第24話

今日で最後になるかも

いつも成り行き任せ

君の家の前に滑り込み

口づけ交わすまでは


熊懐勤太郎(29)

俺は相変わらずの暮らしだったが、交差点レースで無敵を誇るDT125で走るのが楽しくて、休みごとに走り回っていた俺は、今までよりは健次さんの店に行った。元中古自動車屋のあったところ(チェリー買ったところ)で、麗子さんがコーヒーショップを開店し、結構繁盛していた。室井家は地主で他にも土地を貸していたので一定の収入はあったが、バイク屋の収入はモトクロスチームの運営で足りなくなるので、少しでも家計の足しになれば。と始めたらしい。

麗子さんが沖縄から出てきたのは小学生の頃だけど、お母さんや沖縄の親戚から、米軍の影響を受けた沖縄風のハンバーガーとか軽食を教えて貰って供していた。

「うめえ!なんだよこのスパムおにぎりって!」

俺はすっかりOKINAWAファーストフードにはまってしまい、結構夕食をここで済ませていた。


俺は通勤もDTでする様になったが、雨が降ると、帰りは電車で帰らなければいけないのが嫌だった。たまたま中古の日産キャラバンを紹介されて、格安だったので、ターセルを売り飛ばして、これを買った。これで雨の翌日はDTを積んで帰る事が出来る。しかしこの様なワンボックスにバイクを入れるのは結構大変で、長い板を渡してバイクを持ち上げるのだが、乗ったまま無理矢理登ると首チョンパになる。サイドスタンドを下ろしたままで車体をちょっと右に傾け、手で押してエイっと押し上げて、姿勢を戻してサイドスタンドでコケないように止めなければならない。そのあとロープで固定する。何度も失敗し、やがて楽に詰む事が出来るようになったが、結局台風等の大雨の日のガレージに使う事が多かった。


オコはこの車を結構(少なくともターセルよりは)気に入って、自分の愛車“かなりカワサキ号”を乗せて鈴鹿のコースへ練習に連れて行けと良く言われた。結局健次さんからのお許しは出なかったので、この計画は実現しなかった。一度愛娘の事故を経験した健次さんは、自分のいる時でなければ、絶対にオコを走らせなかった。もちろんどんどん背も高く、大人びて来たオコに言いよる男が居ないよう見張る役目もあったろう(俺はいいのか?)。


このキャラバンは15万だった。仕事で使ってる方は分かると思うが、キャラバンとかハイエースといった商用ワンボックスバンは結構高いのだ。と言う事は、このキャラバンはかなりやばいものだったのだ。

壊れても俺には車に関する知識がないので、修理しようがない。結局一晩にJAFを三回呼ぶと言う記録を樹立し、一年程で新車に乗り換えた。

オコは俺がキャラバンを手放したのを残念がっていた(寝袋を持ってオートキャンプしよう!と言っていたが、本人がいよいよ高校受験なので、その夏休みはそれどころじゃないはずだった)が、俺が乗って来た車を見て

「ふうむ、熊懐くん。君も大分判って来たようだね」と言ってニヤリと笑った。


人生一度は機能性とかユーティリティとかを、全く無視した車に乗るべきだと思う。それは独身の時か?或いは定年を迎え、時間が出来てからか?

スポーツカーと呼ばれる車種は、本当に乗り手に負担を強いる。乗り心地固い。室内狭い。燃費悪い。

しかしスポーツカーのオーナーである喜びはそんなものどうでも良くなるほど大きい。スポーツカーには基本2座席。又は緊急時には法律的に許される、小さな後部座席があるだけ。

