星4SRランク美少女が、育成中毒な僕にメチャクチャ愛の種火を求めてきます
黒鉄メイド
無生三姉妹と人生廃課金育成主義者
「単刀直入に言います。
そう言われたのは、僕が高校に入学してから数日後。
学校の教室に監禁されたときの事だった。
昼休みに昼食を食べてる最中突然意識を失い、目を覚ました時には、僕は知らない教室の真ん中で、椅子の上に座っていた。
いや、ここは普通の教室なのか?
周りの机や椅子は壁際に積み上げられるようにして置かれ、とても常日頃から使われているとは思いえない。
外を見ると、空の色はすっかりオレンジ色に染まっていた。
黒板上の時計が目に入る。時刻午後五時。
その下に、彼女たちはいた。
椅子に座った僕を観察でもするように、三人は見ていた。
そして目覚めて早々に、先ほどの言葉を言われたんだ。
一人は、僕の先ほどの台詞を言った少女だ。くるくる捲いたショートヘアがまるでハートのような形をしており、優しい笑みを浮かべている。とても親しみを感じる笑顔だった。
一人は、煌めくような茶髪に、四つの星の飾りが付いたカチューシャを付けた、つり目の少女。
彼女は逆に、嫌悪に満ちた目で僕を見ていた。
一人は、先端がねじ曲がったボブヘアをし、濁ったような瞳の上から黒縁眼鏡をかけた少女。
目覚めた僕を一瞬だけ見たけど、すぐさま抱え込んだタブレットに視線を戻して、独特なペンの持ち方をして何かを書き込み始めた。
そんな少女三人組が、僕の前にはいた。
そこでようやく僕は我に返った。
自分が今、とんでもない状況に巻き込まれていることを。
「付き合う……だって? 一体何を言ってるんだ……? 君たちは一体……誰……? ここは何処なんだ……!?」
少女たち全員制服を着ているので、同じ学校の生徒であることは分かる。
でもそれ以外は謎のままだ。
この状況も、先ほどの言葉の意味も分からない……!?
「
ハートの髪をした少女を『結衣』と呼んだのは、茶髪でつり目の少女。
彼女は僕を見て、嫌そうな顔をしている。
「別にいいじゃないですか、星那ちゃん。見てくれも悪くないですし、あくまで彼は仮なんですから。鏡ちゃんも彼でいいですよね」
「別にどうでもいい……てかくそ面倒臭ぁ……」
結衣が次に声をかけたのは、黒縁眼鏡をかけた『鏡』という名の少女。
鏡と呼ばれた少女は、結衣の質問を話半分で答えながら、なおもタブレットに何かを描くのをやめはしない。
とにかく立ち上がろう。
「うっ!? 立てない!?」
そう思い腰を浮かせたが、僕の手足を何かが引っ張り身体を椅子に引き戻した。
視点を下ろすと、足には椅子と繋がれた手錠が見えた。
後ろに回されている両手首にも冷たい感触があるので、きっと同じく手錠で繋がれている。
「拘束させてもらいました。暴れたり、逃げられたりされても困るので」
「ま、待ってくれ! 何なんだ? 僕を一体どうするつもりなんだっ!?」
「さっき言ったじゃないですか。育良君にはこれから私たちの彼氏なってもらいます。と言っても、あくまで『彼氏(仮)』ですけど」
結衣はコロッと笑みをこぼした。
とても親近感が湧いてすぐにでも友達になれそうな笑顔のはずなのに、状況との不釣り合いでその顔は酷く怖かった。
まるで、作り物の表情をはめ込んでいるような。そんな不気味さを感じた。
「怖がらなくてもいいですよ、育良君。
私は無生三姉妹の一人、
後ろの二人は、
ようやく三人の正体が判明したかと思えば、結衣はまた新しい謎ワードを言い出した。
名字が違うのに三姉妹?
チーム名か何かなのか?
でも、何処かで聞いたことがあるような……?
「いいえ、私たちは紛れもなく血の繋がった姉妹ですよ。そこに関しては色々と複雑なんです。
まあ、それについては割愛するとして、とにかく育良君は今から私たちの恋人です。いいですね」
「良くないよ!?」
僕の否定に対しても、緩木結衣は笑顔を崩さず淡々と言葉を並べる。
「一体何が不満だというのですか。
統計的に見ても、私たちの外見は上の上。お父さんの言葉を借りるとすれば、『星5SSR美少女』に分類されるクラスですよ? そのレベルの美少女を三人も彼女にできるんですから、文句を言わないでください」
「謎ワードに謎ワードを重ねないでくれよ。ますます混乱する……」
確かに三人とも、よくよく見ればとんでもない美少女。整った顔とスタイルをしている。
僕の目の前に立つ緩木結衣なんて、小さな小顔の中に吸い込まれそうな瞳をしていて、否が応でも意識してしまう。胸が高鳴ってしまう。
綺羅星星那は、モデルとして雑誌の表紙を飾っててもおかしくないスタイルだ。力強いつり目も相まって、立っているだけでカリスマ性を感じてしまう。
灰被鏡もそうだ。目元の隈や、髪型の所為で地味で暗い雰囲気になっているけど、見た目さえ整えれば、とんでもない美少女に大変身すると、僕の勘が告げている。
確かにこの三人と付き合えるとすれば、それは幸せなことだと思う。
僕みたいな凡人には、一世一代の幸運なのは間違いない。
でもだからこそ、この話には絶対に何か裏があるはずだ……。
「そもそも理由も説明されないのに、付き合うなんて無理な話しだよ」
「理由ならありますよ。私たちはあなたの才能が必要なんです」
「才能……だって?」
緩木結衣にそう言われたけど、心当たりが無い。
自分で言うのもなんだが、僕は何処にでもいる普通の高校生。
特別な才能もなければ、人に頼み事をされるような特技も持ち合わせてはいない。
その僕に、一体何の才能があるというのだろうか?
