第11話

If you be March bunny.

I shall make Spring hat.

For you of Rainbow Pansy.

My Fair lady-bird is put.

(MAD TEA PARTY リフレインパート)


彼女の事は、またいつか小説(思いっきりハッピーエンドのね)にでも書こうと思っている。


人生一度の一大決心で告白し、粘って粘ってokを貰った事。

それなりに彼女は好きになってくれて、俺は有頂天の高校生活だった事。

当時の高校生は、家電話と手紙が主な通信手段だった事。

結局俺が京都の大学に進学し、彼女は地元の大学だったので、遠距離交際になり、一回生の夏にあっけなく終了した事。


今も俺の最もいけないところ、本質的に人との付き合いが下手で、長時間経つと相手にイライラしてしまい、身勝手な言動をとる。

全く結婚には向いてない(その通り!)俺と将来暮らすビジョンが彼女に見えなかったのだと思う。

一方俺はエッチな事しか頭にない男子高校生だったわけで、第一印象の

「頼りになりそう」と言うイメージが、ガラガラ崩れ、最後の方は

「こんな人だとは思わなかった」というより、

「この人は私がついてないと駄目なんだ」と言う共依存で付き合ってくれてたんじゃないかと思う。

その呪いが、遠距離で溶けた訳で。


一回生の夏休みに帰省した時、ケンカ別れの様になり、後日電話で正式に別れを告げられた。

その夏は、何もする気になれず、友人が誘ってくれても出かけずに引きこもっていた。

偶然遭うのが怖かった。

彼女と行った場所に行くのが怖かった。

未練げに、彼女の家の周りをうろうろするかもしれない自分も嫌だった。

見兼ねた両親が、東京の伯父(父の兄)の家に遊びに行って来いと言ってくれ、俺は侵入禁止領域だらけの名古屋を後にした。

伯父は一時期愛知県に赴任していたので、小さい時から仲良しだった従姉妹に会ったが、自分の苦境を幼馴染に相談すると言う、ありがちな展開にもならず、とうとう最後に伯母が、

「勤ちゃん、彼女とどうなの?」とズバリ空気の読めない役を買って出てくれたので、これは両親に頼まれたのだな?と思い(伯父さん達に彼女の話とかした事ないし)、

「別れました」と言った。

伯父は黙って高い寿司屋に連れて行ってくれた。


おそらく両親は俺がこのまま名古屋に居ると、いけない考えを起こすのではないか?と思ったのだろう。俺はチキンなので、自分から命を絶つ事はないのだけれど。

この時、俺は夜中に大声を出し、一家を驚かせてしまった。

それは悪夢。

いや、幸せな夢が原因だった。


凍りつく冬も終わり 風吹いて雪を消したら

小さなこの家を出て 私は行こう貴女の部屋に

道すがら野の花を摘み 春を待つ貴女に贈る

今年も私の心に 変わらぬ愛の証


If you be March bunny.

(もし貴女が三月兎なら)

I shall make Spring hat.

(私は春の帽子を贈ろう)

For you of Rainbow Pansy.

(貴女の為に虹色のパンジーで)

My Fair lady-bird is put.

(大事な貴女にてんとう虫のピンをつけて)


夢の中いつも同じ 貴女の変わらぬ笑顔

「お砂糖は?」貴女が聞く 湯気の立つ白いポット

なにもかも昔のままの 貴女と窓の日差し

溶けて行く私の心に いつまでも差し込んで


(リフレイン)


過ぎ去った冬を語れば 結ばれる二人の心

ティカップに花びら浮かべ いつしか影は流れる

星一つ貴女の指に 花一つ貴女の髪に

片寄せて窓を開ければ スミレ色の月は輝く


(リフレイン)


辛い石油ショックの冬に作詞したこの曲は、毎回私が見た夢。彼女が帰って来てくれた夢の事を書いたものだ。3番の“スミレ色の月”は英語圏の慣用句で、実際にはない事。

「じゃあスミレ色の月夜の晩にね」と言うと実現はありえない。と言う意味で、“メアリ•ポピンズ”の中に、子供(マイケルだったかな?)が、メアリに

「そんな事ありえないね。そんな事あったらスミレ色の月が登るさ」とタンカを切った願いを、例によってメアリはあっさり実現し、最後に巨大なスミレ色の月が登る。と言う話から、起きている時はもう復縁はあり得ない事は分かっているのだ。と言う気持ちを込めた。そしてリフレインの三月兎と帽子屋は、いずれもmad like…と言う慣用句が英語にあり(繁殖期の兎と、当時の帽子製造では水銀を使う工程があったために中毒になったらしい)それを

