第7話、謎の女性。
空が夜の顔に切り替わって少し。
森を出歩くのは危険ということで、私達は今晩だけ泊めてもらうことした。
アイテムボックスからアウトドアグッズを取り出していると、これが旅人の装備かとディーンが食い入るようにそれらを見つめる。
彼には、私はずっと遠い所から来た旅人だと話した。NPCに他プレイヤーを捜しているプレイヤーです!なんて言っても通じない可能性があったからだ。
手早くバーベキューコンロに火をつけ、作成したフライパンで手持ちの食料を焼いていく。朝と同じメニューだが、調味料を変える。
じゅうじゅうと美味しそうな匂いが辺りに流れていく。
「ラシル、その手に持った瓶。黒い粒はなんだ?」
「これですか。これはブラックペッパー、いえ黒胡椒ですね」
指の腹で潰し、ぱらぱらとまぶす。
皿に盛り付ければ、簡単お肉と茸の胡椒炒めの完成だ。
ユグちゃんが待ちきれないとばかりに、鳴きわめく。現実のフェレットには到底与えられない料理だが、ゲームの彼は腹を壊すこともなく、幸せそうに飯を食う。
複製した中古の折り畳みレジャーテーブルセットを広げ、三人で食卓を囲んでいると、不意にディーンが口を開いた。
「初めて食べたが、肉とは旨かったんだな」
思わず吹き出しそうになった。
今なんと言った。聞き返すと、彼は一応食事は出来るが必ずしも必要ではなく、今まで果実くらいしか口にしていなかったのだという。
多分そういうゲーム内設定なのだろう。
私は口元を拭い、水筒の水を飲む。
よし、落ち着いた。
「ところでディーンさん。私と初めて逢った時、妖精は珍しいようなことを仰ってましたが、この森には私以外の他種族は居ないのですか?」
グランド・ユグドラシルにて作成可能な種族は、天使、悪魔、妖精、龍人、魚人、獣人、混合種ハーフの計七つ。
もしこの森に、他種族の集落などがあった場合、プレイヤーがそこに身を寄せている可能性がある。それに仮に違ったとしても情報収集と食料品は補充しておきたい。
交易の為にと告げると、彼が急に難しい表情を浮かべる。
曰く東の方に妖精の集落が一つあるが、遠い上に魔物も多く、並の冒険者でも足を踏み入れないのだとか。
これは困った事になった。
極力足を踏み入れたくないが、無視する訳にもいかない。
「ラシル?」
「あ、すみません。少し呆けてました。そうですね。今はまだその集落には行かない事にします」
どの道、今の私の装備では心許ないのは確か。加えてワンパンで死ねるナビゲーターを連れていれば尚更だ。向かうにしても魔除けのアイテムなど万全を期してからがいい。
「ところでラシルは、どのくらいこの森に滞在する予定なんだ?」
「そうですね……具体的な日数は決めておりませんが暫くはご厄介になろうかと」
「そうか。しかし女の一人旅はなにかと大変だろう。もし良ければその間、この泉を宿代わりに使うといい」
出た。ゲーム特有の謎の親切。
私は他にキャンプ地があるからと丁寧に断った。流石に電子のキャラとはいえ、イケメンと二人きりは私の心臓に悪い。
結局その日は、森の構造を聞いてお開きとなった。
* * *
「これは、夢?」
眠りについて数時間。
誰かの声に呼ばれた気がして、目が覚めた私を一面の黒が出迎えた。
辺りは珈琲のように底の見えない暗黒が何処までも広がっており、人の気配はなく、物音一つない。
傍らで眠っていたユグちゃんの名を呼んでみるが、闇からは何の返答もない。
ゲームの世界に閉じ込められて数日経つが、初めての経験だ。ひょっとしてRPGにある夢イベントなるものだろうか。
すると、正解だとでもいわんばかりに私の正面。何もなかった空間に、朧気だが若い女性と思しきシルエットがぼんやりと浮かび上がった。
女性は私に背を向け、膝をおって泣いていた。
私の所為で、私の所為で、ごめんなさい。本当にごめんなさい。
啜り泣きながら女が言う。
あ、これ個人的に凄く面倒臭いやつ。
私の中の女の勘が、ひしひしと訴える。けれどこういうイベントは進めないとずっと終わらないのもまた事実だ。
三分の葛藤。私は、意を決して彼女に話し掛けた。
「もし、どうかなさいましたか?」
「……」
「あの。何か悲しい事でもあったのですか?」
「……」
「ねぇ、お姉さん。私の声聞こえてます?」
「……」
まさかのオールガン無視。
せめて返事しろよ、この野郎。
「はぁ。泣きたいのは、こっちの方だっての」
思わず呟いたその言葉に、女の肩が、びくりと跳ねた。
「だ、誰?」
女が、ゆっくりと振り返る。
そして次の瞬間。
「あ、貴女は!?」
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