第13話
どこの誰かは知らないけれど
覆面探偵のおいちゃんは
七つの力持っている
100万ワットの輝きだ
赤蟻トカゲなんでも来い
マスクとマントの正義の子
(覆面探偵 第1話“消えたダイヤ”主題歌)
この能天気な歌は、俺が高校時代所属していた放送部で制作したラジオドラマの主題歌だ。
ちなみに第2話もあり、題名は
「覆面探偵は渡しぬ」で
“007は二度死ぬ”のパロディだった(三度→渡)。
休まず通うモチベーションが高かった(もちろん突起事項のおかげ)塾の成果が上がり、俺は無事名古屋市立温泉高校(仮名)に合格した。まだ学校群とかがなかった頃の名古屋の公立高校は成績で完全に輪切りされ、しかも中学校毎に受験者数を制限していたので、面談ではっきりお前はここと言い渡される。逆らってどうしてもあの学校に行きたいと言っても、まあ受けさせてはくれるのだが、内申点と当日の試験の合計で合否が決まるので、満点でも取らない限り、落ちるぞと担任に言われ諦める事になるのだった。
しかし実はこの制度には大きな矛盾がある事が、入学してから分かった。
同級生で、当時名古屋一の名門と言われた中学校から来た奴がいて、何故だか内申点の話になって、俺の内申点を聞いて驚愕していた。
「お前その点ならA高校(旧制愛知一中。今も名古屋一の名門)行けそうだぞ!」
中学の通知表は当時5段階の相対評価。つまり上位10%が5とか決まっている。俺の行っていた中学は田舎なので、それ程努力しなくても4は取れたし、得意科目は5だった。不得意の体育を3で抑え(保健頑張って)、准不得意の英語数学を4に出来る様努力。後は5になるよう勉強。
結果最後に39(9教科合計で45点満点)まで上げる事が出来て、温泉高校に滑り込んだのだが、そいつの話では出身校なら40でA高校の受験が取れたと言う。
つまり中央の名門中学(かつての東京で言う麹町中学→日比谷高校→東大みたいな、越境入学が多かった中学)では4を取る事が至難の技で、内申点が低めでも上の学校を受けれると言う。
ただ内申点が低くても、名門校の優秀生徒は、テストでほぼ失点しないので、合格出来る。周辺部の生徒は内申点が高くても、テストで取れなくて落ちる。
事実同じ塾の一番出来る奴がA高校落ちた。まあテストは水モノとは言うが、塾でやった問題や模試(中統ってやつ)に比べ、あっけないほど簡単だった。
入試終わって公衆電話から母に
「受かったよ」と言った程。
だからA高は無理でも、人見が入った高校なら行けたかも?と思った。まあ温泉高校は楽しかったが。
彼女は当日酷い風邪をひき、俺と同じ高校を落ちて私立の女子高に行った。
俺はもう会えなくなるのが寂しくて、Go for brakeで、告白と言うより、説得する様な告白をした。ある意味心のスキマにつけ込む様な行為だが、結果的に彼女はOKしてくれ、手紙と電話(当時は時間に関係なく一通話7円だったので、一晩中話していた)と時々デートと言う交際が始まった。
実は俺がこの高校に行きたかったのには理由があった。実は進路決定直前まで、もう一つランクが下の高校に行くと俺も親も思っていた。
この高校は県立で、冬に持久走を毎日やるとの噂で、体育が全く苦手な俺は戦々恐々としていた。
それを除くと家からはバス一本。なんなら自転車でも行けるので良かったのだが。
結局入試までは下見にも行った事が無かった温泉高校に担任が行けるぞと言ってくれたので、受ける事にした。
温泉高校の男子の制服は詰襟の学生服。これは普通だが、数年前伝説の生徒会長が学校側と交渉して、頭髪の自由と制帽の撤廃を勝ちとっていた。
ただし髪を染めるのは不許可。と言うより誰もそんな事は思いもしなかった。
当時の不良女子高生でも、髪を染めたら仲間から
「お前女学生キャバレーのホステスか?」と言われただろう。当時の女学生キャバレーのホステスは大変ご年齢が高い方が多く、室内は薄暗かったそうな。
俺も髪は肩まであったが、襟の校章だけはうるさく言われた。先輩たちが勝ちとった権利を無にするのか?と。制帽廃止の代わりに襟章だけはつける約束だった。
俺たちの代は“三無主義”70年安保終結後のシラケ世代で、無気力・無感動・無関心と言われ、俺が2年の三学期には、一時生徒会長の立候補者が1カ月以上居らず、生徒会長空席という時期があり、当時互選で嫌々生徒議会議長をやっていた俺が代行した事があったが、生徒会のお仕事と言うものは、実に地味で事務的なものだったので、たった数年前にそんなマンガかアニメのような生徒会があったとは信じられなかった。
女子の制服は残念ながら、ごく普通のセーラー服。
中学の時と変わらない。
名古屋のセーラー服と言えば、名古屋襟。先端がおへそくらいまである大きな襟で、巨大な胸当ての三角巾が付いている。私立女子高の何校かが採用しているが、名古屋特有の為奇異の目で見られる事があり、胸当ての上端が普通のセーラー服より上にあるので、セクシーじゃなく当の女子高生にはダサいという評判があるらしい。
しかし、男子高校生は今も昔も断固としてこれを支持している。俺もバスや市電で他校のセーラー服を見るとドキドキした。特に豊かな胸の方の場合は襟と胸当てが別生地の立体縫製なわけで、胸に襟が乗るのである。そして短めの上着が浮いて、スカートとの間が見えるのである。夏だと素肌なのである。
アニメは大半がこの名古屋襟のセーラーだよね。
彼女の女子高もこのスタイルなので、話を聞いたが、当時は冷房がないので夏はこの胸当てのスナップを外して、下敷きでブラに直接風を送ったりするそうだ。
讃えよ名古屋襟!
