秋 一緒に帰ろう

 中学生にもなると、KSの練習後は1人で帰れと言われることが増えた。


 迎えに来てくれるのに車で往復約1時間である。忙しいときは1人で帰ってくれた方が親からすれば楽なのだ。徒歩・電車・徒歩であるから、土地勘がついた俺にとってそこまで難しい帰り道でもない。


 1人で帰る日は期待することがあった。彼女と帰れたら、と何度思ったことか。


 しかし残念なことに彼女は家から練習場までそこまで遠くはなく送り迎えの頻度は俺より多かった。一緒に帰るためには彼女の少ない送り迎えのない日に加えて、俺もまた1人で帰る日でないといけない。


 そんな待ち望んだ秋の日に訪れた。


 その日も、送ってくれたが帰りは1人で言われ、帰り賃300円を握らされた日だった。


 練習が終わって片付けも終わり、さて帰ろうかとそんなときであった。


「あれ、今日は迎えないの?」


 彼女もまた車の迎えを待つ様子もなく帰るようだった。


「今日、お父さんとお母さんがデートで迎えがないの」


 父母がデートなんてするものなのか。それは家庭によりけりではあるが、俺の常識にはないものだった。つまりはそういう家庭で育っていることを意味しているが、今はそういうことを尋ねる場面でないことは明確だった。


「じゃあさ、一緒に帰ろう?」


 俺は恥ずかしい気持ちを隠して、彼女から顔を逸らしながらそう誘ったのだった。


「いいよ!」


 こうして20分間の帰り道を共にするのだった。


 話すことといえばいつも通り何の変哲もない話だ。一緒に帰るのなんて初めてだとか、今日の練習のこととか、出会ったあの日から何も変わらない内容だった。


 だが、普段とは違って外だということもあり、違うことだってあった。


「なんかこうして歩いてるとカップルに見えたりしないのかな?」


 唐突に彼女が言い出した。


「見えないんじゃない?」


 それに対して俺は考える様子もなく返答するのだった。


 恥ずかしかったのだ。周りからそういう風に見られることが気恥ずかしく、そんなことはないとすぐに否定したのだ。俺と彼女はあくまでも仲のいい友達なのだから。


 そんな返答の直後、警察に補導されている人を見掛けた。何をしていたかはわからないが、壁を背に地面に座っている男性を2,3人の制服を着た警察官が取り囲んでいた。


 歩みは止めないものの、道行く人々はその様子が気になって見ていた。彼女も例外でなくじっと見ていた。


 俺はよく知っている。奇怪な目で見られる恥辱を、辛さを。どんな悪いことをしたとしても、その辛さを受けることが罰ではないはずだ。まして悪いことをしたとも限らないこの人をそういう目で見たくなるのは気持ちはわかるが間違っていることだ。


 だから俺は彼女の頬を掴んでその顔を男性から背けさせて俺の方を向かせた。


「そういうのは見るもんじゃないよ」


 たった1人をそうしただけでその男性の辛さが変わるわけでもないが、それとは別に彼女がそんな辛さを与える1人になって欲しくなかったのだ。


 帰り道での出来事はこれだけでなく、もう1つ、今でも時々思い出すことがある。


 駅に着いたときのことだ。


 俺と彼女は乗る路線が違うため、途中で別れることとなる。彼女は階段の途中にある改札で、俺は階段を登りきった先に改札があるため、俺が彼女を見送る形となるはずだった。


 ところで地下に改札がある駅は別として、都市部の駅での階段というのは通常の建物の階段と比べて倍以上長い。それも当たり前で、電車や架線より高くなければならないからだ。また、駅にはエレベーターやエスカレーターが備え付けられていることが多い。


 楽器とそのケース含めて5kg近い荷物を背負っている俺がエスカレーターを使おうとするのは何ら不自然なものでない。


 彼女との帰り道もいつものようにエスカレーターに乗る……はずだった。


「若者は階段!」


 エスカレーターに乗る直前、俺は背負っていた楽器ケースを彼女に引っ張られたのだ。バランスを崩すほど乱暴に引っ張られたわけでもないが、彼女が力強く言ったため、思わず素直に従ってしまった。


 この出来事以来、10年近くに渡って俺は上り下りする際はエスカレーターがあっても階段を使っていた。さすがに友人などと一緒の際はエスカレーターを使うが、1人のときは毎回思い出しては階段を使うこととなった。


 彼女の言葉にはある意味で呪いを掛ける力でもあるのだろうか。いや、きっとそれは俺だけだろうと思っておこう。

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