「自分を卑下しすぎですよ、育良君。あなたにはちゃんと才能があるじゃないですか――ゲームキャラクター育成の才能が」
「いや、確かに僕はキャラの育成するのは好きだけど、才能と呼べる程じゃないよ。普通に趣味として楽しんでいるだけさ」
「これを普通と言っているのなら、あなたは十分に異常ですよ」
緩木結衣は制服の胸ポケットに指を入れて取り出したのは、僕のスマートフォンだった。
彼女は平然とした顔で僕のスマホを操作し、解除した画面を見せてきた。
何故、僕のパスワードを知っているんだ。
表示されていたのは、僕が遊んでいるスマートフォンゲームの数々。
何画面にも別けて管理しているゲームアプリを緩木結衣は指でスクロールさせて見せてくるが、彼女の訴えたいことが分からない。
「全く、本当にいっちゃってますよ。育良君は。
この画面を埋め尽くす一万個ものスマホゲーム全てのキャラクターを、限界MAXまで育てきっている。それを異常と言わずして、なんと言うんですか?」
「え、そうなの?」
いや、確かに僕は人一倍キャラ育成をするのが好きな自負はあるけど、異常なんて言われるほどかな?
レベルを上がって攻撃モーションや衣装が変わったキャラを見るのは楽しいし。
最初は倒せなかった敵を、弱キャラで倒す爽快感は気持ちいし。
全キャラクター全スキルを育て上げた時の達成感といったら……堪らない!!
そんなごく普通の快楽が味わいたくて遊んでたらそうなってただけで、別に特別なことをしたわけじゃない。
「楽しいことっていつまでもやり続けられると思うんだけど、みんなも同じじゃないの?」
「こ、こいつ……マジで言ってるの……っ!?」
綺羅星星那は、げえぇっ、と顔を歪め、まるで人間じゃ無いものでも見るかのように僕を蔑んできた。
えぇ、そこまで……?
「なっかーま」
逆に、灰被鏡に関しては、ぷるぷるとした腕を持ち上げて親指を立てている。一応、賛同してくれているらしい。
「自覚した方がいいですよ、育良君。あなたは十分に限度を超えています。
紛れもない変人、狂人の類いですよ。お父さんの言葉を借りるとするならば、『人生廃課金育成主義者』と言ったところでしょうね」
また理解できない謎ワードが増えたぞ。
どうやら、緩木結衣の独自ワードは彼女の父親が原因らしい。
「限度を超えたゲームキャラクターの育成の才能。それこそが私たちが求めていたスキルなんですよ。
私たちを星4SR美少女から、星5SSR美少女にまで跳ね上げる上げる、その才能がね」
「ま、待ってよ、緩木……結衣さん、だっけ? 僕は確かにゲームキャラの育成に関しては、人より長けているかもしれないけど、現実とゲームじゃ話しが違うよ。実際の人間を育てるなんて僕には無理だ」
ゲームキャラの育成は主に、『強化アイテム』を集めてひたすらキャラクターに与え続けるか、戦闘やイベントをこなし経験値や好感度を上げていくのが基本的だ。
素材集めや、何回も戦闘する時間は掛かるけど、逆に言えばそれだけでレベルが上がる。
けど、実際の人間はそんな単純な作りじゃない。
時間の他にも、たくさんの苦労や努力が必要だし。ただやればいいというわけじゃなく、その人にあった正しい経験を積まなければ身につきもせず、時間を無駄にするだけになる。
教師やインストラクターでもない、ただのゲーマーであるこ僕が彼女たちを育てるなんて到底不可能な話だ。
「ええ、だから育良君には、私たちの『種火』になってもらうんですよ。
あなたには、私たちに『愛』を課金してもらいます」
「何故そこで愛ッ!?」
いきなり飛び出してきた変化球に、何処かの眼鏡をかけたマッドサイエンスのごとく叫んでしまった。
「私たち三人の価値は間違いなく星5SSR美少女。
ですが、我々の母親たちとは決定的に何かが違う。明らかに何かが足りていない。原動力のような何かが。
私は考えました。それは一体なんなのか?――そして解答が出ました。私たちには、明らかに『愛』が足りていない」
緩木結衣は、身動きの取れない僕の左胸に人指し指を押し当てる。
「ああ、誤解をしないでください。別に私たち家族が不仲と言うわけじゃ無いですよ。むしろそこら辺の一般家庭以上の愛情を受けていると自負しています。ですが、それはあくまでも家族愛。恋人としての愛ではありません」
「ちょっと結衣、私はお父様のことちゃんと一人の男性として愛してるわよ?」
「星那ちゃん、話しがややこしくなるのでちょっと黙っててください。惚気なら後で存分に聞いてあげますから」
この三人の家庭環境はよく分からないが、綺羅星星那がとんでもないファザコンであることは理解した。
「とにかく、母達は全員、未だ父に恋をしています。今もあの人達の愛は弱まらず燃え続けている、熱を増している。だからこそ、とてつもないパワーとパフォーマンスを発揮出来る。
それが、母達が今でも星5SSR美少女であり続けられる理由なんですよ」
「つまり、僕を仮の彼氏にして、擬似的にその『愛』の力とやらを手に入れようってわけか」
「その通りです。ようやく理解出来ましたね」
緩木結衣は満足げに首を縦に振る。
「『星5SSR美少女』とは、父がスマホゲームを元に考え出した理論。つまり、星4SR美少女である私たちを育成できるのは、同様にゲームキャラ育成に長けた育良君以外いないというわけですよ」
「けど、そんなとってつけたような恋愛で、君たちが求めてる『愛』なんて手に入らないと思うんだけど……。僕のことが好きで付き合うわけじゃないんでしょ?」
「当たり前じゃないですか。別にその才能さえあれば誰でもよかったんですよ。
それをたまたま、育良君が持っていたと言うだけの話です。
おや、もしかして育良君は本気で、星4SR美少女であるこの私たちと付き合えると思ったんですか? だとしたら想像力豊かですね。漫画家かライトノベル作家になればいいと思いますよ。理想上の女の子の恋愛劇でも書いて、存分に社会に貢献してください」
ぐぅ!?
