第11話、フェアリーフロウ。

 集落に辿り着いたのは、二日後の夕方だった。


「ようこそいらっしゃいました。ラシル様、ユグちゃん様」


 茨を這わせた高い門を潜り抜けると、初老のエルフ男性が、人好きする笑みで私達を出迎えた。


「私はフェアリーフロウの里長をさせていただいておりますグレウスと申します。この度は里の子、レーンをお救いくださり、誠にありがとうございます」

「ありがとうございます」


 里長に続き、門から縦に整列した八人の警備隊が一斉に頭を下げる。

 イベントなのだと理解しているが、こういうのはどうにも落ち着かない。


「皆様方、どうか頭をあげてください。私は当たり前の事をしただけです。それよりレーン君は無事に戻れたようで安心致しました」

「なんと慈悲深い御方じゃ。おい、誰かレーンを呼んできなさい」

「はっ!」


 隊長とおぼしき一番体格の良い男が、部下に目線をやる。すると新入りだろう若いエルフ青年が、北の方角へ飛んでいく。きっとあの先にレーンの住居があるのだろう。

 ぱっと見、集落はそれなりに広い。


「失礼ですが、ラシル様はどちらのご出身ですかな?」


 レーンを待つ間、グレウスが世間話でもするかのように話しかける。

 まさかゲームの外の日本です、などとは言えるわけもない。苦笑いを浮かべて覚えていないとだけ答えた。踏み込まれたくないと学習したのだろう。グレウスは一瞬だけ悲しそうに相好を崩し、すぐに話題を変える。


