第10話 世界二位との決闘


 踏み込みと同時に穂先が迫る。


 俺は右半身を引いてやり過ごした。まばたきしていたら勝敗が付いたスピードだ。予備動作を消した動きが相当量の反復練習を思わせる。


 追撃を警戒して間を空ける。


「オオオオッ!」


 古河が槍を長く持ち換えて振りかぶる。


 得物もまた白儡だ。柄には槍の性質を記憶する情報体がある。


 核は衝撃に弱い。衝撃緩和の機構があっても、白儡の膂力りょりょくで何度も打ち合わせれば崩壊する。衝撃を受け流すテクニックも重要だ。


 しなった槍が空気を破裂させて迫る。


 鉄板も粉々になる一撃を柄で受け、瞬時に槍全体をハンドルのごとく回転させた。運動エネルギーを外へ逃がして攻勢に転じる。


 古河も隙らしい隙を見せない。俺のカウンターには円運動で対処。足元を薙げば地面に槍を突き立てて浮き上がった。穂先を突き上げて砂を使った目くらましに派生する。


 受けの機会を攻撃への足がかりとする。言葉にするのは簡単だが実行するのは難しい。


 俺は物心ついた時から白儡に触れてきた。戦闘に従事した期間で言えば、おそらく俺と古河の間に大差はない。技量も近しいものがある。


 悲しいかな、それでは俺に届かない。


「なん、だ……何故押し切れない⁉」


 皮肉にも、古河の驚愕は人類が覚えた疑問と同じだった。


 白儡が戦線投入された当時、人類は大いに盛り上がった。安心安全を兼ね備えた切り札だ。比喩でも何でもなく救世主としての役割が期待された。


 その期待に反して戦果は上がらなかった。


 原因はラグだ。敵対派とやり合うにあたって、数コンマの伝達遅延が足かせになった。


 格闘技の勝敗が数フレームで決まるように、一秒にすら満たない時間も明確な差だ。プロの軍人でも敵対派相手では勝率二割を下回る。


 現在の技術では白儡のラグを解消できない。


 俺の特殊な体質はそのラグを解消する。努力では埋められない圧倒的なアドバンテージだ。技術を突き詰めた俺が活用すればまさに水を得た魚。遅延に足引かれる者になす術はない。


「くそ、くそくそくそッ! 負けない、勝つ! もう年下なんかに負けないんだ僕はッ!」


 古河が飛び退いて槍を逆手に持ち替える。


 得物を投げ渡した時と同じ仕草だが、今回はまとう空気が違う。敵意、あるいは殺意。白い人型が悪感情をまとって猛りくるう。


 白儡の安全性は何物にも代えがたい。白儡の兵器運用にあたって、研究開発に携わる者には成果を出すことが求められた。


 探究の末に生み出されたのがDecisive《ディサイシブ》・ Arts《アーツ》。煌子の体を強制的に活性化させて、限界を超えた出力で敵対者を叩き潰す。通称DA《ディーエー》と呼ばれる白儡の必殺技だ。


 ラグをゼロにできないなら、その欠点を補って余りある何かを付け足せばいい。技術者の発想転換がこうそうして、人類は敵対派を打倒し得る切り札を手に入れた。


 古河が。


 そして俺が発動したのは、そういう技だ。


「なッ⁉」


 何度目か分からない驚愕を聞いて、俺は思わず吹き出しそうになった。嘲笑じゃない。古河の思考が理解できるからこそ可笑しかった。


 俺がやったことは単純だ。古河が動くより早く同じDAを使った。古河から見れば、動きを読まれたと勘繰るタイミングだ。


 実際に動きを読んだ。ただ勝つだけでは足りない。二度とふざけた言葉を吐けないように、目の前のガキ大人には決定的な敗北を与える必要がある。


 三流はまぐれで済ませる。


 二流は自分の動き出しが遅かったと反省する。  


 一流は相手の実力を推し量る。


 さぁ、お前はどれだ? 古河。


ぜろ」


《ジャベリン》。手を離れた槍が大気を爆発させた。衝撃波が槍を追いかけて地面をえぐり飛ばす。


 古河の白儡が爆ぜた。飛び散った先から白い破片が光粒と化す。核が喪失したことで、煌子を特定の形状に維持できなくなったのだ。


 数拍遅れて、俺の白儡の右腕がボトッと落ちる。


 DAは白儡を過剰に活性化させる。人の体に置き換えれば、急激に代謝を高める行為に等しい。


 人間なら死ぬ。細胞が新しくなっては老廃物に置き換わり、栄養を運ぶために血流速度も急上昇する。血管や肉体はその過負荷に耐えられない。生きるための代謝が血肉を飛び散らせる爆弾となる。


 煌子の体はタンパク質と比べて頑丈だ。爆弾のごとく爆ぜたりはしない。


 それでもDA使用時に発生するエネルギーは膨大だ。ズタボロになった白儡にはセーフティが掛かり、修復が終わるまで命令を受け付けなくなる。


 その隙を突かれれば敗北は必至だが、古河の白儡は消滅した。デメリットを気にする必要はない。


「俺の勝ちだ。元世界二位」


 推定世界三位以下。十分優秀な部類だ。少なくとも戦友よりは強い。


 だが彼らのことは尊敬している。向こうが俺をどう思っているかは知らないが、脅威に対して果敢に立ち向かう背中は小さかった頃の俺を奮い立たせた。


 古河は強いだけだ。誰にも、何も与えない。


 負ければ全て瓦解するうつろな強さ。そんなものに価値はない。


「お前の強さでは誰も守れないよ、古河」


 煌子の口で侮蔑を吐いた。


 古河をあざけったはずなのに、胸の奥がズキッとうずいた。

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