第5話、精霊と名乗った男。


「きゅきゅきゅう!」


 薄暗い森の中を、金色の獣が全速力で駆けていた。右へ左へ、縦横無尽に走るその姿は、さながら獲物を狙うピューマのよう。

 私に頼られたのが、よほど嬉しかったのだろう。金色の獣ユグちゃんは、今日も今日とて悪路をひた走る。


 そしてその後方。見失うまいと金髪のニンフ即ち私が、必死に彼を追いかけていた。


「待って待って、ユグちゃん! ああ、もう! 魔法の指輪の役立たず!!」


 半ばキレながら、吐き捨てる。

 想像顕現にて魔法の指輪を作成したはいいものの、リストに飛翔魔法はなかった。なので専ら私の移動手段は徒歩だった。

 プレイヤー捜索と周囲の探索のはずが、今やっているのは、ただの暗闇追いかけっこ。お陰様でHPは2上がったが、細かな枝により、私の体は裂傷のオンパレードだ。


 ちらりと視界左上に目線をやる。

 出発地点から北西におよそ五、六㎞。大分水晶広場から離れてしまったようだ。


 森の中では、太陽が指さず時刻変化が解りづらい。一応へっぽこ魔法電球(ライト)があるとはいえ、安心は出来ない。

 どうにかユグちゃんの足を止めようと呼び掛けた刹那、がつりと何かが足に当たる。盛り上がった木の根だ。

 走っていた事もあり、バランスを崩した私はそのまま堅い地面にダイブした。


「きゅ? きゅー!!」


 結構な物音がした所為か、ユグちゃんがようやくランニングをやめてくれた。慌てた様子で私の元へ駆け寄り、心配そうに鳴く。


 取り敢えず帰宅してくれたので結果オーライとしよう。大丈夫だと頭を撫で、立ち上がろうと足に力を入れる。


「いった!」


 右足から、ズキンと鋭い痛みが走った。

 目をやると右足首が腫れ、少し赤く染まっている。どうやら転んだ際に捻ってしまったらしい。


 念のため、自分のライブラリを開くと幾らか減ったHP下に『状態異常:捻挫』と記載されていた。

 直ぐにへっぽこ魔法さらばバイ菌(状態異常回復)と絆創膏(ヒール)を自分にかける。


 一拍後、きらきらとした光の粒が私を包み、痛みを取り払う。

 ライブラリに再び見ると、捻挫の文字が消え、減ったHPの半分と服のほつれが回復していた。


「うん、もう大丈夫かな。さてユグちゃん」


 叱られると思ったのだろう。ユグちゃんの体が、ビクゥと揺れた。瞳には水の膜を張り、力鳴く声をあげる。


「へっぽこ魔法電球、鑑定」

「きゅ!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 Name:ユグちゃん 性別:♂

 Type:マナラタ


 HP:8/10 MP:7/7


 E:なし


 【称号】

 ●ナビゲーター ●神の下僕


【固有スキル】ひっかく

【DATA】幼生体。雑食。


 * 成獣まで 残り *

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「少しHPが減ってるね。何処かぶつけたりした?」


 そっと持ち上げて、出血の有無を探る。 

 頭、胴体、足、足裏。

 少しして左の足裏に小さな傷を見つける。恐らく石か何か踏んだのだろう。私と同じように回復魔法をかけてやれば、ユグちゃんは信じられないとでも言わんばかりに目を瞬かせていた。


 まぁ確かに怒っていないと言えば嘘になるが、責める気はなかった。


 そもそもユグちゃんの行動は私を想ってのことだ。多少エキセントリックだったが、これは具体的に説明しなかった私にも非はあった。なので探索の時は一緒に歩いて捜したいと伝えれば、頭の良いユグちゃんはすぐに理解してくれた。


「うんうん。ありがとうね」

「きゅ~」


 仲直りのハグ。

 これでもう彼は、勝手に先行するような真似はしないでくれるだろう。


「じゃあ今日はこれくらいにして帰ろっか。いっぱい走ってお腹減ったでしょ?」

「きゅ~」



「驚いたな。この森に妖精が居たのか」



 さぁ帰ろうと体勢を立て直した次の瞬間、私の耳が男性の声を拾った。

 出所は、前方。

 木々の間から空色の髪をした男性が、姿を現した。


「……っ。来ないで!」


 私はユグちゃんを腕に抱き、即座に立ち上がった。はじめ、私は他のプレイヤーかと喜んだが、ある一点を見つめ、すぐにその認識が間違いだったと気付く。

 電球の光に照らされた男の顔に、影が差していなかったのだ。いや顔だけではない。足元にはそれが無かった。


「あ、おい!」

「だからこっちに来ないで!」


 明らかに人ではない。

 私は右手にナイフを持ち、男を観察する。


 見た目年齢は30代あたり。古代ローマ人を彷彿とさせる布の服を身につけた、清潔感ある青年だ。

 薄く青みがかった髪を短く刈り込み、顔は白人に近い、彫りの深さ。もはや映画俳優と言っても過言ではない造形美がそこに佇んでいた。

 こんな出会いでなければ、きっと見惚れていただろう。


 警戒する私に、男が両の手を上にあげる。降参のポーズだ。


「え?」

「此方に攻撃の意志はない。俺の名はアンディーン。森のざわめきが気になって確認しにきただけの、ただの精霊だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る