好感度ゼロの緩木結衣の言葉に心が折れそうだ……!
なんだよ! つまり僕は使い捨ての道具ってわけか!
「そう怒らないでくださいよ。育良君が人生の時間を課金した分、報酬はちゃんと払います。なにせ、私は人生課金主義者。それらのことはバッチリです」
「報酬て……お金でも払うの?」
「ええ、一ヶ月にこの金額でいかがでしょうか?」
「えっ!?」
緩木結衣は僕のスマホを再び操作し、画面を見せてきた。
写っていたのは電卓の画面だ。そこに表示されていた数字。つまり金額を見て、僕は目が飛び出るほどの衝撃を受けた。
その金額は、とてもじゃないが高校一年生の少女が毎月払えるとは思えない金額だ。
ほ、本当に……?
高校一年生で毎月この金額を支払うのなんて嘘だろ……?
「そう言われると思って、前金も準備してきました」
疑いと疑念の目を向けた僕に、緩木結衣は笑顔を崩さず茶封筒を取り出し、中からお札を引っ張り上げ、僕の前で出してきた。
「ほら、ちゃんとした日本銀行券ですよ。では数えますから、しっかり見ててくださいね?」
緩木結衣は指でお札を弾きながら――一枚、二枚――と数えていく。
合計金額は確かに彼女の提示した通りの金額。僕は息を呑む。
「なんで……こんな大金を持ってるんだ……?」
「私たち、こう見えて結構稼いでいるんですよ? このくらいの金額程度なら余裕で払えます」
つまり何かしらの仕事でもしているのか?
けど、金額が金額なだけに普通のバイトとも考えにくいし…………もしかして……!
「援助交際でもしてるのか……!?」
「アンタバカじゃないのっ!? 変態! 死ねッ!!」
「ぐはっ!?」
綺羅星星那のつややかで綺麗な足が僕の顔に捉え、僕は椅子ごと地面に倒れ、ガシャン!、と豪快な音が耳にこだます。
蹴りをくらった頬に痛みと熱を感じつつ目を開けると、真っ赤な顔した星那が、ゴミを見るような目で僕を見下していた。
ただでさえ好感度が低いのに、更に下がったらしい……。
「おう、金払ったらナニだってしゃぶってやるよ……」
「鏡もなに乗ってるのよっ! その上下した手を今すぐ止めなさいよっ!!
そ、そういうのは本当に好きな人とじゃないとダメでしょうが……っ! た……例えば、お、お、お父様……みたいな人とか……えへへぇ」
「育良君も鏡ちゃんも駄目ですよ。星那ちゃんは純粋なんですから、そういう下ネタ関連の耐性は全く無いんです。高校生になっても、時代錯誤な白馬の王子様を夢見るくらいなんですからね」
確かに先ほどまで怒っていたはずの綺羅星星那は、だらしない顔をして何か小言を呟き始めたので、気にしないことにしよう。
緩木結衣は、僕ごと椅子を持ち上げて、立ち上がらせてくれた。
小柄で可愛らしい見た目に反し、意外と力持ちのようだ。
「私たち三人は、人助けをして報酬を得ているんですよ。と言っても学生限定ですけどね。大人の悩み事は色々と面倒ですから」
人助け――無生三姉妹。
その二つのワードが揃い、僕はようやくその名前を思い出すことができた。
「思い出したぞ……! 『無生三姉妹』! 学生間のトラブルを解決する人助けのプロ……!」
「おや、知っていましたか」
『無生三姉妹』は、学生の間で有名なネットの都市伝説の一つだ。
専用サイトから依頼を書き込めば、全国何処にでも現れてその悩みを解決してくれる学生の味方。
依頼した学生たちの体験談などはネット上に溢れておりその実績は確かだが、素性に関しては一切広まっていない謎の人物。
その素性などは一切不明であり、存在そのものがあやふやな噂話の産物。
依頼者全員が、口をつぐんでその正体を話そうとはしなかった。
このネット社会においてそんなことが可能なのか誰もが疑問に思った。
いや、不可能だ。
学生なんて特に口の軽い。誰がバラしてもおかしくない。
それなのに、性別すら不明なんだ。
だからこそネットでは半信半疑で、誰もが彼女たちの存在を架空のものとして捉えていた。
いわば、昔で言うところの怪異譚。今で言うところのSCP。
それが、無生三姉妹という噂話のはずだった。
その空想上の生き物が、僕の目の前に確かに存在していた。
「架空の存在じゃありませんよ。この通り、私たちは確かに存在しています」
「でもそれじゃあ、なんでみんな黙っていられるんだ?」
「そんなの契約書を書いてもらったに決まってるじゃないですか。これですよ、これ」
緩木結衣は一枚の紙を取り出す。
そこには、無生三姉妹の素性を喋ったら法的に訴えるなどの文言がチラリと見えた。
ん……? あれ、なんで僕の名前が記載されているんだ?