「不思議の国のアリス」の著者ルイス・キャロルが擬人化している。

「MAD TEA PATY(キ印揃いのお茶会)」

と言う題名も、アリスの章名のまま。

起きている時はいくらか冷静になった当時の俺の

「そんな事ありえないんだ。夢物語なんだ」と言う心の叫びが聞こえて来る気がする。

ちなみにMy Fair lady-birdは俺の言葉遊びで

マイフェアレディとレディバード(てんとう虫)を引っ掛けている。この歌を作る頃にはまあこのくらいは回復していたわけだ。


(この悪夢はその後もずっと俺を苦しめた。俺は、恐ろしい夢、逃げ出したい恐怖の悪夢より、辛い現実は嘘だったのだ。彼女は帰って来てくれたのだ。と言う幸せな夢から、目覚めた途端に現実に引き戻される方が何万倍も悪夢だと言う事を知った。この話を何人かの人にしたが、“そんなものですかねえ”と言う人と、“わかる!それわかるよ”と涙を浮かべんばかりに同意する人がいたが、例外なく前者はイケメンだった。俺は極端な対人、特に女性恐怖症となり、もしかしたらその後のフラグをなぎ倒して来たかもしれない。気がする)


高校の時好きだった授業に倫理社会と言う、受験に殆ど関係ない(受験科目としてはあったが、大学の哲学科の先生が張り切って出題するので、少年ソクラテス、みたいな高校生しか歯が立たず、大体社会は日本史か世界史を選択)のでお気楽な気持ちで講義を受けていた。俺のクラスは校長先生が受け持って下さったが、専門が仏教学だったのか、俺も知らない仏教知識を学ぶ事が出来た。特に有名な親鸞の逆説

「善人なおもて往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」

を丁寧に教えて下さった。

中央アジアで突如起こった阿弥陀信仰は、ある西方の修行僧が、厳しい修行や勉強が出来ない一般庶民を救うために、悟りを開いて阿弥陀如来となり、自分を信じると言う言葉(念仏)を唱えるだけで極楽に行けると言う簡易な教えで、瞬く間に中国全土に広まり日本にも伝来した。この西方の僧とはイエス・キリストの事ではないか?阿弥陀信仰とキリスト教義の類似性について教えてくれた。ある時

「この中にキリスト教徒はいますか?」と問われ、俺は家が信者だったので手を挙げたら

「聖書に“心の貧しい人は幸いである”と言う言葉があるが、どう言う意味ですか?」と問われたので、

「ああ、俺は駄目な奴だ、神様助けて下さいと祈っている人の事だと思います」と答えたたら、

「なるほど、普通の心の貧しい人と言う日本語とは違うのですね。親鸞の言う悪人と似ています」

と仰り、思春期の高校生である俺は凄く嬉しかった。


ちょっと話が逸れたが、その倫理社会の授業で

「昇華」と言う言葉があった。

自己の煩悩や悩みを、芸術活動などに置き換えて優れた成果を残す事で、逃避や代償より上位とされていた。

自称ソンガーシングライターとして、俺がMAD TEA PATYを書いたのは、そんな高尚なものでは無いが、諦めきれない執着心がえーとフロイトのなんちゃらで夢に出て俺を苦しめるなら、歌にしてケリをつけてやる。くらいの気持ちだった。

作詞しながら分析していって(当時の流行言葉で自己批判)分かったのは、さすがに歌詞には盛り込めないが、俺を苦しめている煩悩、執着心の正体だった。

彼女は生真面目さが顔に現れていて、美しく優しい。三人兄妹(嘱望される兄、末っ子で可愛い妹)の真ん中としての両親に対する渇望から、頼れる存在を求めた(俺が初めて彼女の父親に会った時、後で父親は俺を評して“お医者さんのような人だね”と言ってたと嬉しそうに報告した)。小柄で俺の肩までしか無い(どストライク)。ウエストは俺の太ももくらいしかなく、その上に物理法則を無視しているかの様な特記事項、いや突起事項が。俺が塾で初めて彼女を見た時、最初に強い印象を受けたのはこの事項だった。

「なんだ結局俺の煩悩の正体は、このリビドー(よく知らんけど、フロイトのあれ)じゃないか」

俺はケタケタ笑いながら、寮の部屋の麻田奈美に話しかけた。


さて辛い話はこの一章で終わりにしよう。

最後に一回生の夏の終わりにどうしても諦められず、電話した私を奈落の底に突き落とし、這い上がる蜘蛛の糸さえ見出せなかった一言について。


「なんとかもう一度チャンスをくれないか?」

「…」

「俺はまだ愛してる」

「私は愛してなかった」

(女性は好きだとは言うが、なかなか愛してるとは言わない。彼女も確かに言った事なかった。俺は愛してる、将来結婚しよう。を連呼していたが)

「もう本当に終わり?」

「うん…。私今付き合ってる人いるから」

「え?手紙に書いてた大学の先輩?」

「違う。熊懐君の知ってる人」

「…」

頼れる存在を求めた彼女が、本当は頼りない俺に失望して。俺の知る限り一番頼りになる存在を選んだか…?大げさでなく俺の命の恩人を選ばれたら勝ち目はない。頼む!違っててくれ!


「…。佐竹か」

「うん」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る