第25話
ミラーに広がるアドレス色の空
想い想いに灯し始める街に
交差点でちょっとテール滑らせて
君の静かな寝息止めたら
もうすぐサテライトシティ
サテライトシティ
真っ直ぐな道の向こう側の
君の住む街
この角曲がってメモリー気取りの雨
こんな遠くに来てしまった心は
いつもの意地悪シグナルもクリアーしたし
君の目を見つめる暇もないまま
もうすぐサテライトシティ
サテライトシティ
真っ直ぐな道の向こう側の
君の住む街
今日で最後になるかも
いつも成り行き任せ
君の家の前に滑り込み
口づけ交わすまでは
グッバイサテライトシティ
グッナイサテライトシティ
帰りの道はトワイライトゾーン
トワイライトゾーン
(サテライトシティ 未発表曲)
曲も詞もあえてダサダサの60年代歌謡曲を目指したが、見事に意図はハマって、ダサい楽曲になった。バックミラーに夕焼けを写して走る先は、名古屋東部に広がる名古屋のベッドタウン。衛星都市(サテライトシティ)で、このシチュエーションには、ある程度現実の裏付けがある。
「熊懐くん、熊懐くん!」
あれ、元カノの声がする。どうして?
彼女は佐竹と結婚したと風の噂で聞いた。
最後の電話で、
「そうか。佐竹はいい奴だ。結婚しなよ」
と言ったら、
「そんな先はわからないよ」と彼女は言ったが
本当に結婚したんだ。俺は彼女を生まれたままで
佐竹に渡せて良かったと思った。
今では何児かの母になってるはずの彼女がなぜ俺を呼ぶ?
ここは天国ですか?
「熊懐くん、熊懐くん!」
「熊懐さん、分かりますか?」
別の声。
目を開けると、知らない部屋にいた。
病院の様だった。
前から声が似てるなと思っていた。
だから、なんとなく惹かれるところがあった。
職場の先輩だった。
俺が就職した時から指導係として教えてくれた先輩。短大を出てすぐ就職したので、3年先輩だったが、歳は2つ上。3月生まれなので、4月生まれの俺とは学年は3つ違う。その事が分かってから、おもむろに指を三本立てて見せると、先輩は頬をプクッと膨らませ、
「ん」と指を二本立てて返す。
それが挨拶になった。同僚が
「お前、三万でどう?って誘ってるオヤジみたいだからやめろ」と忠告して来たが、どこの世界に逆にディスカウントする援交があるものか。
まあ殺伐とした職場の花である女性事務職員の中では、目立たない方で決して美人とは言えないかもしれないが、落ち着いた歳上の女性という感じで、好きな先輩だった。とは言っても惚れるという感じではないけど。顔の骨格と声質には関係あるのだろうか?元彼女と顔立ちも何処と無く似ていたが、背はちょっと先輩の方が高く、重力に逆らう突起事項はお持ちではなかった。
俺が無断欠勤し、電話も繋がらないので、上司が元指導係である先輩に様子を見て来て欲しいと依頼したらしい。学校休むと委員長がプリント持って来てくれるようなノリだ。
人事課に届けてある住所を頼りに、先輩が来てくれたのが昼前。チャイムを鳴らしたが出ないので、ドアノブを回したらドアが開き、玄関に俺が倒れていたそうだ。高熱がある。
先輩はすぐ俺の家の電話から救急車を呼んでくれた。肺炎になりかかっていて、あと半日遅かったら重篤な事になっていた。と医者に言われた。
1週間ほど入院している間、毎日顔を見に来てくれた。
退院して家に戻ると部屋が見たこともない程綺麗に片付いていた。
先輩は俺の着ていた背広のポケットに鍵を見つけ、入院した翌日に有休を取って俺の部屋の大掃除をしてくれた。
「お節介かと思ったけど、まあ30過ぎのオバちゃんは図々しいのよ。最初に玄関入った時、あんまり散らかってるんで、強盗に襲われて倒れてるかと思ったよ。埃も一杯で、コリャ風邪引くわと思った。勝手に入り込んで、ごめんね」
「ありがとうございます。さすが三つ年上のお姉さん」
「二つ!とにかく明らかな空き缶空き瓶食べ物の袋以外は捨ててないから。お気に入りのエッチな本もね」
うへえ。姉と話してるみたい。
「熊懐くんて巨乳好きなんだね。ご要望にお応えできず、誠に申し訳ございません」
先輩は深々と営業用お辞儀をした。
「そんな事ないっす。俺先輩が私服にショルダーバッグ斜めがけして帰る姿、大好きです」
「貧乳でも紐が食い込んでくっきりするって?熊懐くんのエッチ!」
今の時代ならセクハラだけど、当時は気の許せる間なら、これくらいの軽口は、それほど深い仲で無くてもしていた時代だった。
実際先輩はいわゆる着痩せだと思うが、自分で言う程貧乳ではない。Bくらいか?
