第6話、水の大精霊アンディーン。


 アンディーンと名乗る精霊に連れられ、私達は彼の塒という泉に足を踏み入れた。


「きゅう!?」


 ユグちゃんが素っ頓狂な鳴き声を出す。

 それもそうだろう。薄暗い森から一転、青々とした一本の大樹が生えた小島を囲うように広がる大きな泉。驚くなという方がとうてい無理な話だ。


「ここが俺のねぐらだ。……ん、お前さん。ずいぶんと顔色が悪そうだが、大丈夫か?」


 先導していた彼が振り返り、私を気遣う。


「だ、大丈夫です」


 やっとのことで絞り出した声は、うわ言のように弱々しかった。全身の毛穴という毛穴が開き、ユグちゃんを抱き締める手は、恐怖故か、しっとりと濡れていた。


「本当か? あまりに辛いようなら回復魔法をかけるが」

「いえ。本当に大丈夫です。どうかお気になさらず」


 ぶんぶんと勢いよく顔を振る。

 アンディーンは不思議そうにしつつも、それ以上は続けなかった。

 内心ほっと胸を撫で下ろしつつ、私は密かに展開させていた彼のステータスを視界に入れないよう、そっと視点をずらす。


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 Name:アンディーン age:―

 Type:大精霊


 HP:9000/9000 MP:4400/4400


 E:水の衣


 【称号】

 ●水の精 ●泉の番人



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 物語序盤で魔王と邂逅した勇者の気持ちが今痛いほど分かる。勝てる気がしない。

 彼の立ち位置が分からない以上、私に出来ることは、隙をみて逃げる事だけ。


「じゃあその辺にでも座って、いや少し待ってくれ」


 アンディーンが、ぱちんと指を鳴らす。

 すると何も無かった私の横に、直径一メートルほどの水の球体が形成された。

 促されるままにそこに座れば、弾力のある水のクッションが私を迎え入れる。


「それじゃあ、改めて。水の精霊アンディーンだ。長いからディーンと呼んでくれ」


 向かい合う形で、同じように腰かけたディーンが、にこやかに笑う。


「ご、ご丁寧にどうも。私はアルセイドのラシルと申します。この子は、ナ、お友達のユグちゃんです」

「きゅ!」


 私の緊張を余所に、紹介されたユグちゃんが、元気よく返事をする。はきはきして大変宜しいが今は空気を読んで欲しかった。


「おう、宜しくな。しっかし初めてみた時も驚いたがマナラタの幼体とは珍しいな」

「ユグちゃんを知っているんですか!」

「あ、ああ」


 私の勢いに、ディーンが少したじろぐ。

 もしかして彼は運営の寄越した新たなヒントいや新たなサポートNPCだろうか。

 だとしたらユグちゃんのあの疾走は分かっていての事だったのか。いや今はどうでもいい。


「すみません。いきなりで恐縮ですが、マナラタについて教えて頂けないでしょうか? 恥ずかしながら私、この子について何も知らなくて」

「ん? 友達なんだろう?」

「いえ。古くからの友人ではなく、この子と出逢ったのは、ほんの五日前なんです」

「なるほど。つまり懐かれちまったわけか。そうだな……俺もあまり詳しくは知らないが、それでも構わないか?」

「はい。構いません」


 このチャンスは、絶対に逃してたまるものか。私は全意識を集中して、彼の話に耳を傾けた。


「あ~、ごほん。マナラタっていうのは、古くから存在する哺乳動物の一種でな、不思議な力を持つ生き物として存在している」

「不思議な力」

「ああ。なんでも選ばれた者にのみ、力と栄光を与えるという言い伝えだ」


 力と栄光。

 力の方はクエストの魔法授与で、栄光の方は恐らくプレイヤーサポートにより、そのプレイヤーがレベルやランク、地位をあげる手助けを差すのだろう。


「ま、俺も直接その力を目にしたわけじゃねえから真偽のほどは定かじゃない。だが過去にそういった噂が広まってな、力を求めた好戦的なバカどもが、こぞって手に入れようとした結果、コイツらは今じゃあ絶滅に最も近い種なんて囁かれている」


 設定が重い。


「そしてそういった事情からマナラタは、他者に対して異様に警戒心を持つ。だがお前さんへの態度をみるに、お前さんはもしかしたらマナラタに選ばれた者か、よほど心の清い者なのだろうな」

「ソ、ソウナンデスカー。ところでディーンさん。この子の事を幼体と仰いましたが、どれくらいで成体になるかとか、分かります?」

「成体に。いや、すまん。流石にそこまでは俺も知らない。……ただ」

「ただ?」

「雑食な割にグルメだと、風の噂で聞いたことがある」


 それだ。

 成長の鍵は、きっと美味しい料理。

 やはりディーンは、運営が配置してくれたお助けNPCだった。

 強張った体からみるみる力を抜けていく。


「ありがとうございます。凄く助かりました」

「そ、そうか。役に立ったのなら良かった。あと今度は俺からいいか?」

「はっ、はい」

「そう身構えんでくれ。単にお前さんの話を聞きたいだけだ」


「私、ですか?」

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