男はハンドルを握り、女は自分にだけ用意された助手席に座る(その逆も良し)。これが正しいドライブだ。子供が出来たら絶対出来ないデートだ。


シビック、アコードでFFでのスポーティな走りを追求して来たホンダが、満を持して新しい“FFライトウェイトスポーツ”として発表したバラードスポーツCRXは、リトラクタブルヘッドライト、限りなく2シーターに近い座席レイアウト(子供しか後部座席には座れなさそうだった)。全長を限りなく短く、全幅は5ナンバーギリギリにとって、まるでミッドシップカーの様な運転フィーリングを実現していた。軽量860kgの車体に1600ccDOHCエンジンを搭載し、DT125のゼロ100番長ぶり(ゼロヨンだとナナハンとかに抜かれる)に慣れた俺でも最初試乗車に乗った時

「お?いいのか?四輪でこれは!」と思うほどの加速だった。しかもチェリーX1と違い、ハンドルを切った方に綺麗に曲がる。セリカより素直なハンドリングだった。


最初に職場に乗って行った時、先輩が

「お!いいね。ちょっと運転させて!と乗って行き、ものの15分で反則切符切られたのは語り草になった。要するに男が少年になってしまう車だった。オコは一回乗ってすぐ気に入り、俺が店に来ると今度ドライブに連れてってとせがむ様になったが、受験生なので合格してからね。と言う話になっていた。


オコは勉強が俺より出来たので、公立のかなりいい高校に合格した。そこは俺が高校時代、ちょっと憧れた学校で、と言っても入りたかったのではなく、セーラー服。伝統ある旧制女学校から続く白襟にスカートに縦の白線。当時はようやくスケバン調の長いスカートから、短いスカートが流行していたが、オコはそれ程極端には短くしていなかった。驚いたのは、生徒が化粧をしても特に注意は受けないそうで、偏差値が高い学校程校則が緩いと言うのは本当だなと思った。オコは何もしなくても美人だが、ちょっと目元は描いていた様だ。


初めて制服姿を見せてくれた時、なんか眩しくて見るのが怖かった。これは吊り合わん。と愚かな義兄はため息をついた。

「なによ!中学だってセーラー服だったじゃない。なに固まってるの?」

オコはくるっと回ってみせる。

いやいや、冬場は下にトックリのセーター着る様な中坊のセーラーも別な風情がありますが、

これは王道。何という眼福!


オコが高校に入ってから変わった事。

その1。モトクロスを辞めた。お父さんはガッカリしていたが、辞めた理由は単純明快。

「16になれば二輪免許が取れるから」

自分はどうも格闘技が好きじゃないみたい。

とも言っていた。

その2。部活はなんとバスケ部に入った。弱い所がいい。との事。最初は帰宅部で行こうと思っていたが、体育の授業で指導教師が血相を変えバスケ部顧問を呼びに行った。オコは中学の時を思い出し嫌な気持ちになったが、体験入部して見ると、インターハイなんか夢の夢。部員の目標は名古屋大学合格。あわよくば名古屋市立高校総合体育祭で優勝出来たらいいな?と言う和気藹々の部活だったので、居心地が良かった。


1年の時はオコの活躍で総合体育祭は優勝したが、インターハイは一回戦敗退。2年の時、ステルちゃんと言うケニア人の父を持つ180cmの一年生が入って、170cmを超えていたオコとの

「陽星ペア(ステルはケニア語で星)」はインターハイ一回戦を初突破。二回戦でシード校相手にリードする大健闘を見せたが、部員の層の薄さで力尽きた。シード校をチェックに来た大学、実業団チームのスカウトは色めきたったが、ステルちゃんは東京大学志望、オコはバスケ自体余り続ける気がない様だ。


初めて学校生活をエンジョイしているオコ。同じ学校の男子生徒は、守る会を作るフィーバーぶり(死語)、他校生徒に至っては“東山線のジャンヌ・ダルク”扱いらしい。沿線の某野球名門校(M電、A知、T邦)の野球部員らは、電車でジャンヌ・ダルクに会えると、

「よっしゃ!これで試合勝てる!」と言うジンクスまであったらしい。

小さい時から、オコが俺に好意を持っている事は判っているが、どんどん吊り合わなくなって行く。

いっそ甲子園の大エースと付き合えば諦めもつくが、フェラーリに乗った青年実業家は許さん!