え?スナップ留めってなぜ知ってるかって?
彼女をぎゅっと抱きしめた時スナップがブチブチブチッと外れた事があったからだよ(遠い目)。
この制服は、長身スレンダーの学生も綺麗に見える。胸当ての部分がコンプレックスを隠すからだろう。
一度予備校の現役コース(彼女との待ち合わせ場所と化しており、講義サボってデートしたり)に170cmくらいある彼女の友達が来ていて、モデルの様な佇まいに見とれていたら後で、
「ふーん熊懐君ってああいう体型が好みなんだ。よよ」と嘘泣きされ、公園のベンチで慰めて、最後は抱っこした事が…止めよう、傷口が開く。
さて入学式の日、柔道部勧誘の魔手から辛くも逃れた俺は、ばったり懐かしい顔と再会した。
よしこちゃんは中学2年の時のクラスメート。1年の3学期全休の後、不安いっぱいで登校した俺の隣の席の子だ。とても面倒見が良く、俺が長期休んだ事を知っていたので、遅れている勉強のアドバイスをくれた。
佐竹がダイレクトに俺を守ってくれたのに対して、俺はよしこちゃんに日常を取り戻してもらった。
困った事によしこちゃんは美人だった。
もちろん男子にも人気があったが、性格が世話好きのおばちゃんみたいだったので、告白はされなかったらしい。身長は153cmと言っていた。どストライクである(元カノも153cm)。後で母の身長も153cmである事を聞いて、俺はマザコンなのかと愕然とした事があったが、俺より少しだけ背が高い(昔のボンネット型の市バスだと、頭が天井に届きそう)父と153cmの母が並んで歩く姿が、幼い頃から刷り込まれていたのかもしれない。
今でも大きい女の人は怖い(伏線)。
髪はいつもポニテでまとめていて、ニキビに髪がかかるのが嫌との事で広いおでこが出ていた。そして
「マンガか!」と言いたくなる大きな目。彼女はハーフではないのだが、ちょっとあざ黒い肌といい、なんかアフリカ系美少女の感じ。
3年になってから別のクラスになったが、廊下で会ったりすると、走って来て近況を聞いてくれる。佐竹に
「よしこって熊懐のお姉ちゃんみたいだな」と、からかわれた。
まあはっきり言って大好きだった。
この浮気者!と言われるかもしれないが、時系列的にはよしこちゃんを好きになった方が早い。
もちろん彼女と付き合ってからは仲のいい友達としか感じなくなったが、まあ美少女と言うものは見ていて楽しいものだ(やっぱり浮気者か?)。
「部活決めた?」
「さっき柔道部に誘われたんでどっかに早く入らないといけないんだけど、ブラバンかなあ?」
「あたしは放送部」
なぜブラスバンド部かと言うと、これは花木君の影響。花木君の家に遊びに行くと(お母さんがたこ焼き出してくれる)、お父さんの趣味なのか、大きなステレオでレコードをかけてくれる。今風の音楽でなくてジャズばかり。花木君は中でもハービー・マンと言う珍しいジャズフルート奏者が気に入って、プラスティック製の横笛で練習していたが、成績が上がって(俺より上の高校に行った)フルートを買って貰った。その高校にはフルバンドではないがジャズバンドがあり、学祭に聞きに行った。
もう一つ、当時ラジオでやっていた
“ナベサダとジャズ”
ナベサダ、アルトサックス奏者の渡辺貞夫は、日野皓正(トランペット)と並んで、当時日本ジャズ界の人気プレイヤー。そのアフリカを感じさせるカラッとしたアルトは、サックスと言えばサム・テイラーの日本歌謡曲カバーのすすり泣くようなウエットな音しか知らなかった俺には新鮮で、すぐに
「ギターの次はアルトサックスしかない!」と思った俺は、高校に合格出来たらサックスがやりたいので、買ってくれと頼んだ。
合格発表の日、父はヤマハの管楽器カタログを持って来て、
「アルトサックス、カレッジモデルでも高い。クラリネットにしないか?」と言った。
確かに3倍以上高い。まあ吹き方も運指も近いので、買って貰えるなら、そうしよう。
でもやっぱりアルトが吹きたいので、よしこちゃんと話した翌日ブラスバンド部に行った。
「ああ残念ながら昨日入部者があって、アルトに決まった。それより体大きいね。チューバやらない?」
自前のクラリネットで体験入部したが、クラとかフルートは全員女子で、なんか結束固そうな感じだった。ベニー・グッドマンの頃ならともかく、今はテナーサックス奏者が持ち替えたりするだけなので、結局クラリネットは家で吹いたり、まだ時々やってたバンドに取り入れたりしただけだった。親には申し訳ない事をした。