「とりあえず、掃除して思ったけど、自炊全くしてないのね。最近痩せたと思ったけど、ちゃんと食べてる?」
風邪引くと、焼肉食べれば治ると思ってた俺。
ようやく出勤出来るようになってから、先輩は時々お弁当を作ってくれる様になった。
同僚に冷やかされたが、
「急に面倒見る相手が居なくなったんで、出来の悪い弟の面倒見ようかと」と笑っていた。
先輩は早くからお父さんを亡くし、母一人子一人で育った。お母さんは働き抜いて娘を短大まで通わせ、娘は家事全般を担当し。
ようやく就職して10年。生活も楽になり、お前もそろそろ結婚しんと行き遅れるよと話していた矢先に、お母さんがくも膜下出血で亡くなった。
だから冗談めかして、熊懐くんの倒れてる周りにチョークで白い線書いてさ。なんて笑ってたけど、本当はお母さんの時を思い出して、目の前が真っ暗になった。と後から言っていた。
俺の母は父や俺に何もさせない人だった。
服は流石に小さい時から自分で着る様にしつけられたが、今日着る服がタンスのどこにあるかも知らなかった。
食事の支度も手伝わず(姉は流石に家に居る時は手伝っていたが)、食器洗いはおろか、流しまで食べ終わった食器を持って行く事さえしなかった。
専業主婦とはそう言うものと思われていた時代で、亭主が朝ゴミ袋を出しに行くぐらいで、あそこの旦那は偉い。羨ましいと言われる時代だった。
俺も結婚とはそう言うものだと思っていたので、今回、病に倒れてみてやっぱり結婚しなくちゃと思ったのは、要は体のいい家事奴隷が欲しいな。と言ってるのと同じだと言う事を、当時はまるで判っていなかった。子供は欲しかったが、育児は母親の仕事だと思っていた。
先輩も小さい頃から家事を手伝って来て、家族のために奉仕するのは当たり前と言う思いが強かったが、正直お母さんとの暮らし。特に就職し、生活が楽になってからの10年は快適すぎて、わざわざどう言う奴かわからない男と所帯を持つ。なんて余りにも面倒くさく、上司から縁談を勧められた事もあったが、断り続けて来たらしい。学生時代も遊んでる暇もなく、合ハイ(合同ハイキング。当時は娘が酒宴に出て帰りが遅くなるなど以ての外、と言う風潮だった)にも行った事ないと言っていた。
結婚を考え始めた俺は、青春の頃から判っていた(多分イジメもそれが原因)協調性のなさ、同じ人と長く居ると相手が悪く見えてくる、全く結婚には向いていない(そうだとも!)自分の欠点を、もう克服したと思い込んでいた。
「先輩みたいな人が理想の奥さんになるんだろうなあ」
部屋が片付けられなくなっても、母に助けを求める事は絶対にしなかったが、先輩には時々SOSを出し、一人っ子だった先輩は、出来の悪い弟の頼みに
「しょうがないなあ」と仕事帰りに家に寄ってくれた。片付けをしてくれたあと俺がCRXで、名古屋の西に住んでいる彼女のアパートに送って行く。
口づけを交わしたら確定してしまうので抑えていた。
「面倒だから、俺んち住んじゃえば?」
と言ったら試合終了。
それでもいいかな?と思い始めた頃。
オコから電話がかかって来た。
「〇〇町のデニーズに一緒にいた女、誰?」
シュラシュラ修羅場〜🎵
ピーター、ポール&マリーの名曲が頭の中で流れた。
「え?人違いじゃ?」
「おにいちゃんみたいな特異種、見間違えるはずないじゃん」
「えっと多分職場の先輩で…。仕事の相談を」
「ずいぶん楽しそうに笑ってたねえ」
ようやく個人で携帯を持てる時代になったので、俺たちはメールでアポを取り、俺の家に行く前に夕食を食べたりしていた。
「まあさ、おにいちゃんがどんな女と付き合おうが、義妹のアタシがなんか言う筋合いじゃないけどさ、悔しいの、なんか悔しいの。プチプチ50km分くらい潰さなきゃなくらい、悔しいの」
「最近遊んでやれなくてごめんな」
オコはバスケを3年秋に引退した後、暇だから遊んでくれと、何度もメールして来た。彼女もJphoneのティッシュ配りのバイトをして(レースクイーンの衣装だったとか)格安で携帯をゲットしていたが、電話代が高いので、メールしか使ってなかった。
オコには言ってなかったが、その頃俺は肺炎で入院して、それから先輩と。
俺のはツーカーだったので、違う業者間のメールには確か当時は料金がかかっていたはずなのに、
しょっちゅうメールは来た。
「オコだって、彼氏出来たとか言ってたじゃんか」
「1週間で破局しましたわ。あいつ、隙さえあれば、胸に触ろうとするんだもの」
一度そいつとは、自販機の前でチェリオを酌み交わしたい。
「とにかくこの悔しさをなんとかしてほしいの。ドライブ連れてって。たまには四輪乗りたい」
俺は暇さえあればCRXで走り回っていた。このライトウェイトスポーツを130万ほどで販売したホンダは本当に凄い会社だ。
DT125は整備と言う名目で健次さんの店に置いて置く事が多くなった(キャラバン売ってからシートカバーだけの雨晒しだったし)。大きな思い出としては、稲武(名古屋の小学生が林間学校に行くところ)まで走りに行って、免停スレスレの20km/hオーバーで捕まったくらいかな?