指はんこまで押されているぞ……?
「私が気軽に無生三姉妹を名乗るはずないですよ。育良君は既に契約してもらいました。これで私たち三人の正体を喋った場合は訴えますからね」
「で、でもそんな……ただの高校生が考えた文章で……」
「プロの弁護士の方に監修してもらった、効力を持つ契約書ですよ。なんなら学生の内から試してみますか? 裁判♡」
緩木結衣の目は本気だった。
むしろ裁判を起こすのを楽しみにしているとさえ思ってしまうくらいに、うきうきと笑みを深めた。
「い、いえ……遠慮しておきます……」
「そうですか、それはそれで残念ですね。職場経験できるチャンスだったんですけど」
この子には迂闊なことは言わないことにしよう。
下手したら本当に法廷で争うことになりそうだ。
「ではこれで交渉成立です。今から私たちは恋人(仮)同士。明日からよろしくお願いしますね」
緩木結衣は僕の手首の手錠だけを外す。鍵は僕の膝の上に置き、そのまま三人は教室の外に出た。
「『よろしく』って、僕は何をすればいいのさ!」
「明日の放課後、この空き教室に来てください。やることはその時教えます。後、遅刻や無断欠席は厳禁です。酷い場合は訴えますので、そのつもりで」
緩木結衣はそんな不吉な言葉を残し、今度こそ三人はいなくなった。
こうしてこの日から、僕は無生三姉妹の彼氏になってしまったのである。
◇◇◇
あれから一ヶ月の月日が経過して、気がつけば季節はもう五月だ。
夏の温度が早々と近づいており今の時期から結構暑い。
僕は放課後、クーラーのかかった空き教室で一人、スマホを操作していた。
「うわぁ……配信開始直後とはいえ一回の戦闘で種火二個ってしょっぼいな……」
今日は新作スマホゲームアプリ『シンデレラアーマーズ』の配信日だ。
配信開始と同時にインストールし、とりあえず初期キャラクターの平均レベルを50まで上げた。
スタミナの許す限り種火集めに専念しているけど、収穫率が低く効率が悪い……まあでも、このコツコツ感も楽しいんだけどね!!
「おはようございます。育良君」
空き教室の扉が開き、三人の少女たちが入ってきた。
入ってきたのは勿論、結衣、星那、鏡の無生三姉妹。
一応、僕は彼氏(仮)ということで、下の名前で呼ぶよう言われて、フルネーム呼びは止めた。
「鏡、着いたんだから肩からどきなさいよ……! 毎回毎回重いの……!」
「うぇ~」
鏡は相変わらず気怠そうな声を上げながら、ふらふらと彷徨い近くにあった椅子に身体をもたれる。
星那は腕を回し、結衣は入って早々に、僕のスマホをのぞき込んだ。
「おやおや、育良君、早速『シンデレラアーマーズ』をプレイしているのですね。ネット評判は、あまり芳しくない様子ですけど」
「色々な意味で歯ごたえのあるゲームだよ。と言っても結衣たち三人ほどじゃないけど」
「おやおや、育良君も随分と言うようになったじゃないですか」
「それで、今日は何をするの?」
「今日の種火クエストは、ずばり『告白をしよう』です」
無生三姉妹の恋愛レベルを上げるため、結衣が考案した方法。
それは、ラブコメなどのシーンや、恋愛劇によくあるシチュエーションを経験することで、擬似的な愛の感覚を掴もうとすることらしい。
最初聞いた時は、「なんだそりゃ」と思ったものだけど、経験していく内に分かった。
この三人とそれをやることが、どれだけ難しいのかを。
「告白は僕がするの? それとも結衣たち?」
「時代的にはどちらのパターンもありますが、私たちは何分恋愛経験が足りていません。今回はオーソドックスに男性からの告白にしましょう。
では育良君、私たち三人に告白をして、好感度を上げてみてください。見事三人全員を育成、好感度を上げることができたら、ボーナスをあげましょう」
うーん、告白して好感度を上げる育成か。
つまり、今回のシチュエーションに一番近いゲームは『ギャルゲー』ということになる。
僕からしたら、ギャルゲーも育成ゲームの一つだ。
好感度を上げ信頼度を深めていく様は、RPGのレベル上げに近しい。
問題は誰を最初に攻略、育成するかだけど、今までの経験上、三人とも強敵であることは間違いない。
鏡は、普段から何を考えているのか分からない異端児だし、考えがまるで読めない。
これまでに何度かは育成には成功したけど、それも全て偶然に近い物ばかりだ。
幸い、鏡もそこそこなオタクなので僕と気が合うのが唯一の救いだった。
星那に関しては逆に、僕のことを心底嫌っていた。
星5SSR美少女になるために、仕方なくシミュレーションをやっている感じが、嫌でも伝わってきて、一番育成が進んでいなかった。
