第21話

まだまだ子供と 思っていても

下手すりゃおいらは TKOさ

その気になって 迫ってみても

泣き出されるのが おちだけど


(Ref

追っかけりゃ 逃げてく

さわれば 騒ぐ

そのくせ なんとなく

そばに 居る


すぐに膨れて そっぽを向いて

ゴメンと言うのを 待っている

他の男の 話をしても

おいらの反応 見てるんだ


(Ref)


見れば見る程 ファニーな子

流石のおいらも 負けてるよ

はっきりしないで 男はみんな

おもちゃにするんだ いつだって


(Ref)

(マリールー ブルース)


熊懐勤太郎(24)

一年乗って、俺はチェリーを手放した。仕事も順調で、昇給もしたので、新車が欲しくなったのだ。

チェリーは、プロのベーシストの道を歩き始めた森田君が引き取ってくれた。ドラマーに次いで、ベーシストは荷物が多い。楽器そのものはギターより一回り大きいだけだが、アンプが大きいのだ。

ただ森田君は、ウッドベースの練習を始めていた。ジャズのビッグバンドでは、すでにエレキベースが主流になって来たが、ジャズコンボと言われる少人数のバンドでは、ウッドベース特有の音が好まれる場面も多い。ウッドベースとエレキベースは、音域と調弦、運指が同じなだけで、奏法は異なるので、クラシックや吹奏楽からジャズに入った人以外は、練習が必要なのだ。

ウッドベースをモノにすると、流石にチェリーには乗らないので、その時は買い換える事になるが、それまでは重宝すると言っていた。彼は数年チェリーに乗って、小型車用の汎用クーラーも取り付けていたようだ。


俺には前から乗りたい車があった。

トヨタセリカ。

スペシャリティカーと銘打って、スポーツカー程走りには徹していないが、セダンよりは若者向け。トヨタはどの車種にも2ドアハードトップと言う、ちょっとオシャレなスタイルの車があったが、セリカは最初から2ドアクーペ、後からリフトバックと呼ぶ3ドア車が追加された。


セリカ発売において、トヨタはそれまで量産メーカー(高級車種を除く)が誰も出来なかった、そしてセリカ以降トヨタ含め世界中のメーカーがやろうとしない、ある意味狂気のシステムを採用した。

「フルチョイスシステム」

セリカを買いたい人は、まず3種類のエンジン(2000、1800、1600cc)を選ぶ。ここまでは普通。次にボディをクーペかリフトバックで選ぶ。これもあるだろう。ボディの色を選ぶ。ここからが違ってくるが、選べる色がかなり多かった。そして内装の色と素材を選ぶ。普通はボディの色やグレードによって内装は決められてしまう。さらにシートの形状、素材色も選べる。


つまり、世界に一台とはいかないにせよ、確率的に他のオーナーと被る可能性が少ないセリカが届けられるのだ。フェラーリの様な少量生産スポーツカーメーカーや、ロールスロイスの様な超高級車メーカー、量産車を元にカスタムする小規模の会社以外の日本の量産メーカーが、こんな事をするのは初めてだった。結局コストがかかりすぎ、セリカユーザーが何百万円も出してくれる訳もないので、フルチョイスシステムは、初代セリカだけで終わった。

しかし、伝説のトヨタ2000GT以来、スポーツ車といえばスカイラインやフェアレディの日産というイメージから、トヨタもなかなかやる、と言うイメージを与える事に成功した意義は大きい。


大学時代週刊誌でセリカの特集を見て

「いつかはこう言う車にハクイ(死語)女を乗せてドライブ」と夢見たものだ。

この夏二代目のセリカが登場した。

フルチョイスで無くなった分、価格もリーズナブルになった。そして俺が気に入ったのは、とにかく通勤が楽そうと言う事だった。

低くワイドな車体。体を包みこむシート。良質なサスペンション。快適で静かな車内。

「友よ、答えは風の中にあった」と言うコピーと言い、CMにチャイコフスキーの交響曲を使うセンスといい、グワーッ!ガギューン!グギギギ、と威勢良いGを感じながらチェリーを転がしていた(これはこれでバイクに通じるものがあり楽しかったが)俺の心を鷲掴みにした。

走り屋ではないので、10モードの燃費も参考にしつつ、1800ccのOHCエンジンのリフトバックにした。色は悩んだ末、当時自家用車の色としては珍しかったメタリックシャンパンゴールドにした。


