3年目

夏 問い掛け

 ここまで語っておきながら言うのも変な話だが、俺は彼女とは仲の良い友人だと認識していた。会えばどんなときでも楽しくなれる相手、互いにとっての良き理解者、相棒。


 表現は様々だがlikeでありloveではなかった。行動と考えを振り返るに疑わしいことこの上ないが、当時の俺は本気で友人という認識だったのだ。


 もう少しこれまでのやり取りが違っていれば別の可能性もあったかもしれないが、彼女とは一緒にいて楽しい関係という表現で完結していたのだ。


 だが、それも中学2年生のときから変わっていったのだった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*




 夏合宿は2泊3日と長く、通常の練習と比べると約6倍の時間を掛けており、この集中練習を通してKS全体の練度が上がると言ってもいい。


 しかしそれだけではない。KS団員は小学校から高校までの子どもであり、また音楽という共通の趣味を通して知り合った関係である。彼ら彼女らがそうした出会いの元で仲を育むのもまた重要であることを俺に限らずよく知っている。


 多くの人は4月の定期演奏会が終わった次の練習、つまり5月に入団することが多い。週1でしか会えず、ほとんどが練習であるため仲良くなれる人数は限られている。


 しかし夏合宿後にはその友達の輪が倍以上に広がっていることをよく見掛けた。同じ部屋で寝泊まりしたり、1日中一緒にいれば知らない人とも嫌でも交流があるからだ。


 合奏という集団で行うものだからこそ、演奏以外でもコミュニケーションが取って仲が良くなる必要もあるのだ。


 俺も彼女も夏合宿を通して仲良くなった人が多い。俺の場合は同性の先輩や後輩、彼女以外の同期などなど。彼女もまた同期や同性の後輩達と仲良くしているところを見掛けた。


 また、もう片方の合宿――春合宿は1泊2日と短く、それをきっかけに仲良くなることも多いが、5月入団者にとって3月はもう大半と知り合っているため、夏合宿が親睦、春合宿が演奏の質上げといった意味合いが強かった。


 俺も彼女も今年で3回目の夏合宿であった。毎年同じホテルで練習しており、慣れたものだと練習していった。全体合奏、パート別練習、また全体合奏。1日10時間以上の練習は大変ではあったが、楽しくもあった。


 彼女との会話も合宿だからこそいつもより長くたくさん話せた。


 そんないつも通りの休み時間での立ち話。いつも通りいろんな人がいる中、気にもせず、いつも通り変哲もない話題。彼女は本当に何の前振りもなく問い掛けた。


「ねぇ、あたし達って、ずっと友達のままなのかな……?」


 それを聞いた瞬間、何を言っているのか全く理解できなかった。


 言葉の通り、思考がフリーズしたのだ。だがそれもわずかの間であってすぐに頭が回転し始めた。


 しかし何と答えれば良いのかわからなかった。彼女の言っていることを理解しようとする。どうしてそんなことを今尋ねる? ズッ友だよねという問い掛けなのか? それとも、もっと別の……何かか?


「……」


 フリーズから回復したが今度はパニックが起きていた。とにかく答えなければ。そう思って口を開こうとした瞬間――


「あら、そんなことないんじゃない?」


 そうヴァイオリンパートの先生が答えたのだ。どうやら話を聞いていたらしい。


 再度フリーズした俺はこの会話を続けることはなかった。


 そうして休み時間は終わり、練習が再開した。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 その日の夜。


 練習も終わり大浴場のお風呂に入って更衣室でパジャマに着替え、部屋に戻る途中で彼女に会った。


「パジャマ似合ってるね」


 そう言われても碌に返事できなかった。


(なんだこの気持ち)


 嬉し恥ずかしい気持ちだった。褒められたのだから当然だと思ったが何か違う。


(このパジャマ、そんな好きじゃないのに褒められたからかな)


 そんな考えに至ったのはこの気持ちに名前をつけられなかったからだろう。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 夏合宿が終わってしばらくした頃。


 俺は悩み続けていた。彼女が何と俺に問い掛けたのか思い出せなかったのだ。


 あのとき、俺はフリーズとパニックのサンドイッチしたせいで、そのときの出来事を記憶から零してしまったのだ。


(思い出せることと言えば――)


 あたし達、友達なのかな? あたし達、ずっと友達かな? あたし達、友達のままなのかな?


 『あたし達』と『友達』の2つの単語だけだった。考えられる言葉を組み合わせるとニュアンスが大きく変わっていて、彼女が何を言いたかったのか思い出せなかった。


 ずっと友達だと言いたかったのか、友達のままであることへの不満だったのか。


(まさか俺のことを異性として好きだなんて、そんなのあり得ないだろ)


 友達として好きならよくわかる。俺だってそこまで性格が悪いわけではない。だが異性なら話は別だ。容姿は悪いし、異性にモテるような良い性格ではない。


 当時はそのようなことを本気で思っていた。自分に自信がなくて、それでも期待してしまって、しかし期待すればするほど失望してしまう。ならば期待なんて始めから持たなければいい。


 俺にとって都合が良いと考えたのは彼女が俺に好意を寄せているということ。そんな期待は持っても結局は失望するのだから無駄であり、であるならば彼女はあのとき友達であることを再確認したかったのだ。そう結論付けた。付けるしかなかった。


 だがそう結論付けたとしても、当時の俺は気付くべきだったのだ。都合が良い未来が彼女と両想いになることであるのならば、それは俺自身が彼女をloveとして好きだったことを。


 しかし、俺は気付けなかった。異性として好きであることを意識はしていたが、まだこのときは正しく意識できてはいなかった。


 友情と恋愛は別物である。そう意識できなかった。

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