まあ、でも好きでもない相手とこんなことをするのは嫌だと思う気持ちは分かる。
そして最後に結衣だが、彼女は頭の回転が速く、小手先だけでは全く歯が立たない。
三人の中で一番僕に協力的ではあるけど、それはあくまでも目的が同じだけで、親しみからきている行動じゃない。
結衣は僕に対して、全く心を開いていないんだ。
これまでの育成でも、僕が一番育成手こずっているのは発案者である彼女自身だった。
僕の見立てだけど、どうやら結衣は『感情』という物をよく理解出来ていない節がある。
それ故にきっと、好きでもない相手だろうと関係なくこんなことができるんだろうと思った。
その強敵三人の中から、僕が最初に選んだのは――、
「……めんど」
「僕もそう思う」
「はいはい。育良君も鏡ちゃんも、しっかりとやってくださいよ」
僕がトップバッターに選んだのは、灰被鏡。
椅子の上にお腹を置いて、ぐぅでぇと虚ろな目をしながら、タブレットになんかを描いている。
以前どうしても気になって一度だけ、描いているものを見せてもらったことがあるが、ぐっちゃぐちゃで何が描いているのか分からなかった。
鏡曰く、「あーと」、「おとんとおかんならわかる」と言っていたけど、僕の中ではますます彼女たちの両親の謎が深まるばかりだった。
「鏡ちゃんを最初に選んだのは意外ですね。私たちですら行動パターンが読めないのに、どうするつもりですか?」
「逆だよ。告白なら、鏡が一番攻略、育成しやすい」
「はぁー、言うじゃん、
そんなことを言いつつも、鏡は僕のことなんて見ずに、今だ絵を描いている。
僕は彼女と目線が合うように腰を下ろし、こう告げた。
「鏡、君の一生は全て僕が世話するから、結婚してよ」
「おっけー」
「はやっ!?」
星那は驚愕の声が響いた。
「なるほど、鏡ちゃんは彼女の母親と同じ廃課金系美少女。人生そのものを課金を促せば首を縦に振ると考えたわけですね」
「言っている言葉の意味はよく分からないけど、そうだよ。面倒くさがり屋の鏡なら、お世話を餌に釣れば、話しに乗ってくると思ったんだよ」
いくら考えが読めないといっても、行動やキャラクター性を理解していれば、どこがツボなのかは分かる。
鏡は特にキャラが強いから、その点においてとても分かりやすかったと言える。
「おらぁ、育坊。告白したんだからちゃんと責任持てよなぁ……おぃ? お前は今日からうちの旦那なんだから、まずは生クリーム入りあんパン買ってこいやぁ……」
「シミュレーションだって分かっているだろ、本気じゃない。というか、鏡と結婚なんて、考えただけでぞっとするよ……」
鏡の駄目人間ぷりは、歩くのすら拒否するレベル。
本当に結婚なんてするハメになったら、男女の付き合いなんて甘い物じゃなく、介護と言うなの悲しい現実を味わうハメとなるだろう。
「鏡ちゃん、さっきの告白で『愛』は感じられましたか? 何かときめきました? 属に言う、『キュン』とか『トクン』的なのきましたか?」
「おお、したした。したから早く、生クリーム入りあんパンとコーヒー牛乳とプリペイドカード一万円分買ってこいやぁ、
鏡は、旦那の金で豪遊する駄目妻みたいなことを言ってきた。
それはもう夫婦の会話じゃ無い。使いっ走りに言う台詞だ。
ただ、プリペイドカードに関しては僕も欲しいから、後でコンビニに連れて行ってやることにしよう。
「では、鏡ちゃんの育成はこれでクリアですね。幸先がいいですね、育良君」
「あれで告白が成立したと思っているんだから、結衣も結構ズレてるよね……」
「それについてだけはアンタに共感するわ、本当……」
「ん? どうしましたか?」
さて、結衣が鏡の育成が大丈夫だったと勘違いしている隙に、次の相手を選ぶとしよう。
「それじゃあ次は……星那かな」
「うげぇ……っ」
突然劇物でも口に入れられたように、星那はあからさまに顔を引きつらせていた。
そんな顔をするなよ。僕は毎回その顔見る度に傷ついてるんだからな?
「知らないわよそんなこと。だって、本当に嫌なんだから。てかマジで無理、生理的に嫌」
真顔で言われる拒絶の数々は、胸がえぐれる……てか、泣きそう……。今日、もう帰ろうかな……。
「結衣、もうこんなことやめましょう? こんなバカみたいなことしても、お母様たちみたいな星5SSR美少女にはなれないわよ」
お、星那が珍しくまともなことを言い出したぞ。
「でも、最初に星5SSR美少女になりたいと言ったのは、星那ちゃんですよ? 他に何か方法があるんですか?」
「ええ、勿論よ! これ以外にも私たちが成長する方法はあるわ!」
そうだ、言ってやれ星那!
そして僕をこの育成地獄から解放してくれ!
「それはズバリ、努力!」
ん?