結局俺はよしこちゃんを追って放送部に入った。
入部した一年生は男2人女4人。よしこちゃん以外は、もう名前も思い出せない。ごめん。
よしこちゃんは相変わらず仲良くしてくれた。
毎日の放送業務を行ううち、もう同僚って感じになって、相変わらずふとした瞬間に、綺麗だなとドキッとした事もあったが、こちらは彼女とラブラブ。
卒業まで三角関係でドロドロとかはなかった。
(20年以上経って同窓会で、お互い既婚者同士でよしこちゃんに会った時“俺、昔好きだったんだぜ”と言ったら“知ってたけどごめん。それに熊懐君彼女いたじゃない。散々相談とか惚気とか聞かされたわよ”と時空を超えて振られた。やっぱり弟だわ俺)
面白い先輩はいっぱいいたが、今回の話に関係あるのは、後輩の3田トリオ。
森田君
横田君
猫田君
である。
3人は物理部と言う別の部にいたが、横田君が放送関係のエンジニアの仕事をやりたいと言う事で、3人まとめて入って来た。放送部は掛け持ちが多く、俺も最初はブラバンと掛け持ちを考えたが、ブラバンの方が練習毎日朝練あり、だったので、無理だった。
2年になって早々と部長に指名された俺は、先輩も受験準備でやめてしまい、新入部員が女子ばかりなので、責任を感じていたのだが、一挙に3人も入って嬉しかった。横田君は新歓の放送部の説明で、ビートルズの“Come Together”を使ったBGMに感心した。と言っていたが、それは去年の先輩が御膳だてした事で、俺の手柄ではない。
彼らとはすぐ仲良くなった。
放送部には“NHK高校生放送コンテスト"と言う全国大会があり、アナウンス、朗読、ラジオ番組で参加できるが、この年はラジオ番組制作が間に合わなかった(俺の怠慢)。せっかく技術に強い横田君が参加してくれたのに、なんかやらないのはもったいない。と言う事で、無理矢理台本をひねり出したのが、この“覆面探偵”。脚本が俺で主演が同学年の蒲塚君(名前思い出した、ごめん)。ダイヤを盗まれる富豪が猫田君で、執事(怪盗)が森田君。その他部員総動員。俺もパトカーのサイレン役で参加した。
内容は子供の頃見たヒーローモノの寄せ集め。
題名は、まぼろし探偵。
主題歌の歌詞は、月光仮面、鉄腕アトム(実写版)、ウルトラマン、少年ケニア、遊星仮面のミックス。
遊星仮面はタツノコプロの作品で、地球に敵対する異星人とのハーフの少年が、苦悩しつつ戦うと言うかなりシリアスな話で好きだった。タツノコは新造人間キャシャーンと言い、たまに勧善懲悪でない作品がある。まあ覆面探偵はそんな深みは無かったが。作曲はギターが俺より全然うまい横田君。
翌年横田君が懲りずに続編をやりたいと言うので、題名だけ考えて丸投げした。
この3田トリオとは大学入ってからも夏休みに会ったりしたが、森田君には、フォッサ・マグナ末期にまた父がどこかから入手してきた骨董もののエレキベースを進呈した。実は壊れていてアンプに繋いでも音が出なかったが、電気に強い彼は直してしばらく使ったらしい。
「エレキベースと言うものがあるらしい」と言う情報だけで、大昔にどこかの楽器メーカーが試作したものじゃないかと思うが、ネックがウッドベース並みに太かった。森田君は大学に入ってジャズ研のフルバンドのベーシストになったが、その頃には、地下鉄鶴舞線の八事ー赤池間延伸工事のバイトで稼いだお金で本物のフェンダージャズベースを買っていた。
今はベース奏者として活躍し、名古屋で多くのベーシストを育てている彼がプロになるきっかけを俺のあのへんなベースが作ったと思うと、とても嬉しい。
シビアな灰色の受験戦争を、彼女とイチャイチャしながら乗り切った俺は(曲がりなりにもドロップアウトしなかったのは彼女のおかげなので、今は感謝している。恋愛は受験勉強の妨げ。とは良く言われるが、俺に限っては、高校も大学も入れたのは彼女のおかげだ)、無事に高校を卒業し、名古屋に別れを告げた。
次章では、自称ソンガーシングライターの俺の
「First & Last」なアルバム(カセットな)について思い出を記したいと思う。
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