5年目

春 メールアドレス

 ケータイなんてものは大学に入るまで持つ必要なんてない。そう思っていた。


 当時のケータイはガラケーと呼ばれるフィーチャーフォンが主流であり、スマートフォンはまだまだ普及していなかった。


 スマホならゲームができるし欲しいと思えたが、ガラケーの機能は通話とメールがほとんどであり、ケータイでのインターネットコンテンツもまだまだ充実していなかった。


 高校の合格祝いとしてノートパソコンを買ってもらった俺にとって、ケータイは通話とメールしか得られる機能がなく、その通話とメールも学校へ通うだけなら中学と同じ生活であるため必要ないと思っていた。


 そんな考えは部活に入ってからゴミ箱に投げ捨てることになった。


 当たり前の話だが、高校の部活は中学のそれより自主性が高い。何1つとってもやるやらないは個人と生徒集団の勝手である。そうした意思決定を数十kmも離れた相手に伝えるにはケータイが最も合理的なのだ。


 理由は他にもあるが、要するに必要に迫られたということだ。


 こうして、高校入学1週間にして俺はケータイを手にすることとなった。


 電話番号はランダムで決まったものを使用することとなったが、メールアドレスは自分で決めることができた。そこでどんなアドレスにしようか考えることとなった。


 しかしこれが迷うものであった。


 メールアドレスを決めようにも現時点で参考にできる相手といえば父と母しかおらず、友達がどんなメールアドレスかはこれから知ることであってそのときはわからなかった。とは言うものの、やはり好きなものや名言から取っていることは何となく知っていた。


(好きなもの好きなもの……森、とか?)


 さすがにforest@では既に誰かが使っているだろうし、簡素すぎてどうかとも思った。


(あとは誕生日とかか)


 そこでforest_0612@としてみた。


 この時点で決めてしまっても良かったがもう一押ししたかったのが当時の俺の価値観であった。


(あいつの名前も入れてみようかな)


 月見里真子の真の字を英訳して俺はメールアドレスに組み込んだのだ。


 true-forest_0612@――そうして俺のメールアドレスは決まった。このアドレスが彼女とは全く関係のないところで誰かの窮地を救うこととなったのだが、それはまた別の話だ。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 ケータイを購入し、メールアドレスを決めた翌日は平日であった。


 俺自身、中学の同級生にはケータイなんて必要ないだろうと豪語していたのだ。


 それが高校入学1週間でケータイを持っているのだから失笑ものであろう。そんな恥ずかしさはあったが、広瀬もケータイ買ったのかと喜んでくれて、俺のケータイにはアドレスが登録されていった。


 そしてKSの練習日になった。


 彼女ともメアドを交換できると期待していた俺であったが、その日は学校の都合で練習に行けなかった。なので仕方がないと思いつつも来週交換すればいいか、と考えていた。


 KSの練習が終わる頃には俺も用事を終えて家で夕方の長寿アニメ番組を見ていた。


「そういえば真子ちゃんにあんたのメアド教えたよ」


 と母が言った。どうやら母は保護者の活動としてKSの練習に行っていたようだった。


 すっかり来週に持ち越しだと思っていたところにチャンスが到来したわけだが、俺自身から行動をすることもできないので結局待つ他なかった。


〈やっほ! ピンクだま大好き月見里真子だよ! よろしくね!〉


 見覚えのない、初期設定のままであろうランダムな文字列で構成されたアドレスから来たメールはそう書かれていた。


 かくして、ケータイを手に入れた俺は週1回しか会えない彼女と毎日話せる手段を手に入れたのだった。

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