「そうじゃそうじゃ。この里には美味しい果物があるんですじゃ。是非食べていってください」

「ええ、是非。ところでグレウス様。いきなりで申し訳ないのですが、私の他に此処を訪れた旅人はいますか?」

「旅人、ですか。いいえ。貴女様以外、この地を訪れた者は誰もおりませんが」


 空振りか。

 がっくりと肩を落とし、もしプレイヤーと名乗る存在が現れたら精霊の泉近くにある水晶の広場にて待つと言伝を頼む。


「分かりました。必ず伝えてましょう」

「宜しくお願いします」

「ラシルお姉さーん」


 先程青年が飛びたった方角から、金髪の少年が近付いてくる。レーンだ。


「ラシルお姉さん。本当にラシルお姉さんだね」

「はい。無事にお母さんにお花届けられた?」

「はい。里の皆にはこっ酷く怒られちゃったけどなんとか」


 てへっと舌を出したレーンが、私の前に降り立つ。そして思い出したかのようにポケットから布で綺麗に包まれた物を取り出し、私に差し出す。


「約束の魔除けの粉です。あの時は本当にありがとうございました」

「どういたしまして。君は律儀だね」


 苦く笑みを作ると、グレウスが軽く咳払いをする。


「さて、今日はもう遅い。ラシル様、差し支えなければ、この後のご予定は」

「そうですね。出来れば一泊させていただけると有難いです。宿いえ使ってない空き地がありましたお貸しいただけますでしょうか?」

「なんと。里の子の恩人に野宿などさせられません。もし宜しければ」

「だったらボクの家」

「レーン。お前」


 警備隊の隊長がレーンを窘める。


「里長様、いいでしょ。ボクの恩人なんだから、ボクがちゃんとお礼したい」

「しかしなぁ、レーン。お前さんのところにはアリシアがおるじゃろ」

「大丈夫。いつもボクが家の事やってるから全然問題ないよ」


 二日前に会った私でさえ知っているレーン少年の頑固ぶりに、グレウスが小さく溜め息を吐く。完全に諦めた合図だ。

 そして彼は困ったような表情で私を見た。


「私は構いません。レーン君、悪いけど一晩泊めて貰えるかな?」

「勿論。案内するね」


 そう言って嬉しそうに返事をしたレーンは私の手を取り、歩き出す。

 私が飛べないのを知っていて敢えて、合わせてくれたのだろう。良い子だ。来ないと分かっているが、きっと大きくなったらこの子はイケメンになるに違いない。


「あ、ラシルお姉さん。あれ見て。あれはこの里共有の井戸だよ」


 道すがらレーンが里の構造を話してくれる。大まかにいうと里の真ん中に井戸があり、北側が居住区、西側が畑、東が商業エリアなのだという。

 居住区に入ると、中世の流れを組んでいるのだろう木造の建物がちらほらと点在する。その中の一つ、赤い屋根の家でレーンが歩みを止めた。

「ここがボクの家だよ。さっ、入って」

 促されるままに立て付けの悪い扉の先に進む。すると簡素なテーブルと椅子、あとは石を積んだだけの竈。土間のような場所が視界に広がる。

「ただいま、お母さん。ラシルお姉さん、連れて来たよ。今日、家に泊まってくれるんだって」

「あらまぁ」

 土間の奥、寝室と思われる一角から、おっとりとした声と共にレーンに良く似た女性が姿を現す。だがその顔は酷く青ざめ、頬が少しだけ痩けている。今まで臥せっていたのだろう。寝巻きのまま肩にストールを羽織り、顔には辛そうな表情が張り付いていた。それでも彼女は私を見据え、丁寧に頭を下げる。

「アリシアです。息子を助けていただいたようでありがとうございます。何もない場所ですが、どうかごゆっくりなさってください」

「ラシルです。あの、失礼ですが体の調子が」

「ええ。夏風邪を拗らせてしまったようでずっと。移すと申し訳ありませんので私は下がらせて頂きます」

「夏風邪、ですか?」


 この時、なんとなく違和感を感じた。

 ゲーム外では風邪を拗らせると中耳炎や気管支炎、肺炎といった二次被害が待っていることが多い。もしかしたらアリシアもそれに近い状態ではないのか。


「ちょっと失礼します」


 アリシアの額に触れる。熱が出ているかと思ったが、逆に体温は低い。レーンに他の症状について質問すると良く咳き込むと答えた事から気管支炎或いは肺炎か。

 一応断りを入れて、彼女のステータスを覗かせてもらう。

 するとライフの下に『状態異常:毒(継続)』と書かれていた。


「あ、これ。病気じゃねーわ」

「え? ですがお医者様は風邪だと」


 アリシアが困惑したように目を瞬かせる。

 念の為と一言おき、状態異常回復の魔法さらばバイ菌を掛けさせてもらう。

 ステータスを再度見る。

 一瞬の明滅。けれどすぐに表示は元に戻るだけ。たぶん威力が弱すぎるのだろう。魔法の指輪の方のリカバリーに切り替えてみる。

 一拍して毒(継続)から()が消えた。

 なんかちょっとイラッときた。


「す、凄いわ。今ので呼吸が凄く楽になりました。薬を飲んでも、こんなに楽になったこと無いのに」

「本当。お母さん!?」

「いえ、まだです。申し訳ありませんが、これ飲んでいただけますか?」


 アイテムボックスから、クエスト報酬のリカバリーオイル(小瓶)を取り出し、アリシアに手渡す。


「え、これを、ですか?」


 オリーブオイルのようなそれと私を見比べ、アリシアが顔を引き攣らせる。

 飲みたくない。そう顔に書いてあった。

 だがそんな母の背中を無慈悲に息子が押す。


「お母さん、飲んでみてよ。さっきすっごく楽になったんでしょ。だったらそれ飲んだら治るかもしれないよ」

「息子さんもこう言っている事ですし、少しだけでも試してみませんか?」


 そして笑顔の私。


「え、ええ。そうね」


 覚悟を決めたのだろう。

 アリシアが小瓶を持ち、一気に呷る。途端、彼女の眉がこれ以上なく顰められた。たぶん物凄く不味いに違いない。

 レーンに母親のマグカップを持ってきてもらい、水素水を入れて彼女に手渡す。


「不味い不味い不味いまずーい」


 ゴクゴクと水を呷り、アリシアが一息つく。

 ステータスチェック。よし。今度こそ毒の文字は綺麗さっぱり消えた。青白かった顔色も、今は健康的な物に変化していた。


「おめでとうございます。アリシアさんは完治しました」

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