春 日常――ツツジとテントウムシ

 4月のKSの定期演奏会も終わり、5月になった。


 この頃も相も変わらず月見里とはよく話す関係ではあったが、クリスマス会の頃と比べれば変わったところもあった。


 KSでは3月と8月の年2回、合宿がある。定期演奏会を前に控えた3月の春合宿は8月の夏合宿と比べてやや厳しい集中練習であり、1年前の俺はついていくのに精一杯だった記憶がある。


 合宿は演奏のクオリティを上げる以外にも、団員同士の関係を深めることもある。それまで俺以外とほとんど会話をしなかった月見里も合宿を通して女子同士仲良くなっていった。


 それが俺にとって少し寂しかったが、上手く溶け込めて良かったと思いもした。会話する機会は大きく減ったことで複雑な気持ちではあったが、だからと言って全く会話しなくなったわけでもない。


 それに俺だって同学年の男子はいないが1つ歳上の同性の先輩達とよく話していた。おあいこである。


 そんな春のある日。


 KSの練習も終わり、いつも通りに俺と月見里は親の迎えを待っていた。以前のようにまた1時間以上待つようなことはないが、それでも待つときは待つ。その間、仲の良い友達がいれば話が弾むものだ。そんなある日の会話だ。


「花の蜜、吸ったことないの?」


 学校や公園でよく見られるツツジがある。小学校低学年ではこのツツジの花を摘み、雄しべや雌しべを取り除き、花の元の方から吸うことで花の蜜を吸うことができる。砂糖やハチミツとは違う、ほんのちょっとだけしか味わえない甘さが何回も蜜を吸いたくさせるのだ。


 話を聞くにどうやら月見里はその花の蜜を吸ったことがなかったようだ。そこで俺はツツジの花を摘み取って、蜜の吸い方を見せる。そして俺は再びツツジの花を摘んで彼女に渡した。


「甘いね!」


 そう言って月見里は笑みを浮かべるのだった。



*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*♪*



 この日は迎えが来るのが遅いようで、会話はまだまだ続いた。


「虫が付いてるよ」


 向かい合って話しているため、俺は月見里の服のお腹の部分にテントウムシが付いていることに気付いた。


「え、取って!」


 流石にアニメやマンガのような驚きはなかったものの、自身の服を引っ張って俺に虫を払うよう要求した。


 テントウムシを怖がる俺でもないため、俺は言われるままに月見里の服から虫を取り払う。


「家の中なら怖くないんだけどなぁ」


 とは彼女の言葉。どうしてそうなるのかよくわからなかったが彼女には彼女なりのルールがあるのだろう。当時はそう思ったが、どうやら彼女の父母に対処してもらえるから、らしい。だいぶ後になって知ったことだ。


 そんな日常が俺と彼女にはいつもあったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る