そう言う訳でDTは16ですぐ中型免許を取ったオコの足になっていた。
「で、どこ行く?」
ある休日にオコを助手席に乗せて聞いた。
「それより、言うことあるでしょ?」
「えーと、その服似合ってるよ。オコのミニ丈って初めて見たかも」
「40点。もっと良く見て!」
「えーと、もしかして?その柄は?」
ミニになるわけだ。あの時のサマードレスか。
「寒いからジージャン羽織ってるけどね。首の後ろは布を継いでるの」
あの頃はぺったんこだった胸も、麗子さんを凌ぐロケットとなり、布も随分継ぎ足しが必要だったろう。
「お前ドレスの下は?」
「お生憎様、黒いチューブトップで装甲しております。すぐ素肌なんて、あの頃は良くこんな格好出来たなあ」
なるほどである、ライバル出現にオコは歴史に訴えて来た。ともあれ大きなリボンでポニーテールに縛り、ミニ丈のチューリップスカートに短いジージャンを羽織る。完全なルイジアナ・ママだ。
「でどこ行く?」
「海が見たいの」
「じゃ知多…」
「は行ったから、渥美に行きましょ?」
やれやれ、帰りは夜だな。
名神高速で豊川へ。そこから伊良子岬までが遠い。
途中のドライブインで、渥美半島の農産物を売っていた。俺は室井夫婦へのお土産に温室メロンを買う。きっと名古屋で買うより安いのだろうが、結構した。
渥美半島は温暖な気候を利用した温室栽培が盛んで、当時日本一の金持ち農家と言われ、高校を出た息子に農家を継いで貰うために、親は高級外車を買い与え、彼らは高速道路でなく東京に遊びに行ったと言う。
「へえもう温室トマトか…おお!ファーストじゃないか!」
前年の夏、新品種のこのトマトを偶然実家で食べ、余り好きでなかったトマトが大好きになった。
今までのトマトの概念を覆す甘さだったのだ。
「随分赤いなあ。これはギリギリまで完熟させる高級品だ」
これは自分用に買った。
その後はお決まりの伊良子灯台。島崎藤村の椰子の実の歌碑。サーファーの技を見学して、なんか焼き物の絵付けして(後で送ってくれる)帰路についた。
帰りの車の中でオコは黙ってしまったので、寝たかな?と思ったら突然、車を止めろと言う。
「熊懐勤太郎さん」
「はい」
「室井陽子は、女としてどうかな?」
「大事な義妹」
「それはオコでしょ?室井陽子はどう?」
「うーん、物凄く可愛い顔」
「ふんふん」
「最高のボディ」
「エッチなが抜けてる」
「最高にエッチなボディ」
「そうそう」
「を被った、メスライオン」
「ライオンかー、熊を食おうかな」
「おやめになって」
「がおー」
いい加減我儘で自分勝手な俺だが、オコは俺に輪を掛けて自由人だ。本当に野生の獣。肉食獣。
彼女は小さい時から俺が大好きで、成長した今は俺が獲物だ。安全だと思っていた獲物をライバルが狙っていると知った途端、彼女は動いた。
しかしこの獣はゴリラじゃない。ジャングル大帝の奥さんのライアのような、気高く美しく優雅なライオン。
「あのさ、オコはさ」
オコに戻った。
昔みたいにキュッと抱きついて来て、耳元で
「オコはもう、完熟だよ」
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