第9話、いざ、東へ。

「ピャアアアア!!」


 ゼリー状の粘体生物が、奇声を上げながら我先にと逃げだしていく。

 多くのファンタジーにひっぱりだこ。酸性の体液で武器や防具を腐食させる定番モンスター、スライムだ。

 全部でひい、ふう、みい。二十は下らないその化け物が、私を視認した途端、蜘蛛の子を散らすように走り去る。

 逃げ遅れたある者は葉陰へと身を隠し、ある者は木々の梢によじ登ったり、またある者はパニックを起こして気絶したりと、なかなかの惨状になっていた。

「うん。サンダー」

 私は顔色一つ変えず、魔法を放つ。

 東の森に入ってから全身に魔除けの粉を振りたくったが、異常なほど臭いのか、出逢う魔物のほぼほぼ回れ右でダッシュ逃亡。

 最初の頃はそれなりに楽しかったが、何度も繰り返すと妙な罪悪感が芽生えて、最終的には、逃げ遅れた諸君こんにちは死ね状態になっていた。

 戦利品のスライムの魔核をアイテムボックスに収納し、暫く歩いていくと、ようやく森を抜ける。

 その先に待っていたのは、深く濃い緑の水を貯めたM字の沼だった。水面から沸き上がった白い靄が、空気に乗って範囲を広げ、沼地一体を包み込んでいる。

 少々視界は悪いが、ここで休むとしよう。

 私は以前時代劇で見かけた鳴子のついた縄を作り、それを一つ複製する。続いてコピーした古い鳴子縄に、魔除けの粉をふんだんにまぶす。最後に私から離して立て掛けた枝に縄を括りつける。これで簡易防犯グッズの完成だ。


「ふぅ。あれ? ユグちゃん?」


 野営準備に取りかかろうとした矢先、私はユグちゃんの姿が見えないことに気付いた。慌てて彼の名を呼ぶと、靄に覆われた真下からユグちゃんがここだよと鳴いて知らせてくれる。

 手で掬うようにユグちゃんを持ち上げる。すると、露になった彼の口元には細長い緑の草が咥えられていた。恐らくバーベキューコンロに入れる薪の材料にと持ってきてくれたのだろう。

 礼を言って受け取り、燃やして大丈夫なものか一応鑑定にかける。



 ◆パラライ草

 その名の通り、痺れ草。痺れ粉の材料として知られている。食べると体が麻痺して暫くの間動けなくなってしまう。

 摂取量によっては、最悪死に至る。



 一瞬にして血の気が引いた。


「うわあぁああ!! さらばバイ菌さらばバイ菌さらばバイ菌ンンン」


 状態異常回復魔法三連掛け。

 発見が早かったのか、それとも口にしていなかったからか。その後開いたユグちゃんのステータスには何の異常も見られなかった。

 帰還へのキーパーソンが自ら死ににいくとか本当に肝が冷える。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、ユグちゃんが頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾ける。たぶん何も分かっていないのだろう。ひとまず今後は勝手に出歩かない、何かを見つけたら口に咥えない、まず私を呼べと言い含めておく。


「さて、肝心のパラライ草はっと」


 ユグちゃんを肩に乗せ、錬金釜を取り出し、痺れ粉のレシピを探す。

 材料はパラライ草、沼の水、土。

 揃わなければ保管一択と思っていたが、ちょうど良くその辺で全部採集出来る。

 これは作るしかない。

 釜に材料三つぶちこんで三分、くすんだ陶器に入った痺れ粉が完成する。あとでモンスターに投げつけて効果を試そう。

 そのとき。

 私の鼓膜が、微かな音を拾う。

 絶叫? 否。人の悲鳴だ。

 私は護身用のバットを装備し、フクロウのように辺りを見渡した。すると同じ方角からもう一度叫び声、それと何かを叩きつけるような音が聞こえた。

 間違いない。人が襲われている。

 もしかしたらプレイヤーかもしれない。


「行かなきゃ! ユグちゃん、走るよ」


 躊躇はしなかった。

 場所は沼から北西。音の響きからそう遠くはないだろう。

 痺れ粉をウエストバッグに仕舞い、全速力で駆ける。沼を大回りして再度森に入れば、いつもの薄暗さが私を出迎える。悪路に足を取られないよう留意し、ひたすら走った。

 だんだんと打撃音が、強くなる。


「あれは!」


 目線の先。少しだけ開けた箇所に、モスグリーン一色の小人の集団を発見する。私は慌てて足を止め、周囲を窺う。

 微妙に分かりづらいが、数は七。その全てが一本の樹を取り囲み、手にした石の斧で代わる代わる樹を殴りつけていた。

 私ははじめ、悲鳴は掛け声で、ただ伐採作業してるのかと思った。

 だがすぐに、自分の認識が間違っていた事に気付いた。

 樹の上。やや太めの枝に、網のような物を被った妖精の子供が必死にしがみついていた。

 再度小人に視線を戻す。殆どが顔に陰湿な笑みを宿し、楽しげに樹を揺らしている。


「胸糞悪い」


 プログラムされた行動だと頭では分かっていても、やはり不快だ。

 一刻も早く追い払おう。

 まだ魔除けの粉の効果は切れて……。

 いつの間にか半日過ぎていたようだ。ステータスから粉効果が消えていた。

 ウエストバッグからもう一本と手を伸ばし、こつんと痺れ粉の陶器に触れる。

 瞬間、私の中の悪魔が、今が効果を試す絶好の機会だと囁く。

 少年とモンスターとの距離を確認する。

 かなり高い。幸いこの辺りは無風。万が一飛散しても少年までは届かないだろう。

 念の為、モンスターのステータスを除く。


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 Type:ゴブリン 


 HP:5/5 MP:0/0


 E:石の斧


 【称号】

 ●森の小人 ●卑怯者


 ◆落とすアイテム

 小さな魔石


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 雑魚だ。

 勢い良く痺れ粉を投擲する。

 狙い通り、ゴブリン達の近くで陶器が割れる。次いで中から灰色の煙が現れ、彼等だけを包み込む。


「が、がが」


 ゴブリンどもが苦しげに呻く。

 煙が消え、彼等の麻痺が継続しているのを見届け打って出る。

 方法は簡単。

 七体全てバットでぶん殴って、サンダーでトドメを刺す。


「グギャアアア」


 耳障りな断末魔。

 直後、内部から弾けたような音とともにゴブリン達が消失し、代わりに小石ほど緑の石が大地に七個転がった。

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