第6話 世界二位の遅刻魔


 俺は全うした。


 完璧だった。新入生代表としてのあいさつを終えて、無事入学式を乗り越えた。


 後には授業が控える。座学はもちろん、初日から実習も組み込まれている。


 特に実習は重要だ。世の中は白儡なしに回らない。


 いわばロボットの上位互換。物資運搬や危険地帯での作業も思いのまま。多くの企業が白儡操縦にけた人材を求める。


 そういった人材を輩出する教育機関も人気がある。


 需要に比例して入試の競争率は凄まじい。将来を見据えて動く者だけでなく、白儡の操縦にあこがれた少年少女も入学を志す。生徒として学び舎の門をくぐるには、全国トップレベルの高い偏差値が要求される。


 帰納法で語るなら俺も超高偏差値のエリートだ。入試成績はトップ。勉強ができるという意味では国内一と言っても過言じゃない。


 その一方で、俺にはコミュニケーション能力が不足している。


 俺は小中学校での学校生活を経験していない。歳の近い人間でまともに交流したのは、一時期彩日が屋敷に招いた友人くらいだ。人付き合いには多大な不安を抱えている。


 一般的な生徒とは何か。どうすれば周りに溶け込めるのか。


 インターネットで検索したがよく分からない。しばらくは周囲を観察して、優等生とは何たるかを学ぶ必要がある。


 その観察対象には友人も当てはまる。浮き沈みする男友達の背中を眺めるのみだ。


「幸、実はずっと聞きたかった。何をしている?」

「腕立て伏せ」

「……ほう」


 一瞬、ほんの一瞬だけ脳が理解を拒絶した。


 先程知り合った友人が、清潔感のある床と向き合っている。手の平を付いて黙々と腕を伸縮させる。


 まごうことなき腕立て伏せだ。まるで意味が分からない。


「もう一つ聞いていいか?」

「おう」

「何故腕立て伏せをする」

「体型を維持するためだ。休日はパソコンの前にいるからな。ぶくぶく太った姿をネットにアップしたくねぇ」

「そういうものか」


 すっく、すっく。幸が腕立て伏せを続ける。五十回を超えたあたり、そこそこの頻度で運動をしているようだ。俺は百回くらい余裕だが。


「まあ本音を言うと、いつまで経っても指導官が来ねえからだな」

「そうね。操縦室で腕立てするのはあんたくらいだけど、本来の開始時刻から三十分近く経ってるわねぇ」


 柚希が疲労を隠さず息を突く。


 他のクラスメイトもくたびれている。広々とした部屋に数十人収まっているが壮大に何も始まらない。いびきをかく男子がいれば、動画を展開して爆笑する女子もいる。学級崩壊もかくやといった光景だ。


 思わず口角が上がる。


 何だこれは? ちょっとわくわくするじゃないか! 


「指導官は何で来ないのかしら」

「寝坊をしたんじゃないか?」

「それは勘弁してほしいね。最高のおもちゃに触れる貴重な機会だってのに」


 幸が膝を曲げ、反動を活かして立ち上がる。


「満足したのか?」

「いいや? でもそろそろ満足するしかねぇ。実習用の体力を残しておきたいしな」


 幸が部屋の隅に視線を向ける。


 その先にあるのは大型の装置。部屋を操縦室たらしめる箱型の物体が鎮座している。


 俺なら起動できるが、実行すると叱られそうだから無知の道化を演じる。


「アホ指導官来ねぇし、もうあの機械触っちゃっていいんじゃね?」

「いいわね!」

「いいわけあるか!」


 意図せず声が張り上がった。四方八方から紫外線を照射されたような圧力を感じて、俺はコホンと咳払いする。


 放っておくと二人が突撃しそうな雰囲気だ。何か話題を振って注意を引くか。


「そういえば入学前に課題が出ていたな。二人は実習用の核を構築してきたか?」

「もちろん」

「完璧に済ませてきたぜ。俺のはすげーぞ? 楽しみにしてな」

「それは頼もしい。校舎に足を運んだ甲斐があった」


 一部の授業を除いて、生徒は明日から自由登校になる。白儡を用いた実習は数少ない例外だ。


 白儡の本質は白と変わらない。命令遺伝子オーダー・ジーンと呼ばれる特殊な遺伝子を組み込み、人の意思で動かせるようにカスタムした個体を白儡と呼んでいるだけだ。


 言わずもがな、命令遺伝子は白にとって有害な代物だ。白儡として発現するなり解析され、やがて核の中から排除される。


 事が済んだ時、白儡は白に昇華して人を襲う。街へ逃げられようものなら死屍累々ししるいるいの惨劇が起こる。その万が一に対処できるように、実習の際には責任者が控える決まりだ。


 実習開始時刻から約四十分後。その責任者が実習室を訪れた。


「やぁすまない、遅れてしまったよ。少しね」


 男性がへらへらと口角を上げる。


 軽い調子に反して髪は横分け。しっかりとワックスが掛けられた様相は秒で整えたようには見えない。遅刻することに慣れていそうな落ち着き具合だ。十中八九常習犯と見て間違いない。


 いぶかしむ視線に気付いていないのか、遅刻男が胸を張る。


「今日から実習を担当するよ、操縦指導官の古河茂樹だ」


 意図せず眉が跳ねた。

 

 聞いたことのある名前だ。確か彩日の姉の縁談相手にそんな名前の男性がいた。顔を合わせる前に瑠那が断ったと聞いたが、まさかこんなところで会うことになるとは。


「え、嘘?」

「古河茂樹って、マジかよ」


 同級生が室内を賑わせた。幸と柚希も面食らっている。


 何をそんなに驚いているのだろう。まさか縁談を断られた話が広まっているのか? だとしたら古河が不憫ふびんすぎる。


 仕方ない、遅刻の件は水に流してフォローしてやろう。


「あの指導官を知っているのか?」


 幸が目を見張る。


「知っているのかって、お前本気で言ってんのか⁉」

「そうよ! 古河茂樹って言ったら、去年のパペット・ファイトで世界二位になった選手じゃない!」


 パペット・ファイト。白儡を操縦して戦わせる競技だ。核構築の自由度の高さ、人体では為し得ないダイナミックな戦闘で人気を博した。


 見栄えするなら金もうけに使える。世界規模の競技化が決定するまで一年とかからなかった。


 強いパペット・ファイターは優秀な白儡操縦者だ。世界各国が強者を求めて、予算を湯水のごとく注ぎ込んでいる。


 日本も例外じゃない。国主導で選手台頭の土台が築かれ、何人もの日本人選手が結果を残している。 


 世界二位は文句なしの好成績。実力を買われて、操縦指導官として招かれてもおかしくない。


「そうだよね、みんな、僕のことを知っているよね。何せ僕は世界大会準優勝者。世界で二番目に強い男だからね!」


 古河が満足げにうんうんと頷く。


 思わず鼻で笑いそうになった。


 何が世界で二番目だ。大会で決まるのは、あくまで出場した選手の中での順位にすぎない。出場者は出場を見送った者より強いはずなどと、そんな主張にはエビデンスの欠片もない。


 ああ口惜しい。俺の選手登録が成っていれば、こんな遅刻魔にでかい顔などさせなかったものを。


「全員揃っているね? 早速始めよう」


 クラスメイトがぞろぞろと椅子から腰を上げる。


「うまいわねあの男」


 柚希が感心混じりにつぶやいた。

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