とか、複雑な心境の熊懐くんだった。


ある日俺は仕事の帰り、麗子さんの店に寄ってみた。もう閉店間際で、誰も客がいなかったが、昼から何も食べていなかったので、せめてサーターアンダギーなと、と思って店に入った。

麗子さんはテーブルに突っ伏して寝ていた。アメリカンダイナース調のウエイトレス装束に身を包み、エプロンの中には客の目を釘付けにする、Just Taking Off!な二機のボンバーが待機している。しかしその下には、見事な6パックの腹筋がある事を客は知らない。まあ愚かものが手を出したりすれば、健次さんのコーケンのスパナが飛んでくるか、麗子さん自身のヘンケルプティナイフが壁に突き刺さるだろうが。


起こしては悪いと思い、立ち去ろうとしたら、麗子さんが体を起こした。

「ママ買い物終わったの?」

オコだった。

驚いた。そこには身長も同じくらいに。そしてB1爆撃機まで装備したオコがいたといいます。

「オコ、麗子さんのことママって呼んでたっけ?」

「お客さんがママって呼ぶから、子供の頃に戻っちゃった」

オコが小学校に行く時に、自分で決めて一人称のオコをやめたことは前に述べたが、同じ時パパ、ママをお父さん、お母さんに改めたらしい。ちなみにまだ、健次さんはお父さんだそうで、

「結婚式の感謝の言葉でパパって呼んで、盛大に泣かせたる」計画だとか。


「しかしオコ大きくなったなあ」

「171で止まってるよ。あ!また胸見てる。おにいちゃんは本当に分かりやすいすけべだなあ」

「すまん。しかしなんだ、急に」

「背が止まったと思ったら急に生えてきてさあ(筍じゃないんだから)。恥ずかしいし、バスケの時邪魔だから、ガチガチのスポーツブラ着けてる」

私立女子高が名古屋襟で立体裁断なのに対し、公立のセーラー服は平板なので、巨乳の子は隠しやすい。かくして誰それ着痩せ伝説が男子に流布するのである。オコが“東山線のマリリン”ではないのは、日頃の努力の賜物だった。

最近オコは店でウエイトレスのバイトをしているとか。二輪免許は健次さんが喜んでお金を出してくれたが、買いたいバイクがあるらしい。なんだろう?

「内緒」


この完全無欠の神の被造物と、単に熊な俺。

吊り合う訳がない。

ある日地下鉄に外の真冬用のランチコートを着たまま乗った俺は、車内の暖房が暑すぎてふーふーいっていた。

周りで、女子高生のクスクス笑う声。

「熊が茹だってる」とはっきり聞こえ、かなり凹んだ。駅についてドアが開くとまた一団の女子高生。

痴漢扱いされちゃかなわんと、両手でつり革を持っていたら、

「おにいちゃん!」と腕を掴まれた。オコだった。

オコは俺の手にぶら下がり(と言っても昔の様にちっちゃくないが)、親しげに話しはじめた。


バスケ部の仲間と一緒だったのだが、彼女達からは

「兄妹?うそ!」と言う声。まあ友達から“美味しいよ”と勧められたお菓子がイマイチだった時の表情。

さっきまで笑ってた他校生は目も口もポカンとして、

「あり得ない」と呟く。

後でステルちゃんだけは、

「先輩の彼氏、カッコイイです!」と言ってくれたそう。体型がお父さんに似ているとか。


俺の自慢の彼女をみてください。

と誇らしげに言う前に、吊り合わない。恥ずかしい。と思う心の方が強い。

とりあえずダイエットして高校時代の体重に戻したり、腹筋したりしてみたが、どうにも納得がいかない。無理だ。

熊な俺にはせいぜい狸の彼女くらいがいいのではないか?

でもオコ可愛い。

分相応の相手がいいのではないか?

でもオコ愛しい。

千々に乱れる心の中、俺は酷い風邪を引いた。

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