「私たちの苦手なものを克服していけば、必ずお母様たちのような立派な星5SSR美少女になれるはずよ!」
「はい、却下でーす♡」
「なんでよ!?」
結衣は優しい口調で、星那の意見をバッサリと切った。
「あまりにも非効率的ですよ、星那ちゃん。苦手な分野を克服するよりも、得意な分野を極めた方がいいのは、様々な書籍でも証明されています。
それに『愛』の力さえ手に入れば、それらの苦手分野にも十分にカバーできるんですよ。なら必然的に、このシミュレーションをやるのが一番効率がいいんですよ。何か反論があるのなら聞きましょう。私は全てにおいて解答を用意していますので」
「うぅ……ありません……」
先ほどまで威勢の良かった星那はすっかりと縮こまっていた。
うん、僕も流石に努力ではどうにもならないと思う。
後、前々から思っていたが、星那メンタルクソ雑魚過ぎるだろ。
「それじゃあ、育良君。始めてください」
うなだれる星那を余所に、結衣はクエスト開始の宣言をした。
「分かったよ。と言っても、星那を告白で堕とす……か」
選んだはいいものの、正直手段が思いついていない。
結衣を選ばなかったのは、彼女がこのシミュレーションにおいて最難関だと判断したからだ。
星那は結衣よりも感情が豊かな分マシだと言えるけど、僕に対しての好感度は最悪。
さて、どう
「くっ……! この星4SSR美少女である私が、アンタみたいな冴えない男子学生に屈指はしないっ!」
「開始と同時に負けフラグを立てるなよ……」
迷っていても仕方がない。
駄目で元々だ、軽いジャブから攻めるとしよう。
「えっと……星那、好きだ。僕と付き合ってくれ」
「はっ、お断りよ! お父様と同じ顔に整形してから出直してらっしゃい!」
えぇ……怖いよぉ、このファザコン美少女……。
付き合う条件の最低ラインが整形手術とか、ハードルが高すぎる……。月までぶっ飛ぶ衝撃だ。
「星那! 君無しじゃ生きられない!」
「ならくたばれば」
「好きだ好き! とにかく好き!」
「無駄よ! 無駄無駄無駄無駄!」
その後も、壁ドンだったり、土下座だったり、様々な方法を使って星那に告白したが、星那がときめくことはなかった。
予想通りといえば予想通り。
正攻法では星那を攻略することはできない……しかし、いつまでも時間をかけるわけにはいかない。
僕は空き教室の時計を見て、時間を確認する。
シミュレーションを開始して、既に四十分。
もうすぐ、『シンデレラアーマーズ』のスタミナが満タンに回復する頃だ。
早くこの茶番を終わらせないと、その分のスタミナを無駄にしてしまう……っ!
けど、僕には星那を育成する手段が全く見つからない……っ!!
「お困りのようですね、育良君」
その時、結衣が声をかけたきた。
「確かに星那ちゃんの両親好き、特にはファザコン具合は重傷レベルです。そこで私がちょっとしたサポートをしましょう。よいしょ」
「ちょっと結衣! 何するの!?」
結衣は星那にアイマスクとワイヤレスヘッドホンを被せて、扉のカバーが付いた自分のスマートフォンを取り出した。
「では、再生っと」
「何を聞かせようとして……こ、この声、お父様っ!!」
結衣の再生した何かを聞いて、星那の口元がとろけるように崩れた。
それからというもの、その言動は、先ほど僕に向けられていたものとは比べものにならないくらい、甘く幼いものに変わっていく。
「そ、そんなに褒めないでくださいお父様……は、恥ずかしいです……っ」
「ええ!? そ、そんなこと言われても……お父様にはお母様がいて……い、いえ! そんな! い、嫌なんかじゃありませんよっ!? 是非しましょう! 二人だけで一緒にッ!!」
「えへへぇ……! パパ ぱぱぁ!!」
なんだろ……この見てはいけないものを見せられている感は……。
「結衣、星那に一体何を聞かせたんだ?」
「私特製、『お父さん合成ボイス催眠CD【星那ちゃん編】』ですよ。こんな時のために用意しておいたのが役に立ちましたね」
「役に立ったというか、とんでもない醜態を晒してるんだけど……」
「星那ちゃんは良くも悪くも思い込みが激しいですから、視覚と聴覚を遮ればすぐに自分の世界に入り込んじゃうんですよ。そこを狙います」
「というと?」
「今の星那ちゃんの好感度状態は、お父さんレベルまで上昇しています。そこに育良君が介入すれば、刷り込み効果で好感度が上がるという計画ですよ」
いわゆる刷り込み効果というやつか。
理屈は分かったけど、本当に上手くいくのか?
「ぐだぐだ言ってないで、早く行ってきてください。ほら」
「わぁっ」
結衣の力強い手に押されて、僕は手をふわふわさせている星那の射程範囲内に入った。
星那の指が微かに僕の身体に当たったと同時に、星那はあれだけ嫌がっていた僕を両手で瞬時に掴み抱きしめてきた。
「えへへぇ……ぱぱぁ……すきぃ……結婚……結婚……っ!」
女の子に抱きしめられるなんて、本当なら嬉しい経験のはずだけど……今の星那の溶けきった顔を見ればそんな気持ちも湧かない。
というか、かなり気持ち悪かった……。
「結衣、僕良い夢を見てる人間を悪夢で起こすのはどうかと思うんだよ」
「大金は払っているんですから、ちょっとのことくらい我慢してください。いきますよ、せーの」
「ぱぱぁ…………ん?」
目隠しと、ヘッドホンを取り外された星那と僕の目があった。
「あ……ああぁ……ああああっ!!」
すると、星那の顔は烈火ごとく真っ赤に染まっていく。
「ああっ!!」
「げふぅっ!?」
星那の鋭い右ストレートが僕の腹を捉えた!