納車の日、助手席に乗ってくれる彼女もいない俺は、結局室井さんの店に行った。

健次さんは中古車屋もやっているが、基本的にはモトクロスにしか興味ない人で、愛車は古いダットサンサニートラック。今もアメリカにもファンの多いタフな名車だが、モトクロッサーをコースに持って行く以外には使わず、ちょっとした移動はダックスを使っていた。麗子さんは下取りで入って来たトヨタS800を気に入って拝借していた。夏は暑くて冬は寒いとぶつぶつ言いながら、オープンカーの良さには変えられないとか。


「おお!新車じゃねえか!いいねえ金持ってるねえ」

「ローンですよ24ヶ月の」

「もう彼女乗せたの?」と麗子さん。

「そんなの居ませんって」

「ははん、だからうち来て義理の妹を横に乗せようと」

「なんだと!お前なんかに娘はやらん!」

「なんの話ですか。オコちゃん小学生ですよ」


「うるさいなあ…。勉強してたのに」

裏からオコがやってきた。

「あ、お兄ちゃん、久しぶり」

義兄妹の約束をした俺だが仕事も忙しく、室井さんの店に来る事自体、月に一回あるかないかになっていた。オコはオコで、5年から全員参加の部活が忙しくて、遊びに行く約束も出来なかった。

多分入るだろうなと思っていたら、やっぱりミニバスケ部に入ったようだ。小学生女子で160cmあればかなり有利だし、何より両親とも経験者である。オコはすぐ注目される選手になったようだ。

そしてオコからは、俺と連絡を取る手段がないのだった。俺は実家住みだから、小学生から電話掛かってくるのも無理な話だった。


「へー、これお兄ちゃんの車?どうしたんだよ、こんなの買っちゃって、彼女でも出来た?」

「いんや、寂しくやってるよ」

「仕方ないなあ…。今度の日曜は部活ないんで、ドライブに行こうじゃないの、このかっちょいい車でさ。コースはお兄ちゃんに任せるからね」


と、言われても小学5年女子が行きたいところなど良く分からない。

正直名古屋近辺に、遊びに行けるいい施設は余りない。全国的に名が通っているのは、名古屋城だが、江戸初期に建てられた城は空襲で焼失しており、今のものは鉄筋コンクリート造り。名古屋市民なら一度は行っており、そう何度も行きたいところではない。あとは明治村くらいか…。遠足で行くよな。

長島スパーランドはすでに一回行っていた。規模は大きいが、東山動物園の遊園地と余り変わらない。(この後コークスクリュー、シャトルループ導入で一挙に絶叫マシン系遊園地として大ブレイク)


あとナゴヤ球場でのナイターにも一回行った。オコはドラゴンズファンではないし、野球のルールも良く知らなかったが、クラスの男子が一回もナイター行った事ないんか、これだから貧乏人は。と言うので、連れてって欲しいと言われた。お得意様に貰った年間指定席で、幸い星野仙一先発、木俣がホームランを打って、鈴木孝政が締めると言うドラゴンズ必勝パターンだった。オコは帰ってからは、健次さんがテレビでナイター見てると、その時買ってやったメガホン持って一緒に応援してたらしい。


そのくらいかな…。

と言う訳で、名古屋の若い衆が、

「ドライブでどこかに行く」となると、何かを食べに行くか、何か目標地にあるのでそこに行く。と言う極めて自動車本来の移動手段としての利用になる。結果愛知の若者はデートの過程としての自動車のステイタスを磨くしかないのである。

そうそう、この頃から車検の2年ごとに新車に買い替えて、ローン地獄を続けるのが、普通の時代。


前に記したトヨタ出世魚路線は、カローラとマークIIの間にセリカとか、その他スペシャリティカー系を挟む事になり、若者の車に対する情熱は、

「結婚前のプチヤンチャ」的要素が強く、実家住みの多い地元企業就職者には、通勤時間や休みの日のドライブが、オアシスなのである。とは言えプチなので一定のルールはある。

まず外車はダメである。トヨタ王国とは言っても特に日産やホンダでも構わない。だが外車はダメである。

「調子こいとる」からである。クラウンやセドリックもミドルエイジで部長クラスに昇進してから。若造の乗る車ではないし、若者には人気もなかった。やむ終えず乗る時は、

「親父がちーとも乗らへんもんだで代わりにオイル回したる」ためである。


結局トヨタだとマークII、もう少し後に出たチェイサー、更に遅れてクレスタと言うトヨタ販売店違いの三つ子車に乗る愛知の若者が多かった。後はスカイライン2000GTRに憧れつつスカイライン2000GTとか。勿論暗黒面に魅了されて、改造車、暴走族に走る若者もいたが、一般的にはアルミホイールやタイヤを変えたり、内装を弄ったり、カーステレオに凝ったり(当時カーステレオだけの盗難と言うのも多かった)した。


