第4話

 雲が少なく、月が煌々と輝く夏の夜。

 海を見渡せるテラスにての月見の茶会。

 テーブルを囲むのは僕と旭と満月の三人。

 海を三人で眺められるようにされたテーブル、そこに設えられた椅子に僕はついている。

 満月と旭に挟まれるように。

 オッサン2人に挟まれた酒の席よりましだが、これはこれで居心地が悪い。

 羨ましいと思う人もいるだろう。

 いや、みんな思うだろう。

 しかし、2人が息ピッタリのタイミングで体を寄せてきて、

「「今夜は月が綺麗だね。」」

 って言ってきたら。

 僕だってこれがただのラブコメだったら嬉しい話だ。

 だがこれはラブコメでは終わらない話なのだ。

 僕がいくら過程をラブコメとして楽しむと決めても、このエンディングはどちらか一方を殺さなきゃならない筋書きなのだ。


 「運命に抗う道を選べばいい。」それができたらやっている。

 それができなかったから――――


「「今夜は死ぬにはいい日だ。」」

 二人が左右から僕の体に寄りかかって囁きかけてくる。

 この別荘は町から離れた場所にある。

 だから星が良く見える。

 満天の星空と月あかり、凪の海に映る幻想。

 僕たちの前に置かれた紅茶は湯気を立てている、入れたてのお茶である。

 この別荘には深夜であっても警備をはじめ幾人の人が働いている。

 しかし、今この時には世界に僕たち三人しかいないのではないかと思ってしまう。

「こんな時間がいつまでも続けばいいのに。」

 その僕のつぶやきを左右の二人は許してくれない。

 言葉にはしない抗議、つまり行動によるもの。

 具体的には左右から僕の腕を掴んで力を加えてくるのである。

 「この胸は挟むにはいい谷間だ。」なぁんて、思っていたら。

 左右からがっちりと腕を決められた状態で引っ張られた。

 さながら、大岡裁きのごとく腕を引かれるありさまである。

 しかし僕は2人の子供というわけでは無い。

 恋人というわけでもない。

 ――――――――――――――。

 しかし、婚姻届けを預けているならそれは実質婚約者なのでは、と思ってみたりもする。

 両手の華。ではあるがこれは二股を許してくれないことを前提にしているもの、つまり修羅場である。

  僕はどちらかを選ばなきゃいけない。

 好きな方を選んで―――殺さなきゃいけない。

 文字通りの修羅場である。

 しかし、ここには名奉行「大岡 忠相」通称「大岡 越前」はいないわけで、つまり、僕の悩みをかっこよく解決してはくれないのだ。


「なぁ、二人に聞きたいことがあるんだが。」

「なんだ?」

「なにかな?」

「なんで二人ともノーブラなの?」

「――――――――――――。」

「――――――――――――――――――――。」

「はい、すみません。聞いてはいけないことですよね。真面目に行きます。」


「…2人はもし僕に出会わなければ、―――鬼の居ない世界ならば将来何になりたかった。」

 いじましくも、意気地のないにもほどがある僕はそれを聞かずにはいられない。

「「それなら―――」」

 勢いよく答えようとする2人はハモったことで互いの顔を見つめ合ってから、

「満月からどうぞ…。」

「旭ちゃんこそ先にどうぞ…。」

「いやいやいや、満月こそ先に行くべきだろ。」

「いえいえいえ、旭ちゃんこそどうぞお先に。」

「そっかー、そこまで言うなら仕方ないなぁ。折角満月にチャンスを上げようと先手を譲ろうとして挙げたのに。仕方ないから私が先に――――」

「ちょぉーと、待ってくれるかなぁ。なに?旭ちゃん私のこと舐めてんの?憐れんで情けなんか書けようとしてんのかな。いいですよ、えぇ、えぇ。それならば私の方が先にやらせてもらいましょうか。」

「いやいや、私が先だろう。」

「いえいえ、私こそが先ですよ。」

「私が先だ。」

「私が先です。

「わ・た・し・だ。」

「わ・た・し・で・す。」

「………………………………。」

「………………………………。」

 今しがた自分が先だと角を突き合わせていた2人が僕のことをじっと見つめてくる。

「……いいだだろう、じゃぁ僕が先だ。」


「「どうぞどうぞどうぞ。」」


「何でだよ!―――このくだり必要か。」

「いやぁ、お約束って言うか?」

「段取りもなしに2人同時に聞かれたらねぇ?」


「「ギャグに走りたくなるじゃん。」」


「理不尽。段取り悪い僕が悪いのは認めるけど、もう少し空気を呼んでよ。ムードもロマンチックの欠片もなくなったよ。」

「おいおい仁、私達のことを解ってないなぁ。」

「そうだよ。」


「「そもそも、ムードもロマンチックもわからない。」」


「それ男のセリフ。」

「そう言うのは男の子の仁君が私たちをエスコートしようとしてから言ってほしいなぁ。」

「すんません。」

「あぁん、そんなんで誤魔化せると思ってんのか。」

「そうだよぉ。女の子にもメンツってのがあるんだよ。」

 なぜか左右からすごまれる。そこまで怒られることでしょうか。

「おうおうおう、仁君は私達の事をわかっていないようだねぇ。」

「なぁ仁、言っとくが女の子がみんな女心が分かるなんて思ってもらっちゃこまるんだよ。…わかる?」

「女の子の中身に夢なんか見られたこっちも困るんですよぉ~。」

「なぁなぁ、聞こえてますか~。仁~ん~。」

「ねえねえ。」

「なあなあ。」

「ねえねえ。」

「なあなあ。」

「ねえねえ。」

「なあなあ。」

 左右からステレオで迫って来る2人は僕を掴む腕に加える力を少しづつ増やしながら下から顔を舐め上げるように近づいてきて左右から頬を挟み込むように――――――――――――――――――――キスをして来た。


「……ってやっぱダチョウかよ!」

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