おそろしく早いパンチ、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。
なんて言っている場合じゃない……ものお腹すごく痛い……トイレ行きたい……。
「あああっ! アンタ何どさくさに紛れてなに私に抱きついてるのよっ!? ふざけんじゃないわよ! 本当最低!! 私に抱きついていいのはお父様とお母様だけなんだかね!!」
酷く動揺した星那は千鳥足で後ろに下がり、その先にあった物と激突した。
その瞬間、僕らは息を呑んだ。
「っ、危ない星那ちゃん!」
「へっ……?」
結衣の叫びに、星那はようやく我を取り戻し振り返った先には、積み上げられていた机と椅子。
それが崩れ去り、星那に落下する!
「きゃっ!?」
「くっ!」
腹に激痛を感じつつ、僕は駆けた。
手に掴んだのは、近くにあった椅子。
それを盾にし、落下する机や椅子にぶつける。
ガシャガシャガシャン! と、金属と木が激しくぶつかり合う音がひしめき合い、強い衝撃が僕の手を振り回す。
崩落の音はようやく止んで、背後に下げた星那を確認することができた。
どうやら無傷のようで、僕はほっと息を撫で下ろす。
「大丈夫か、星那」
「え、あ、うん……」
僕の差し出した手に、星那はえらく素直に掴み立ち上がった。
星那はそのまま僕の顔をじっと見て……そして突然、顔を赤くしてキレ始めた。
「あ、あ、あ! ありがとうて言ってるのよっ!!」
「お礼言うときくらい怒らないでほしいんだけどな……」
そんなにバンバン背中を叩かないでほしい。
さっき腹パンされたところに響いて痛い……。
「星那ちゃん大丈夫ですか!? 怪我は? 何処も痛みませんかっ!?」
「平気よ、結衣。ちょっと足を挫いただけ」
「よかったぁ……ありがとうございます。育良君、星那ちゃんを助けてくれて」
「そう言うなら、もうあんな作戦はやめてくれよ……また、物理攻撃を受けるなんて嫌だからね、僕は……」
「少々、手違いをしたとことは認めましょう。反省し、次に生かします」
結衣は持っていたスマートフォンを操作し、そのことをメモしたようだ。
結衣は大切なことを毎回こうしてメモにして残しているらしい。それほどに今の件は彼女にとって堪えたんだろう。
「それで、星那はいつまでそうやって僕の背中を叩いてるつもりなんだよ……」
「うるさいわね! 知らないわよ! アンタなんて! アンタなんて!」
星那は今だずっと、赤面してそっぽを向きながら僕の背中を軽く叩き続けていた。
やはり、星那は何があっても僕のことが嫌いらしい。
「違いますよ、育良君。これは星那ちゃんの照れ隠――」
「違う! 違うから! 私はお父様一筋だから!」
「あっそ、とにかく星那はこれでいいの? 結衣」
「ええ、星那ちゃんもさっきのやりとりでときめいたでしょうから、育成完了でいいですよ」
「ときめいてないから!! これはただお礼怒りなだけだから!」
テンパりすぎておかしな用語が飛び出しているが、まあいいや。
これで星那と鏡は育成が出来た。
残るは――、
「さぁ、育良君。残るは私だけです。あなたがどんな手を使って私を育成してくれるのか、とても興味があります。楽しみですよ、本当」
結衣は笑う。
お決まりの笑みで。
張り付いた笑みで。
嘘のような笑みで。
心底、おかしそうに僕をあざ笑う。
無生三姉妹参謀・緩木結衣。
彼女が、三人の中で最も厄介な強敵だ。
頭も切れて完全無欠。弱点などない。
欠点の一つさえなく、いつも余裕の笑みを浮かべている。
そんな彼女を、どうときめかせればいいんだ……?
「迷っていますね、育良君。このまま何もしないつもりなんですか? あなたの育成する能力はその程度のものだったんですか? だとしたら、心底がっかりですよ」
「は、はは……っ!」
僕が思わずこぼした笑い声に、結衣の笑ったまま眉を一瞬だけピクリと動かした。
「――何を笑っているんですか?」
「ああ、ごめん。結衣があまりにも強敵すぎるから、嬉しくなったんだよ」
結衣は確かに強敵だ。
ゲームキャラクターなら必ず決められた育成方法があるが、彼女は生きた人間。
育成する方法は無数に存在する。
そんなあまりにも無条件なこのクエストに、僕は思わず胸が高鳴った。
「やっぱり面白いよ、君たち三人の育成は……! これまでやったどのゲームよりもやりがいを感じる!」
「それでこそ、この私が選んだ人生廃課金育成主義者ですよ。では、育良君。この私に育成しなさい」
結衣の誘いに、僕は全力で乗る。
考えろ、僕はこれまでにどんなゲームキャラでも育てた。ギャルゲーだろうとなんだろうと、全ての女の子の好感度も上げきってきた!
いくら時間が掛かっても、この僕に育成できないキャラはいなかった!
なら結衣に関しても、育成できないはずはない!
何かないか……弱点のない無敵キャラでもレベルを上げられる方法は……?
好感度を上げれる方法は……!
待てよ……弱点がない……つまり完璧ということはあの要素が足りていないてことじゃないか! それなら!
