第4話
冬の日差し浴び
君は輝く
光の妖精の様に
そっと立っていた
相変わらず自作の歌が流れる。
ここのところ、ずっと悩んでたんだよなあ…。
自称ソンガーシングライターの俺が、この曲を作った20歳の頃、
「光の妖精」と言うのはどうなんだろう?と随分悩んだ。
「僧は敲く(たたく)月下の門」なのか、
「僧は推す月下の門」なのか、8世紀中国の詩人賈島(かとう)は散々悩んだ余り、役人の行列に突っ込んでしまい、その役人が有名な詩人周瑜で、敲くの方が良い。その方が門をたたく音が月夜にこだまするようだ。とアドバイスを貰い、それが縁で周瑜の門人となった。と言う。
「推敲」と言う言葉の語源になったエピソードなのだが、まさにこの時は本当に悩んだ。賈島さんの様に2択ではなく、他の言葉が思い浮かばない。
(ちなみに賈島さんは65歳で牛肉の食べ過ぎで死んだとか。先日食べ放題の店で独り焼肉をして、食い過ぎて体調を壊した俺も気をつけねば)
そもそもエルシノアのイメージは“妖精”じゃ無いのだ。
モトクロスという過酷な悪路レースを戦えるヘビーデューティなフレームに、軽量で高出力の2サイクルエンジン。そして限られた時間を戦い抜けるだけの小さめのタンク。
と言うのがモトクロッサーの外見。とてもフワフワ浮かんでる羽の生えた妖精さんのイメージでは無い。強靭な木曽馬というところか?
軽々動く妖精なら、同じオフロードでもトライアル車の方が似合う。
トライアルは、急な登り下り道や障害物。要するに登山道の山頂付近の様な、歩いても難儀するコースを、どれだけ足をつかずに速く走破出来るかを競う競技で、人間には登れない数メートルの垂直な崖でも、軽々と駆け上がる。
まさに妖精だ。岩手県で開催されるトライアルレースであり、一時ホンダのトライアル車の名前にもなった“イーハトーブ(宮沢賢治の小説内の架空の地名から)などは、まさに妖精と言ってもいい感じだ。
しかしエルシノアはプラチナブロンドの北欧の美女。俺の抱いたイメージは、北欧神話の戦乙女である。いわゆるワルキューレ。
北欧神話の主神オーディンに使える軍団で、戦死者をオーディンの元に運ぶと言う、鬼太郎みたいな仕事だけど、鉄よりも硬く紙よりも軽いミスリル銀で作られた、光輝く武具を身につけた姿は、まさに戦乙女。
でもこの歌詞の音符には長い。ワルキューレも論外。後は女戦士も駄目。
この曲は詩が先で作詞作曲したのだが、どうしても文字数的には7文字でまとめたかった。
まあ実は題名が物騒な戦乙女にふさわしく無い
「花のようなエレ(当時公開されていたフランス映画の邦題を頂いた)」なので、モトクロス出自の頑丈さより、”エレ“と愛称で呼びたくなる様な可憐さに憧れた気持ちを書いたのだから、結局“光の妖精で”いいかと思っている。
ちなみに愛車に名前を付けたのはこれが最初で最後のつもりだったが、最近スーパーカブのナンバーを取った時、数字が余りにも語呂がいいので、ちょっとした愛称で呼ぶ事がある。
さて走馬灯の続きを見るとしよう。
前述の小型二輪免許取得と、エルシノアを迎える段である。
熊懐勤太郎(21歳)
実は21歳になる直前に、俺は転学部している。詳しくは書かないが、より就職に有利な学部に変わった。
俺は4月生まれなので、時系列順に並べると、
18歳…入学してすぐ19に。原付免許取得。原付買う。
19歳…冬に石油ショック。年明けて入寮。
20歳…誕生日直後にスピード違反で捕まる。
年明け4月に転学部。
となる。俺は典型的なすねかじりで、バイトも数える程しかしなかった。一度寮の先輩が持ってきた話で、半日なのにえらくバイト代が良かったので、みんなで行ったのは、西陣織の展示会終了後反物を問屋の倉庫に運ぶ仕事。
ダンボール箱にぎっしり入った反物は恐ろしく重く、一回に一箱しか運べないので、人手が要るのだ。ふらつきながら運んでいると、監督の人に、
「落としたらあかんで。学生さん、あんたが運んどる箱、総額500万円くらいやさかい」と余計な事を言われ、足が震えた。
何台かのトラックに分乗して、倉庫に向かったが、一台トラックの到着が遅れ、社員の人たちが、真っ青になっていた(携帯などない時代)。
総額何億という荷物なので、強盗も考えられるのだろう。
俺は親の仕送りをありがたく頂くとともに、バイトはなるべくしないで、貧乏生活で過ごす事にした。
一回生の時は、正直高速バスの切符代があったら、週末家に帰っていた。巨大なナップサック(母曰くズタブクロ)に洗濯物を詰め込んで。
下宿には共用の洗濯機があったが、誰かが使っていると使えないし、物干し場も狭く、部屋干ししか出来ない(コインランドリーなんちゅうものは、概念すら無い時代)。2週間分くらいの洗濯物を押入れに突っ込み、まさに高校時代に愛読した松本零士“男おいどん”の世界。サルマタケが生えておかしくない生活だった。まあ俺はブリーフ派だったが。
で、息子に甘い母にご馳走を作って貰って、帰りは新幹線代出して貰って。何の為の京都受験だかわからなかったが、親から見れば
「あの勤ちゃんが、偉い偉い」と言う感じなのだろうか?
