第5話

  季節は夏である。


 武士の士官学校は筆記による一次試験が一般の学校と同じ時期に行われる、それに受かった者が次の二次試験に挑むことができる。

 その二次試験は実技試験となり、これがサバイバル環境下で特定のミッションを一定期間内にクリアできなければならない。

 その期間が8月の終わりまでであり、二次試験の結果が出た後の9月の半ばになってから一学期が始まるのが武士の士官学校である。

 その為に、二次試験を早くクリアできた者は一学期が始まる前に夏休みを満喫できるわけだ。

 そして、僕はその二次試験を8月前にクリアできたのでその報告を母の墓前に、そしてお世話になった親父の実家にする為に、妹と二人で来ていたのである。


 余談ではあるが、僕の二次試験の準備の手伝いに来ていた妹の蒼が僕の師匠の紹介状を持ってきており、これにより特別に試験に参加した挙句に合格してしまった。

 蒼は白兵戦のスキルと戦闘用の魔術を使いこなして、将来を有望視され飛び級で僕と一緒に入学が決まっている。

 いつの間にそんな技術を―――と言いたいところだが、そこは絶対に師匠が噛んでいるのであきらめるしかない。


 まぁ、前置きはこの辺でいいだろう。

 季節は夏、そして自由気ままな休み。

 と、くれば―――


「海だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」


 の掛け声と共にポーンと僕は海に放りこまれた。

「がぼごぼがおぼぼぼぼぉぉぉぉぉ。」


 夏とくれば、”海”。

 海とくれば―――、の典型的な風物詩、ではあるのだが。

「こらぁー、旭、なんでいきなり防波堤の上から海に放り込まれなきゃならないんだ。」

 海面に顔を出した僕は5メートぐらいの高さはある防波堤の上に居る旭に文句を言う。

「仁、君に告げる、我々はこれよりあのビーチにベースを築く。」

 旭の指さす方を見れば、直線距離にして1キロ弱の先に観光地の典型みたいな浜辺が見える。

「貴君にはこれより自力で目的地にたどり着いてもらう。」

 泳いで渡れと?

 この河口を挟んだ対岸の浜辺まで泳いで渡れと言っているのか。

 足元は何メートルあるのか分からないくらい深い海で、向こう岸との間にはよく聞く離岸流とは違うのだろうが川から沖に向かって水の流れがあるはずである。

「手段は問わない、貴君の健闘を祈る。」

 そう言って旭は先ほどまで僕も乗っていた車に乗り込んだ後、走り去ってしまった。

 鬼か!とかフザケンナ!って叫んでやりたいところだが、そんな余裕は今の僕にはない。

 夏場とあって短パンにTシャツだったとはいえ、水着でない着の身着のままで海に放り困らてたのだ。

 目の前には垂直にも等しいコンクリの壁。

 むしろ反り返っているようにも見える。

 ここをよじ登るのは無理だろう。

 ならば泳ぐしかないのだろう。


 旭がなんでこんな凶行に出たかというと、昨日風呂から上がった後も僕が二人の告白から逃げていたから。

 しかも蒼から最近やたら暗いけど、それに輪をかけて暗いよ。

 てなわけで、「海に行こぉう。」の掛け声とともに朝の早うから起こされて車で拉致られた。

 どうやら前日から計画を立てた上の行動らしく、入念な準備がされたうえで海に連れてこられた僕は、―――

 旭の手によって容赦なく海に放りこまれたのである。



 とある海辺に昼間っから酒を飲みながら釣り糸を垂らしていた男がいた。

 この男が釣れた魚を脇にある海水の入ったバケツに移していた時である。

 今日の釣果はなかなかのもので、男は機嫌よく鼻歌なんかを謡いながら釣った魚を眺めては、さて、っと続いて釣り糸を垂らそうと海を見た時に気が付いた。

 コンクリート製の足場の淵をがっしりと掴む一つの人間の手を。


「……はっ?」


 男があっけにとられてる中、バシャリと水のはねる音がすると、もう一つ人間の腕が現れて足場をがっしりと掴む。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



「とりあえず飲めや兄ちゃん。」

「いや、なんでいきなり。」

「いいから飲め、飲んどけや。」

 僕が必死の思いで陸に上がったら、そこには一人の男がへたり込んでいた。

 最初はやたらとびびられて文句を言われたのだが、僕が事情を話すと酒を勧められた。

 何でもこのあたりの海には土座衛門が良く流れ着くそうな。

 心中した者も多いが、痴情のもつれで海に突き落とされた者なんかも多いとかなんとか。

 そうすると昼間にもかかわらずびびられたのがよくわかる。

 実際は違う(違うと思いたい。思いたいけど僕たちの事情を考えればあり得ることだと思える。)とは言え、彼からしたら同情は禁じ得ないのだろう。

 実際、もし僕が当事者でなく第三者であってなら、その人には同情して何か慰めてやりたくなるものだ。

 その後僕は彼の勧めるままに酒をちびちびやりながら、彼の持っていた予備の釣り竿で……海釣りに付き合わせてもらった。

「………………」

「………………」

 お互いほとんど無言だったのだが、どちらかが釣れた時に何となくで話をしたりしていた。

 それで分かったことなのだ、彼の名前は仙洞寺せんとうじ 節儀ふしぎと言うらしい。

「名前の由来は物事の節目を大切にするようにってつけられたらしいし、俺も悪くはないと思っている、が、あだ名が不思議ちゃんになるのは避けられないんだよ。」

「いいじゃないか。僕なんて呼びやすいというだけで仁に決められたんだぞ。」

 他にも彼も武士の士官学校の試験に受かっており、来月には同じ学校の仲間になることが分かった。

「………………」

「………………」

「実は俺坊主なんだ。」

「結構釣れてるのにか。」

「そっちじゃなくて、実家が寺なんだよ。」

「あぁ、そっちか。」

「それでな、お前の話を聞いてお節介かもしれないけど一つ助言をしておこうと思ってな。」

 それは聞いておいた方がいいだろう、僕の周りにそういう相談に適した人がいない中、曲がりなりにもお坊さんに出会って助言をもらえるのは僥倖と言えるものなのだから。

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