第10話、妖精の子供。
「ふぅ。君、もう大丈夫だよ」
額の汗を拭い、樹の上の男の子に声をかける。
「ほ、ほんとう?」
しがみつき、固く目を瞑っていた少年が、ゆっくりと瞼を開く。
なるたけ怖がらせないよう柔和な笑みを贈り、少年に降りてこれそうか尋ねる。私が飛べれば問題はないのだが、こればかりは嘆いても仕方ない。
草の網と格闘する彼に急がなくていいと告げ、ちらりと容姿を見る。
遠目だが、年齢は十代。金髪碧眼の可愛らしい妖精の男の子だ。
少しして、背中の羽根を使い、少年が私の元へ降りてくる。
「あ、あの。助けてくれてありがとうございます!」
そうぎこちなく感謝した少年の右頬には、内出血の痕があった。きっとあのゴブリンから逃げ回っている最中に樹にぶつかったのだろう。他にもハーフパンツから覗く膝は、枝で切ったのか細かな裂傷が多く、服も所々裂けていた。
「ちょっと失礼」
「え、なに!?」
少年の足を、両手で順に軽く叩いていく。セクハラではなく、骨折の確認だ。
キャラメイキングの際、ニンフは筋力が弱く、耐久力が低いと記載されていた。これは筋力が弱いというのは=移動手段は専ら羽根で体を動かす必要がないからだと私は解釈している。つまり何が言いたいのかというと、彼等の足の感覚は常人のそれより鈍いのでは、ということ。
一通り触診し、断りを入れて、少年のステータスを開かせてもらう。
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Name:レーン age:13
Type:アルセイド
状態異常:流血
HP:39/50 MP:55/55
E:布の服
【称号】
●母想い
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どうやら私の心配は杞憂だったようだ。多少ライフは削れているが、毒や魔法のバッドステータスは見られない。ただ、
「貴方はプレイヤーじゃない、よね」
「プレイヤー? ボクの名まえはレーンですが」
「……そっか。ごめんね。お姉さん、勘違いしていたみたい。私の名前はラシル、この子はユグちゃん」
「きゅ!」
「二人とも旅人だよ。っと、痛いよね。いま治してあげる。絆創膏」
察した通り、彼はNPC、ノンプレイヤーキャラクターだった。おそらくGMから与えられた彼の役割は、プレイヤーを違和感なくスムーズに集落へ誘導する、だろう。
しかし、よくこのゲーム、審査を通り抜けたものだ。
レーンを回復させた後、私はイベントを進めるため、何故一人で彷徨いていたのか彼に問うた。だが、レーンは叱責されると思ったのだろう。服の裾を握って下を向き、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「病気のお母さんに、どうしても見せてあげたくて」
「お母さんに? 何を?」
「これです」
おずおずとポケットから差し出したのは、潰れた青い花だった。
「アオハルの花。お母さんが一番好きなお花です」
「――そっか。じゃあ早くお母さんに見せてあげないとね。集落まではどっちかな。私は飛べないから一緒についてあげられないけどちゃんと一人で戻れる?」
「あ、はっはい。集落はあっちです。あの、ラシルお姉さんは怒らないの?」
怒るも何も、そうするよう定められているノンプレイヤーキャラクターに苦言を呈したところで今後その行動が変更されるわけじゃない。
私は曖昧に笑い、魔除けの粉を彼に振りかけた。
「よし。これで半日どんな魔物も逃げていくと思うけど、さっきみたいな事がまたあるといけないから、もう一瓶渡しておくね。もし捕まったりしたらモンスターに投げなさい。すぐにどっか行っちゃうから」
「こ、こんな高価な物頂けません!」
手渡した瓶に、レーンが悲鳴じみた声をあげる。はて。この世界では材料費0円の魔除けの粉が高級品なのだろうか。
設定上なのか、なかなか受け取ろうとしない彼に、君に何かあったらお母さんが悲しむ。人の好意には甘えておけと無理矢理押し付けた。
「どうしても嫌で使わなかったら、私が集落に行った時に返してくれればいいから」
「……分かりました」
この場での返品は無理だと悟ったのだろう。レーンは花と瓶を大事そうに抱え、風のように、ふわりと宙に浮く。
「絶対に、絶対に集落に来てくださいね。待ってますから」
「分かった。遅くなるだろうけど必ず行くね。さぁ、もう暗くなるから行きなさい」
名残惜しそうにする彼を見送り、私も自分に魔除けの粉を巻く。沼にほったらかした鳴子縄を回収に行かなくては。すると時を同じくして、またあの電子音が鳴る。
済:モンスターを倒そう!
└モンスターを倒す。
報酬・グリン草×1
済:毒薬を作ろう。
└毒に分類される薬品をどれか一つ作る。
報酬・リカバリーオイル×1
済:村人を助けよう。
└対象は大人、子供。いずれも可。
報酬・優しき者(称号)、100ドラ
妖精の集落へ行こう。
└妖精の集落へ足を踏みいれる。
報酬・ヨルベの花×1
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