第23話

この角曲がってメモリー気取りの雨

こんな遠くに来てしまった心は

いつもの意地悪シグナルもクリアーしたし

君の目を見つめる暇もないまま


もうすぐサテライトシティ

サテライトシティ

真っ直ぐな道の向こう側の

君の住む街


熊懐勤太郎(28)

後日談になるが、オコの骨折の完治は2ヶ月かかった。

入院を担任に報告に行った室井夫婦は、バスケ部の顧問に捕まった。

「治るのにどれくらいかかりますか?治ったらすぐ部に復帰させて下さい。上手に育てれば全日本で活躍できる逸材ですから」

てめえが上手に育てないから、学校行けなくなったんだろ!と言う言葉を飲み込んでいると、

「全くモトクロス?かなんか知りませんが、そんな遊びで大事な選手生命が駄目になったらどうするですか!保護者の監督責任ですよ!」

と一方的に捲し立てて職員室を出て行った。担任は肩をすくめて、

「あの先生はバスケの事になると、他が見えなくなってしまって。失礼な事言って申し訳ありません」室井家の稼業を知っているだけに低姿勢だった。


その足で病院に戻った2人はオコと相談して連名で退部届を郵送した。怒り狂った顧問は電話をかけて来たが、健次さんの

「私ら夫婦はバスケ経験者ですので、陽子の素質は判っています。上手く育てればインターハイ出場くらい出来るかもしれない。しかしあなたはそれに失敗した」と言い切った。

諦めきれない顧問は校長に直訴したが、

「あなたは学校に部活をやりに来ているのですか?」と言われ、退散した。


残っていたオコのミニバス仲間も辞めてしまい(毎日室井を連れ戻せと言われ嫌気がさしたとのこと)、中学時代はクラブチームでバスケを続け、

「愛知三強」と言われる、愛知予選が事実上の全国決勝戦とまで言われた強豪高校にそれぞれ入って全国まで行っている。

この顧問は、そう言った行状が父兄の間でも問題になり、翌春の異動で他の学校に代わって行ったが、新任地ではバスケ部は任されていないらしい。


学校に戻ったオコは、仲間からクラブチームに誘われたが、当分バスケはいいと、相変わらずモトクロスに熱中していた。

エルシノアは修理出来ない、フレームの深刻なダメージで廃車となったが、ジュニアライセンスを得たオコは、父曰く“愛の結晶(オコ曰く、気持ち悪い)”、予備パーツを寄せ集めた一応カワサキ(エンジンがカワサキ2ストローク85cc)号でレディース上位に食い込む健闘を見せた。

初めて見に行った時、俺は目の奥が熱くなり、健次さんに心配されたが、土埃が目に入ったと誤魔化した。

反則だろ!オコが豪快にかっ飛ばす“一応カワサキ号”、ガソリンタンクはエルシノアのものだった。


小さな大会で優勝したオコが興奮して電話をかけてきた事がある。

「そうかそうか、良かったなあ。おめでとう!」

「なんか感情がこもってないなあ…」

「そんな事ないよ。どう言やいいの?きゃーオコちゃん、カッコイイ!」

「ふざけんな。誠意を見せろと言っているんだよ!」

「ヤクザかよ。わかった何が欲しい?」

「ものは要らん。付き合え!」

「流石に中学生とは」

「そうじゃなくて!そっちはもう少し後で」

「(後って…)じゃあ今は何を付き合えば?」

「あのね、大須行きたいの」


戦前の大繁華街だった大須は、戦後は名古屋駅前や栄の地下街、デパートに客を取られ、一時は大須観音お参り客のお年寄りの街になっていた。事態を憂慮した若い商店主を中心に東京秋葉原の電気街“ラジオセンター”の各店舗の誘致に成功し、

