1年目
冬 出会い
俺は幼いときからヴァイオリンを習わされていた。最初は半ば強制だったが、合奏というものを体験してからは自分から音楽をやるようになった。そういう意味で、俺は小学4年生からヴァイオリンを始めたのだろう。
その合奏団の名を
小学4年生の冬にKSに入団し、1年が経った冬のことだ。まだ年末に差し掛かったばかりでクリスマスや正月といったイベントの準備をいろいろなところで始めている頃だった。
KSには小学生から高校生までが在籍しており、小学生がしばしば新たに入団することがある。だから新たに1人KSに入団したところで見慣れたとまで言わなくても珍しいほどでもなかった。例えそれが2連続で人が入ってきても。
週に1回、日曜日に練習があるKSに2週連続で俺と年齢が近い女の子が入ってきた。2人ともヴァイオリンとして入ってきたため、そのときはただ同じヴァイオリンパートの人が増えたな。そう感じただけだった。
2人目が入ってきて2週間ほど経った頃だったか。
いつもの通りKSの練習が終わった。夕方に終わるため、冬とあって辺りはまだ明るいもののもう時期暗くなる頃合いだった。
KSの練習場から俺の家まで車で30分近く掛かるくらい離れており、5年生と言えど小学生が1人で帰るには親も気にするくらいだったのだろう。当時は親から送り迎えをしてもらっていた。
何もそれは特別俺がそうだったわけではなく、家から遠ければ遠いほど、また低学年ほどそうした人が多かった。
練習が終わって、俺を始め何人かが迎えが来るのを待っていた。1人、また1人と迎えが来ては去っていく。いつも通りではあったが、いつもと違ったのは俺の迎えがいつまで経っても来なかったことだ。
いつもだったら遅くても10分くらいしか待たなかったというのに。とは言え、当時携帯電話を持っていなかった俺には連絡手段がなかった。できることと言えば待つ他なかったのだ。
そうした中、俺と同じように待っている女の子が1人いた。2週連続で入団した女の子の2人目の方であった。
最近入ってきた女の子、名前も学年もわからない女の子。わかることと言えば、歳が近いこと、同じヴァイオリンを弾いてるくらいであった。容姿はといえば長くてサラサラした黒髪に白い肌が特徴的だった。
そうした中、先に話し掛けたのはどちらの方だったか、こんな会話から始まった。
「迎えが来なかったら、この水を飲んで凌げるかな?」
練習に使っている施設の周りには小さな堀のようなものがあり、そこに流れる水を飲むことで親が迎えに来るそのときまで生き延びよう。そんな想像から俺達の会話は始まった。
迎えが来なければ帰ることはできず、1人では帰るための道もわからなければ、電車やバスを使うお金も持ち合わせていない。そんな俺達にできることはただただ待つしかなかったのだ。
尤も、子どもでも跨がれるほどに小さな堀に流れる水を飲んで過ごすことは小学生ならではの発想であるが、それでも俺達にとっては十分な会話の種であった。
飲むことはできても、どうやって寒さを凌ぐのか。ご飯はどうするのか。そうした想像上のサバイバルを語り合うことで、迎えが来ない不安を晴らしたかったのかもしれない。
彼女の話を聞いていると、どうやら俺と同じゲームをやっていたらしいことがわかった。発売から2年くらい経ったゲームではあるが、俺にとっては好きなシリーズとあってよくやっていた。
サバイバルからゲームの話に移り、ゲームの話をしては迎えが来ないからまたサバイバルの話をする。まだまだお互いのことを知らなかったが、その会話はまるで親友としているかのように弾んだ。
時間にして1時間くらい経っただろうか。ようやく俺の親が迎えに来た。どうやら渋滞事故で遅れたようだった。
俺は彼女を残して去るのが申し訳ない気持ちだった。自分も残って彼女の迎えが来るまで待つべきではないだろうか。そんな考えを知ってか知らずか彼女は――
「またね」
――と口にしたのだった。
これが出会い。これが始まり。
俺達は互いの親が迎えに来なくて、堀の水が流れていて、サバイバルの想像話で楽しむことができて、ゲームをしていなければ、そして同い年でなかったならば、これからの会話は全て存在していなかった。
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