夏 一緒に聞こう

 実は中学の出来事はかなりあやふやだったりする。時系列がわからないのだ。


 この出来事が中学1年のときだったのか、それとも中2であったか、夏だったか、秋だったのか。いくつかの可能性を考えてこの話は中学1年の夏としているが、夏祭りよりも前かもしれない。俺自身、この話を思い出したのはつい最近なのだ。



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 音楽プレイヤーを母から買ってもらった。


 小学6年のとき、1つ歳上の先輩が合宿で見せてくれた音楽プレイヤーを気に入り、俺も欲しいと思ったからというのが大きかった。とは言え、高価なそれを買ってもらうのは簡単に許してくれることではなかった。


 そこで先輩のより小さな、それでいて1つ条件をつけられたのだった。


 それが期末テストの点数であった。5教科500満点中400点以上で買ってやる、と。


 中間テストではまぁまぁな成績を出しており、そこまで至難ではなかったが、5教科に加えて実技4教科だってある。


 今考えれば絶妙な厳しさであった。勉強したかどうかと問われればそこそこしたくらいであったが、条件である400点はクリアしたのだった。


 そうして手に入れた小型の携帯音楽プレイヤーに俺は自分の手持ちの音楽を入れていった。


 当時の俺は音楽といえばクラシック音楽であり、ポップスや歌のある曲は邪道とすら考えていた。


 そのクラシック音楽ですら持っているのはKSの定期演奏会での曲が大半だった。それ以外のクラシック音楽はわずかしか持っていなかったし、クラシック音楽以外には一体いつ買ってもらったのか定かではないアニメソングアルバムしかなかった。


 そのため、俺が聴く音楽はKSの音楽がほとんどであり、それを共感できる相手もまたKSにしかいなかった。


 新しく手に入れたおもちゃを自慢したくなる気持ちだったのだろう。俺は彼女に音楽プレイヤーを見せつけるかのように音楽を聴いていた。


「何聴いてるの?」


 至極当然の質問。


「この前の海外演奏旅行のときの曲だよ」


 KSの定期演奏会の曲なら俺や彼女に限らず、みんながCDとして持っていて聴いているだろう。しかし、海外演奏旅行で弾いた曲はまだCD化されておらず、父経由で手に入れた録画映像から音だけを切り離して作ったこれは当時俺だけが持っていた。


「聞かせて!」


 俺がこの曲を聴いていたのは別にそれを自慢するわけではなかった。この合同演奏会では管楽器も含めた管弦楽曲であったのだ。普段弦楽合奏しかしてこなかった俺にとってオーケストラで弾くというのは初めての出来事で、合同練習で最初に弾いたときは感動してしまうほどに震えたのだ。


 そんなこともあって俺はこの曲を好きになり、このとき聴いていたのだ。


「はい」


 そんな思い入れのある曲を聴き続けたい気持ちもあって、俺はイヤフォンの片方を彼女に渡した。


 こういう状況をなんと呼んだか、イヤフォン半分こ、というらしい。そんなことを当時全く意識せずに彼女としていたのだった。仲が良いんだから別におかしいことではないと思っていたし、それが合理的に聴けるからと思っていた。


 傍から見てどのように映っているかさえ、このときの俺は無頓着だったのだ。

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