父は工場を経営していたが、ちょっと特殊な部品を作る技術のある会社だったので、大企業の下請けとして安定していたようだ。
しかし石油ショックの影響は大小含めて須らくの企業に深刻なダメージを与えており、名古屋と言えば隣接の豊田市の自動車産業だが、若者がパワーを求めて車検ごとに車を買い替える時代が終焉した事は、名古屋の経済にも影響がない訳がなかった。
まあ石油ショック前にガソリンがリッター50円くらいだったのが、いきなり倍以上になったのだから、このまま日本は滅びるのでは?と皆が戦々恐々したのは当然だった。
父が会社創業時に地方から集団就職の中卒の社員さんを集め、その人たちが成人して名古屋で結婚して家庭を持つ。そんな矢先の大不況で、家族と社員を守るため、父の心労は大変だったろう。
石油ショックの翌年、父が倒れた。
電話で(寮にはピンク電話がある)、その事を聞いたのは入院した後だったが、本当に大学を辞めて働かねば、理系に進まなかった俺が会社に入っても役に立たんし。など、当時はあれこれ考えた。
心配した脳関連の病気ではなく、耳の三半規管がおかしくなる、メニエル氏症候群という病気で、半月程で退院出来たが、転学部を考えたのはこの時だった。父の会社は継げないが(元々投資家は別におり、父は雇われ社長だし)、とりあえず金の稼げる仕事につかねば。と。
二輪免許取得のために大学生協の割引パックで自動車学校に通う許しを得た時、数万円安い小型二輪免許にしたのは、エルシノアMT125に惚れていたのもあったが、経済的な事も勿論あった。
あと大型には一本橋渡りがあり、そんなバランス感覚ないぞ。と思ったのもあった。同級生の運動神経のいい奴がここで一回落ちており、俺には無理だと思った。
この同級生は俺と同じ日に実技合格して、大型二輪免許を取得した。その直後に前述の様に免許制度改正があり、中型(400cc以下)までしか自動車学校(中部以西は車校と言うのが普通)で取れなくなった。悔しかったが、750ブームで技量のないライダーが多数の事故を起こしたのが制度改正の原因なので、俺みたいな運動音痴は、小型で良かったとも思う。
いよいよエルシノアを迎える日が来た!
親も流石に15万ポンと出すお金はなかったようだ(大学の学費が年25万の頃)。父が倒れた時、大学の無返還奨学金を受けようとしたが、学業はともかく(転学部出来る成績ではあった)、親の収入が多すぎる。と言われたのだが、やはり不況だった。
下宿から寮に移ってからは、食費が安いので、仕送りも半分にして貰っていたし、余り名古屋に帰らなくなったし、第一、
「あんたが京都行ってから、食費がかからなくなった」そうだ。姉が中学の時、家庭科の宿題で、
「我が家のエンゲル計数を調べよう」と言うのがあったが、貧しすぎる家庭の数字だったので(姉はお嬢様学校に行った)、恥ずかしくて提出できなかったそうだ。
父も美食家ではあったが、大半は大食いの弟のせいだ。
遠慮しながら頼んだ結果、分割12カ月払いで出して貰える事になった。有り難い。
北白川のバイク屋でCL50を下取ってもらい、諸費用に当てたが、バイク屋に呆れられた。
「こういう新入生騙すような事する店があるんやね。エンジン全体が銀色の耐熱塗料で塗ってある。綺麗に見えるけど、バイクにはいい事ない」
大学近くのバイク屋でエルシノアを買わなくて、良かった。と思った。
2サイクルだから、純正2サイクルオイルを必ず補給しなければエンジンが焼き付いて駄目になること。リターン式ギアチェンジ(当時の小型二輪は仕事で乗る物だったので、教習車はCL50と同じロータリー式のCD125)のやり方を習って前の道で練習してから、寮に乗って帰った。
「まず一回踏んで、次つま先でかき上げてニュートラル通り越して2速か(そのあと6速までかき上げて加速)。交差点で6回踏むのか。面倒だなあ」
と愚痴りながら、原付とも教習車とも違う、スムースな加速に有頂天になった。
何よりこれで50km/hで走っても免停にならない!
こうして俺と銀髪の戦乙女との、夢のような日々が始まった。
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