたよwww〉


 なんで集まるんだと言いたかった。確かに高校生ともなればKS内ではお兄さんの立場であり、小学生にはパート別練習では指導するようにもなり、休み時間だって何故か集まってきて相手することとなっていた。


 好かれているのだと思えたし、そのことに嫌な気分はなかったが、ここにきて弊害が発生するとは思わなかったのだ。


〈なんで見られる環境にあるんだよ!〉


 スマホと比べてガラケーの画面なんて小さいものであり、普通は覗こうと思わなければ見ることなんてできないはずだ。


〈あたしが堂々とケータイやってたから「広瀬くんからのメール? 見たい!」「ちょっと見せて見せて!」などなど〉


 何故堂々とやっているのかだとか、見せてと言われてなんで見せるのかとか気になることは多かったが、何よりも気になることがあった。


〈あいつら何か言ってなかったか?〉


 子どもがこのやり取りをどう捉えているかが問題だった。俺と彼女は付き合ってるわけではなく気持ちはともかく事実としては友達関係である。


 それを子ども達がどう捉えたか、それによって今後の振る舞いを考えなければならないと考えたからだ。


〈それは言えません。プライバシーは守らないとね!〉


(おい!)


 肝心なところで濁すのが彼女の悪い癖だった。


〈教えろよ!〉


〈まぁ広瀬くんよく教えてくれないこと多いからあたしも言わな~い〉


 と受け返される始末だった。確かに俺もそういうところがある以上、これ以上言い返すこともできなかった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



〈なぁなぁ、モーニングしてくれよ〉


 話題は秋も深まり朝が寒くなってきた頃であった。


 誰もがそうであろうが、寒いと布団から出られないし、冬の朝は暗くて起きることすらできないものである。俺の場合は特に酷くて、家の東側に山があるため冬は日差しが全く入らないのだ。その上、寒いのだから起こして欲しいと日々感じていた。


 どうせなら彼女に起こして欲しいなと思いながらメールのタイトルで行われていたやり取りに先の一文を送ったのだ。


 しかしそんな俺の頼みなんて容赦なく切り捨てるのが彼女であり、どうせそんな頼みも「やだ」で一蹴するものと思っていた。


〈毎朝??〉


 肯定でも否定ない返事であった。


〈え!? やってくれるの!?〉


〈いいよ!〉


 まさかのOKされるとは思わなかった。これには驚いた。


〈断られると思ってた〉


〈別に嫌でもないし〉


 そこまで言われたら期待してしまうものだ。


 何時に起こして欲しいか訊かれ、俺は6時半と答えた。


 だがよく考えて欲しい。彼女は俺よりも寝起きが悪いことを当時から知っていた。それに俺よりも家から高校が近いのだ。


 毎朝7時25分に、ニュース番組のココを調べるコーナーを見ること叶わずに家を出る生活をしている俺よりよっぽど遅く彼女は出発できるはずなのだ。


 つまりは、俺の期待は外れる。期待してしまった以上、それは叶わない。そう予想したのだった。


〈あぁ寝坊しちゃった。おはようございます。今日も元気にポジティブシンキングで頑張って行きましょう!!〉


 電話を期待していたところをメールで。そしてメールは8時前に来た。


〈電話がよかったなぁ〉


 だがここで諦める俺ではなかった。次もチャンスがあるならそのときにこそと思って次の手を打った。


〈じゃあ次は電話してみようかな〉


 だいぶ乗り気であることは嬉しい誤算だった。


〈そういえばケー番登録しわすれてたからメールでするよ〉


 このとき初めて俺のメアドだけが伝わっていたのだと知った。


 すかさず俺はケータイの番号を送った。


〈どうも。で、電話してほしいの??〉


(当たり前だ!)


 と言うことも言えず、あの手この手で電話を要求するが、結局それが叶うことはなかった。


 だがモーニングコールならぬモーニングメールはあれから3回ほどしてもらった。いずれも8時台ではあったが。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 KSの練習がある日はメールをしないことが多かった。どんなにメールが続こうともそこで途絶えるのだ。しばらくしてどちらかがメールを送り始めて別の会話が始まることが基本だった。


 その日は彼女から始まった。


〈話すときはいい加減月見里って呼んでよ〉


 今更ではあるが俺は彼女を名前はおろか名字ですら呼んだことがなかった。会話は1対1がほとんどであり、おまえや君で済んだからだ。


 それにいつかの海外演奏旅行の際に名前で呼ぶことを拒否されてからは名字ですら呼ぼうって気もなくなっていた。


 俺にとって彼女は彼女であり、フルネームで憶えていようとも彼女でしかなかったのだ。


〈呼ばざるを得なくなったら呼ぶと思いますよ〉


 だからこれからも呼ぶことはない。そう思っていた。


〈なんだよそれ!!! おまえどうせ恥ずかしいんだろ??〉


 きっと彼女には彼女なりの推測があってそう言ったのだろうし、その指摘は否定しようもない事実であった。


 だが俺が敬語で返すとき、それはとにかく本心を隠そうとする癖であった。その癖は見破って欲しいからそうしているきらいがあった。


 過程はどうあれ、事実をほぼ完璧に指摘されてしまった以上、俺は勇気を出す必要があった。


 そしてKSの練習日が再びやってきた。


 練習も終わり片付けをしている最中の出来事だった。


「おねがい!」


 俺は手に持っていた譜面台を同じく譜面台を片付けている彼女に渡して一緒に持っていってもらおうとしていた。


「やだ」


 断られるなんて百も承知。だがそれでも頼む。そうすれば会話が続くからだった。


「おねがいしますよー。月見里…さん……」


 俺はこのとき、初めて彼女を、月見里を呼んだのだ。


「あ、呼んでくれた!」


 だがさん付けしてしまうくらい気恥ずかしくなってしまった俺は彼女にデコピンしてしまった。


「痛ー!」


 とにかく誤魔化すためには手段なんて選んでいられなかったのだ。


「謝ってよ!」


 謝罪するまで許してくれないくらいにご立腹な月見里の雰囲気に押されて俺は謝った。


「もしギャルゲーだったら好感度が落ちてるんだからね!!」


 そんなことを言われつつ、許されるのであった。


 なお当然の帰結であるが、譜面台は持っていってくれなかった。

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