夏 夏祭り

 KSの人達――というより保護者達はイベント好きな人が多い。


 クリスマス会が代表的なもので、お寿司やオードブルの他にも手作りのケーキといったごちそうに加えてプレゼント交換や、後のクリスマス会で恒例となる保護者達の演奏会など、1つのイベントだけでもいろいろなものが詰め込まれているのだ。ともすればクリスマス会とは別のイベントだって作ってしまうのが保護者達の恐ろしくもすごいところである。


 新たなイベントを作るのにKSのみんなが集まるのにちょうどいい季節が夏だった。夏だからこその夏祭りが俺が中学1年のときに作られた。


 本当はどの季節でも良かったのかもしれないと今では考えている。というのも、この夏祭りのメインコンテンツはカレーにあった。各家庭のカレーを振る舞う。それをしたかったのだろうと思うからだ。


 別に春でも秋でも良かったのだろう。夏にしようと決まり、夏祭りになったからそこに花火やスイカが組み込まれ、場所は外でも涼しさを感じることができる武家屋敷のような貸古民家の縁側と庭で行うこととなったのだろう。


 もちろん中学1年の俺がそんなことを考えられることもなく、新しくできたイベントを楽しみにするだけだった。カレーは大好物であり、クリスマス会みたいに楽しみが夏にも登場したことは喜ばしいことだった。


 各家庭からのカレーではあるが、全員の家庭のカレーではない。10家庭くらいからのカレーである。それでも存分にカレーを楽しめることにわくわくであった。


 当時の俺にとって、カレーは母が作ったものと給食とレストランくらいしか知らなかった。だから他人の家のカレーは全くの未知だった。その中でも特段未知だったのは保護者達の中でも特にイベント好きな人が作ったカレーであった。


 カレーといえば茶色の液体を考えるだろう。そのカレーは白かったのだ。


「台風カレー?」


 そんな未知と遭遇し、その名を聞いて復唱した。


(一体何が台風なんだろう。辛いらしいから口の中が台風みたいに荒れるのかな?)


 この白いカレーが、明らかに辛い色をしていない液体が台風と名を冠するほどに激しい辛さを秘めているのだろうか。


 そう思い口にしようとしたが――


(臭っ!)


 カレーの匂いを知らない人はいないだろう。どうしようもないくらいにカレーの匂いとしか言い様がないあの『カレーの匂い』を誰しもがイメージすると思う。今でこそ正確な表現を知っているが、当時の俺にとってカレーの匂いとは『カレーの匂い』であったのだ。


 しかしこの白い液体はそんな『カレーの匂い』がしないのだ。


 強烈なハーブの香りは当時の俺にとって薬のでしかなかった。我慢して口にすれば確かに辛かったが、何よりもハーブの匂いでいっぱいいっぱいであった。


 そんな思い出がある台風――ではなくタイ風カレーであった。


 もう1つ、記憶に残るカレーがあった。月見里家のカレーである。こちらは色が白いわけでもなく、普通の茶色い液体であり、『カレーの匂い』でもあった。では何が月見里家のカレーの特徴かと問われれば、それは名前からわかることだった。


「角煮カレー!」


 角煮といえば豚バラ肉を一口大に切り、柔らかく煮た料理である。そんな角煮をカレーに入れるのだ。


 当時はまだそれほど角煮が好物というほどではなかったが、それでも美味しいものであることは理解していた。つまり、好物に好物に近いものが入っているカレーである。月見里家でなくとも気になる代物である。


 かなり後になって知ったことだが、月見里家の米は圧力鍋によって炊かれるらしい。そうだからかは知らないが圧力鍋料理を得意としているのであろう。それ故に角煮が入ったカレーであったのだろう。


 肝心の味であるが、実はあまり覚えていない。カレーは普通のカレーであったからかもしれない。角煮の方を憶えていないのだ。柔らかかったかすら憶えておらず、タイ風カレーと違って美味しく頂いたことは憶えている。


 他にもいろんなカレーを頂いたが、特に憶えていた2つのカレーがあったカレー祭りであった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 と、いうところまでなら今頃忘れていたと思う。絶対に忘れない出来事があったからこそ、カレーも憶えていたのだ。


 ところで彼女は滅多にスカートを履かない。見ることがあるとすれば演奏会で着るときくらいだ。彼女の服装はほぼほぼズボンであり、その格好はそれだけ彼女が活発な子であるかを表していた。


 夏祭りとあって俺もはしゃぐし、彼女だってはしゃいでいた。


 カレーも満足し、縁側に上がった。すると足が滑りそうになる。床があまりにもつるつるに磨き上げられており、靴下を履いた状態では驚くほど滑るのだ。


(これ注意して歩かないとな。転んだら恥ずかしいし)


 縁側に上がって歩く必要性も探検以外になく、俺は休憩して縁側に座っていた。


 しばらくしてたらいつの間にか彼女も縁側に上がり込んでいた。


――すてんっ


 その様子を俺ははっきりと見ており、それはもうお手本なほどに綺麗にすっ転んだ。


 転んだ先に人も柱もなく、ただ床に尻餅をついただけで大きな事故にならなくてホッとした一方で、アニメのような転び方は俺が笑い転げそうになるくらい鮮やかだった。


 保護者達が彼女を心配しているが俺は笑ってしまったことに彼女は大層お怒りではあったが、これをイジらずしていつイジるのか。


 この出来事から何年間か、夏になると俺は彼女にこの出来事を引き合いに出してわざと怒りを買っていた。それだけ彼女のドジが印象的だったのだ。


 それこそカレーなんかおまけになってしまうくらいに。

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