「ラジオセンター大須アメ横ビル」が建設され、名古屋のアマチュア無線、オーディオ、そしてようやく芽生え始めたパソコンマニアを引きつけた。

(ちなみにラジオセンターより近くの上野アメ横の方が地名度が高いと思った建設主達がこう名付けたせいで、東京から大須に来ると食料品店のないアメ横に混乱するが、すぐ撤退したとはいえ、最初はその類いの店もあった)このビルを中心に、家電を扱う店も増え、安いテレビや冷蔵庫を探しに大須に来る客が多くなり、名古屋の電気街の様相を見せて来た。


従来の商店街は、主にお年寄り相手の古物商(コメ兵が有名)や用品店、古着屋が多かったが、電気街にやって来た若者達が、時代を50年程一回りして新しく感じられる古着や用品店の不良在庫に目をつけ、ジーンズの上に羽織ったりして、独特の大須ファッションが流行していた(オタクの街になるのはもう少し後)。

オコも中学生。流行には敏感になったらしく、友達が面白かったと言っている大須にいっぺん行きたかったらしい。


オコは入院中にソニーのウォークマンを買って貰っており、今では日課になった早朝ジョギングや筋トレの時、好きな音楽を聴いていた。YMOのライディーンとか聴いてると練習が捗るらしい。

新しいウォークマンはさらに小さいと聞いて見に行きたいとの事(結局この時は買わなかった。翌年衝撃の登場!松下幸之助が“なぜうちではこれが出来んのや!”と激怒したと言うカセットケースサイズのウォークマンを行きつけのオーディオ屋に頼み込んで俺は手に入れたが、オコに取られた。いやプレゼントさせていただいた)。


オコはヨットパーカーにスパッツと言う格好で現れ、伸ばし始めたポニーテールが良く似合った。

「また背伸びたな」

「言わんといてよ。気にしてるんだから」

「なんで?スタイルいいじゃん」

「はぁ、これでもう少し胸があればね」

ぺったんこと言う訳では無かったが、まだ発展途上であった。

「さてどこから回る?」

「アメ横ビルかな?あとコメ兵と、質屋会館とまからんや」

ガイドブックで調べ尽くしたらしいオコは、久しぶりに小学生の時みたいに張り切っていた。


「さてそろそろ昼飯行くか?どこ行きたい?」

「ここ!ここがいい!」

オコが示した地図には、

うわぁここかよ。ここ美味しいらしいけど、高いので有名な店じゃん。お好み焼き一人前1000円て、あり得んだろ。と思ったが、お祝いなのでツベコベ言わず、その店に向かった。まあ高いのでお昼時でも空いてて良かったが(のち結局行列店になった)。

入り口の看板に、

「おこの味焼き」と書いてあり、

「おいオコ、焼かれるぞ」と冗談を言いながら入った。


カウンター形式で、駄菓子屋と違い店員さんが大きな鉄板で焼いてくれる大阪風のお好み焼きで、見事なコテ捌きで、10cm近い分厚いお好み焼きが焼き上がって行く。

普通の豚玉だから良かったが、オコが

「全部入り」と言わないかハラハラした。

「生地の良さを味わうには多すぎる具は邪魔」と言うオコに、店主は満面の笑みでエビ鉄板焼をサービスしてくれた。

ほんとに美人ってずるい(小学生視点)。


店を出る時、オコが腕にまとわりついて、

「おにいちゃん、オコの味、どうだった?」

「いやー、お・こ・の・みが美味であった」

「今度オコの味、試してみる?」

「ごめん、お腹いっぱい」


これからの進路の話もした。

「高校でバスケやるの?」

「いやあ、いいかな?バスケはもう」

「そうか、まあ部活辞めたら推薦もないしね」

「愛知の高校女子バスケ、レベル高すぎなんで多分ついてけないよ。楽しんでやれば充分」

春の球技大会で、オコは二人の友達と別のクラスだったが、バスケで凄い決勝戦を演じて楽しかったと言っていた。健次さんに言われなくても続けている筋トレやジョギングを見ても、オコは好きだととことんやるが、強制されるのは大嫌いらしい。彼女としては手強いタイプだ。義妹で良かった(と思うようにしていた)。