女性の方も大抵免許は持っており軽自動車やカローラ、サニー、シビッククラスを買って短大卒業後、地元企業(信用金庫とか)のOLになり、見合いか友達の紹介で何回かデートして結婚。結婚前に買った車はそのまま嫁入り道具でダイエー行くためのセカンドカーに。と言うパターンの専業主婦コースが多かったので、最初のデートから相手の車を見る。例えば車に乗る時

「靴脱げ」と言う奴はかみさんより車が大事なので、やめた方が良いとか。


デートの時のBGMも重要である。当時カーステレオはカセットだったが、自分の手持ちのレコードをダビングで編集する。選曲も重要で、いくら好きだと言っても、デートの最中ずっと長渕剛を聞かされると、ひく女子も多い。事前に相手の好みを聞いておくのがベストだが、それも難しいので、無難なインスト曲の“夏に車で聴く音楽”みたいなカー用品屋で売ってるので済ます奴もいる。俺は前にも言ったティンパン・アレイ系の山下達郎とか、大瀧詠一とか、ユーミンとかが多かった。まあこう言うのはガンガンかけて会話しないで聴き入るのも変人なので、音量は大きくなくていい。なんならFM愛知流しといてもいいのである。NHK-FMだとクラシックが多いので好みが偏る。


と言う訳で、オコとのセリカでの最初のドライブは、愛知の若者のデートコース大定番、まあ俺の場合は妹とだが、

「内海」になったのだった。オコはもちろん知らないが、この定番度合いは度を過ぎたところがあり、同僚のお局様(30前のそこそこ美人。結婚紹介所に登録し、お見合いを繰り返していた)は、

「今月3回お見合いしたけど、全部内海よ!愛知の男ってほんとにワンパターン!まあタダでご飯食べられるからいいけど」との事。


オコは、青少年公園の時みたいな気合の入った格好ではなく、すとんとしたワンピースを着ていた。でも久々にスカート姿なので、嬉しいと言ったら、

「生理だから」とあっさり言われた。

なんかごめん(だから練習休みだったのか…)。

でも化粧しなくても、春が来て君は綺麗になった。

去年よりちょっと、胸も?


チェリーに比べて静かで乗り心地もいいセリカに乗って、さぞかし嬉しがるだろうと思ったら、最初珍しげに車内を見ていたが、そのうち寝てしまった。

後で新車の感想を聞いたら、

「普通かなあ…。お兄ちゃんらしくないって言うか」俺らしいってなんだよ!戦車にでも乗れってか?

「チェリー、どうしたの?」と聞くので、後輩に譲ったと言ったら、ちょっとほっとした顔をしていた。

定番のペーパームーンでお茶も飲んだし、

浜辺で

「バカヤロー!」や

「ほーほほほ、捕まえてご覧なさい?」もちゃんとやって、帰路に着いたのだが、帰り道でオコが難しい顔をしている。


この顔の時は大抵俺の言動が気に入らない時で、俺は何かやらかしたかとビビった。

こう言う時は何で黙ってるか聞かないと、余計機嫌が悪くなるので、勇気を出して聞いてみた。

「この車冷房もあるし、楽ちんでいいけどさ。お兄ちゃんと色々行ったチェリーとお別れしたかった。まあチェリーは次に乗ってくれる人がいるからいいけど、何でエルシノアも売っちゃったの?」


実はセリカを買うにあたって、もうバイクと二台持ちはやめようと思い、健次さんのところで買い取って貰ったのだ。“もう欲しい人もいないだろうけど、保安部品外してチューンしたら、初心者のモトクロス練習用くらいには使えるかもしれん”と、引き取ってくれた。


「オコさあ、あの日クラスの男子にいじめられて、店の二階で泣いてたんだ。そしたらパラパラと言うバイクの音がして、窓から見たら、夏のお日さまを反射して、キラキラしたバイクが、熊みたいな太った王子様乗せて入って来た」

つまり、俺がチェリーを買いに来た日だ。太ったは余計だが、わざわざ店に出て来て、初対面の俺にあんな事言ったのも、こんな序章があったからか…。

オコはモノに執着がある子なんだなあ(俺もそゆとこあるが)。エルシノアはモトクロスの練習用に使うらしいよ。と言ったら、それもお父さんから聞いたけど、そう言う問題じゃない。と怒られた。


この日は余り会話もなく終わった。

「今日は楽しかった。ありがとうございます」

見合いの日の、断りを暗示するセリフを、オコは、おそらく意図せずに言った。




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