第9話 やろうぜ
自分の耳を疑った。
敵対派が大したことないなんて、人間の口から飛び出した言葉とは思えなかった。
「あの、指導官。本気で言ってます?」
「本気だよ。現に、僕より弱い連中で領土防衛できてるじゃないか」
「個人が複数のデバイスを用意して挑むからですよ。一人一体ならとっくに首都が落ちてます」
「弱いからそうせざるを得ないんだろう? 僕ならデバイス一つでも余裕で戦えるね」
よく言えたものだ、敵対派と戦いもしないくせに。
俺は何度も死にかけた。逃げ出したい欲求を堪えて、歯を食いしばって踏ん張ってきた。
あの苦しみにまみれた日々を、俺があこがれた勇敢なる背中を、こんな軽薄で浅ましい指導官もどきが
こめかみがチリッとする。胸の奧から噴き上がる何かが臓腑を焦がす。
相手は大人。言葉での理解を期待して激情を呑み込む。
「指導官は敵対派と戦う軍人を見たことがありますか? 自分が死にたくない一心であがく中、顔も知らない誰かのために立ち向かう背中を見たことがありますか?」
「ないよ」
「……先程余裕で戦えると言いましたね。何故軍事作戦に参加しないんですか?」
「そんなの、大会に的を絞った方が金にな……」
ゲフンゲフンと、古河が誤魔化すように咳払いした。
「とにかく、僕みたいな有名人は大会に出た方が社会貢献できるんだよ。お子様には分からないだろうけど、肩書きによる集客力はバカにならないのさ。何たって僕、世界――」
「クハッ」
口から変な笑い声がこぼれた。
場の空気が凍り付いた。浜辺から引く波のように、古河の表情から笑みが
「……何がおかしい」
威圧する声色に構わず口端を吊り上げる。
「いや何、先程から
そんなわけがない。俺は分かっていて口にした。
何せ世界二位だ。あと一人を下せば頂点だったのだ。悔しくないわけがない。
古河の額に青筋が立つ。
「お前、僕をバカにしているのか?」
「まさか。世界大会準優勝は好成績だ、立派だとは思うさ。だが敵対派と戦う者を
「ああッ⁉」
荒い声が室内を駆け巡った。数人のクラスメイトが身を跳ねさせて変な声を上げる。
教師としての顔を投げ捨てた男は止まらない。ヒステリックを起こしてまくし立てる。
「お前何様だよ⁉ 試合から逃げたくせに僕を、この僕を
意図せず眉根が寄った。
見苦しい、これが二十を超えた大人の言葉か。もっと他にあるだろう? 皮肉や理路整然とした返しが。
もはや苦笑いする気も起きない。頭からすーっと熱が引く。
俺は深く空気を吸い込み、微かに残っていた敬いを乗せて嘆息した。この室内で吸った全てを吐き出すように、大きく深く息を吐き出す。
「なるほど確かに、試合から逃げた身では何を言っても説得力がないな。喜べ、気が変わった。俺とやりたいんだろう? やろうぜ」
不敵な笑みを貼り付けてくいっと手首を引き寄せる。
同級生がざわっと沸き立った。近くの友人と顔を見合わせて、戸惑った表情を喜びの色で上書きする。
対照的に古河が歯を食いしばった。目に見えて拳を角張らせる。自己愛の強い男だ、俺を打ち負かしたくてたまらない様子がうかがえる。
俺も同じだよ古河。お前の全てを否定したくてたまらない。鼻を高くして操縦室から出れると思うなよ。
「あのさぁ、僕って指導官なのよォ……敬いの念とかないわけェ⁉」
「ない。今さらあんたに教わる側としての礼なんて尽くせるか。手加減はしない。それでも俺とやりたいなら、あんたが持ち得る全てをもって挑んできな」
古河が
困惑、理解、怒り。古河の顔色が
「挑む……僕が、君に……いやいやいやあのさぁ、君誰に向かって――」
「俺の白儡はさっき発現させた個体が残っている。あんたも早く核を出せ。これ以上俺の時間を奪うことは許さない」
あごでガラス張りを指し示す。
古河が歯茎をむき出しにした。
「クソガキめッ! 他の生徒は白儡を煌子に還せ!」
室内がより一層賑わった。草原の景色から人型がごっそり消失する。
新たな核が射出された。偽物の地面から白い人型が伸びる。
「君さぁ、ちょっと生意気だよね。運よく白初家に迎えられたからって、養子の分際で調子に乗っちゃってさぁ」
不機嫌な声が偽りの空気を震わせた。
白儡を操縦する手法は2つある。
デバイスを介して動かす遠隔操縦。はたまた精神を同調させて、自分の体として動かす同調操縦だ。
遠隔操縦は精密性に欠ける。生身の安全が保証される場合には、感覚を同調して運用するのが一般的だ。
白い人型が発した愚痴は、白儡と同調した古河本人の言葉に他ならない。
「そんなに怒るなよ。大人なんだろう? 一応は」
「黙れクソガキ。生徒ふぜいが僕に勝てるわけないんだ」
「現チャンピオンは二十代前半だ。もう一回り若い天才がいてもおかしくない」
「ほざけ!」
古河の白儡が手の平を密着させた。引き離すように腕を開かれる。
手の平を追って光が伸びた。白い輝きが一本の槍を形作る。
白の核には様々な情報が含まれる。中には戦闘能力に繋がる器官――
作り出された槍は、腕に隠れた煌属器官により構成された槍型白儡だ。
「あーめんどくさ」
二本目の槍が構成された。白儡が逆手に持ち替えて腕を振りかぶる。
「受け取れッ!」
投げ槍。受け渡しに偽装した攻撃だ。
俺は体を左回転させた。巻き込むようにして柄を握る。遠心力で槍の慣性を弱めて、穂先から石突きまで視線でなぞる。
「槍か」
「槍は苦手か? よかったな。負けた時の言い訳ができた」
「勘違いさせてすまない。使い慣れていないだけだ。競技と違って、戦場では得物を選り好みできない時もある。今回はこれで十分だ」
槍をくるくると回して軽く舞う。
リーチと重心は把握した。これなら十分戦える。
「……いちいち勘に触るガキだなッ」
声がトゲトゲしい。苛立ちは最高潮のようだ。
「試合開始の合図は?」
「たった今からだッ!」
古河が足裏を地面に叩き付けた。
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