隣の豊田市にはトヨタで働く日系ブラジル人も増えて来たので、大須にもブラジル物産店があった。コーヒーなんかもあったが、サッカーチームのTシャツも置いてあり、その他小物もあった。

「へー、ミサンガ?手や足に結んで切れたら願いが叶う?面白いね初めて見た(Jリーグとミサンガブームは大分あと)」

買ってやろうか?と聞いたら、いやこう言うのは自分で買わなきゃダメでしょ。と言って500円のを買ってその場で足に結んだ。

「手だと学校で怒られるから」

体育教師にプール授業で見られた時は、ちょっと虚ろな目で変な指九字を切って、

「うちの宗教なんです。これ外すとハルマゲドンが!」と言うつもりらしい。

カメラ小僧に狙われそうになったり、オコが駄菓子屋から動かなくなったりしたが、なんとか立駐に戻って来た。


「さあ帰ろうか」

「オコ、今夜は帰りたくない」

「どこのテレビドラマのセリフだよ。俺は明日は仕事なの!お嬢様、お屋敷にお送りします」

鼻を豚鼻にしてぶうぶう言うオコをなだめようと、

「しかしやっぱりバイクはいいなあ。オコのかっ飛ばす姿を見てたら、俺もまた乗りたくなった」

「ほんと?モトクロスやる?」

機嫌が良くなった模様。

「いや、あれはいいよ。俺運転下手だし、体重オーバーだし。でも次乗るならやっぱりオフ車かな?」

「うんうん良い子だ。、じゃあすぐ帰りましょう」


帰った途端オコは店に飛び込んで、

「お父さん、お客さん連れて来たよ!これで今夜はすき焼きだね!(どうやらバイク一台売れると夜お祝いにすき焼きが出るらしい)」

「おお熊懐くん、今日は陽子と遊んでくれてありがとな。熊懐くんなら悪い事し・な・い・か・ら、安心だ(強い圧)。なに?バイク欲しい?125のオフ車?なんて間がいいんだ。昨日入って来たこいつを、まあ見てくれよ!」


健次さんがガレージから一台のバイクを引き出して来た。秋の日差し浴びて輝く光の妖精の様な姿、

では全然なく、赤と白のカラーリングと直線的なデザインはガンダムの様。

「げっ!ラジエター?」

「おうよ水冷2サイクル単気筒16馬力だ。長いレースでもダレないので水冷はモトクロッサーにも登場してるけど、まさか公道モデルでなあ…。やっぱりヤマハはちょっと変だぜ」

これが俺とDT125の出会いだった。


寮の先輩で、ヤマハDT-1に乗っている先輩がいて、何度もエルシノアが軽くあしらわれたので、ヤマハのトレイルが軽量ボディに強力なエンジンと言うパンチの効いた仕様であることは知っていた。

その後もDTの名は受け継がれ、排気量別のナンバーが付けられていた。小型二輪(原付二種)カテゴリーのDT125の最新モデルはさらに化け物だった。


「広いとこに出して。メット貸すからさ。頭でかいな。ほれXL。でさ、キックかけて」

パランパランと甲高い2サイクルの音。エルシノアよりシート高いな。

「じゃあニュートラルにしてな。そおっとアクセル回して。そうそう、

そこでクラッチ切ってローへ!」

うわっ!何だこれは!

前輪が俺の頭くらい持ち上がる。人生初ウイリーだ!アクセル全開だったら?と思うとおそがい(恐ろしいの名古屋弁)。貧弱な腕力と有り余る体重で何とか抑え込んで着地。

「ちっ!倒して壊したら買い取らせようと思ったのに」


その手に乗るか!

でも気がついたら俺はこのバイクを6か月ローンで買っていた。
















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