直感に従い、僕が結衣に放った一手。
それは、
「頭を撫でる。ですか」
僕は結衣の頭を撫でる。優しく丁寧に、彼女の頭を撫でる。
しかし、結衣の表情には、好意も嫌悪も感じられず、以前飄々としていた。
「優しくする作戦を選んだというわけですね。ですが、少々お粗末です。それくらいでは、私はなんとも思いませんよ」
確かに結衣ならこのくらいでは動揺したりなどしないし、何の感情も抱かないだろう。
だから、僕はこれに更なる言葉を付け加えた。
「結衣、結衣は本当に偉いよ。二人のことをいつも気にして頑張ってる。尊敬するよ、だから、僕にくらいは甘えてよ」
「……え?」
僕の言葉を聞いた途端、あれだけ表情を崩さなかった結衣の顔がぐらついた。
やっぱりだ。
結衣の急所が分かったぞ!
「結衣はいつも星那と鏡の世話をしてすごいよ。家でもそうやって完璧だって星那や鏡から聞いたよ、本当に偉い。同い年なのにそんなに頑張れるなんてすごいよ」
「い、育良君……? な、何を言っているんですか……? 別に私は当然のことをしてるだけで偉くなんか……」
「そんなことない。結衣がいるから、みんな助かってるんだよ。えらいよ。だから甘えていいんだよ」
「育良君……」
結衣の張り付いた笑顔が剥がれ、すっかりと柔らかいものに変わっていた。
これまで三人と接してきて分かったが、結衣は三人のまとめ役。リーダー的存在だ。
毎回何かしらのピンチに陥ったとしても、必ず結衣が解決策を用意している。先の先まで読んで対策を練っている。
結衣は本当に完璧だ。
頭の回転も早く、とても大人びていてる。
同じ高校生とは思えない位にハイスペックだ。
百人中百人が結衣のことをすごいと思い、そして完璧な存在だと思うだろう。
弱点はない。
だが、そこが結衣の弱みでもある。
結衣の弱み、それは――甘えさせること。
属に言う『オギャる』ことだ。
つまり、この僕自身がママになることだったんだ!
結衣が今まで経験をしたことがないカウンターパンチをくらわせれば、勝機はある。
僕はそう考えた。
その予測は、どうやら見事に当たったらしい。
今だけは結衣の笑みが、作られた表情じゃなくて自然なものに見えた気がした。
「鏡はともかく、私そんなに結衣に迷惑かけてたのかしら……?」
「なっかーま、せなちん」
「その変な呼び方で呼ぶなって何度言ったら分かるのよ! 後、鏡はもう少し自分で出来ることを増やしなさいよ!」
「えぇ……めんどっちぃ……」
うん、毎日この二人と関わってたら、確かに疲れも貯まるよね……。
「っ……も、もう十分ですよ育良君……はい。大丈夫なのでもう、頭を撫でないでください……というか、近寄らないで……」
結衣は僕の手を恐れでもするかのように、離れていく。
いつもは明瞭な言葉使いで喋る彼女だが、この時ばかりは呂律がまわっていないようだった。
「なら、クリアてことでいいの?」
「は、はい……それでいいです……。い、育良君、顔を近づけてこないでくださいっ、セクハラで訴えますよ」
結衣の反応があまりにも面白かったので、遊んでいたら危うく訴えかけられたの顔を引っ込める。結衣ならやりかねない。
結衣は僕から一定の距離を置くと、胸に手を置いて何度か息を整えた。
「ふぅー、ふぅー……私としたことが、少々取り乱してしまったようですね」
結衣の顔は、再び張り付いた笑みに戻っていたが、心なしか口元の笑みは深まって見えた。
「なかなかやりますね、育良君。今回に関しては全員育成クリアです。おめでとうございます。約束通りボーナスをあげるとしましょう」
「本当に!?」
やったー! これでまた今月も課金ができるぞ!
後で鏡を背負ってコンビニに行こうっと!
「おっと、もうこんな時間ですか。そろそろ行きましょうか、星那ちゃん、鏡ちゃん」
「ああ、そうね。待ってて、今準備するから」
「おんぶプリーズ」
結衣も星那も鏡も帰りの支度をし始めた。
まるで何処かに行くみたいだ。
「何かこれから用事でもあるの?」
「今から依頼人に会ってくるんですよ。どうも恋愛関係のもつれをどうにかしてほしいとかで」
「え、今から?」
時刻は既に五時をまわっているのに、今からお悩み相談に行くとか……本人たちがやりたくてやっていることだけど、毎度の事ながらすごいと思う。
その点に関しては、僕は本当に三人のことを尊敬していた。
僕のことで精一杯だ。
誰かを助けることなんてできない。
「そうでもないですよ。少なくても、育良君は私たちの役に立ってはいますよ。だから明日も一緒に、育成に励みましょうね」
「アンタ勘違いするんじゃないわよ? 明日は今日みたいにはならないから」
「ばいびー、育坊ー。また後でゲームで会おうぜー」
無生三姉妹はそれぞれの言葉を残し、空き教室から去って行った。
僕はこれからもあの三人が『愛』の力なんて物を手に入れたと感じるまで、育成というなの恋愛ごっこを繰り返すのだろ。
「と言っても、あの様子だと、まだまだ前途だよなぁ……」
彼女たちが星5SSR美少女になる日はまだまだ先が長そうだ。
その事実に僕は溜息が出たが、悪くないゲームだとも思った。
星4SRランク美少女が、育成中毒な僕にメチャクチャ愛の種火を求めてきます 黒鉄メイド @4696maidsama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます