第3話
僕たちが住む屋敷にソイツは野良犬みたいにのっそりと現れた。
そう、僕と母さんを捨てて消えた男が突然現れたのだ。
コイツとの思い出など母さんが殴られるか、僕が殴られるかしかない。ソレイガイニオモイダセルモノガナイ。
「ねぇ仁~~~、お前今美味しい思いしてぇんだぁろう。俺様にもちぃぃ~~とばっかし恵んでくれよぉぉ。」
そうか、としか僕は思えなかった。
コイツに恵んでやるものなど一つしかない。
僕は座敷に戻ると件の神剣を腰に差してとある物を右手に持って父親だったもの前に出た。
「なんだぁ、ビール一本かよ。」
「……母さんは今年死んだ。」
「はぁ、それがどぉした。そんなことよぉり、ほかにもってくるものがあるだろぉう。」
「――――――――――――――――――」
僕は右手に持っていた瓶をそいつに投げ与えた。
と同時に左手で刀の鯉口を握りこむ。
の一寸前に上半身の重さを背筋を伸ばしたまま足腰に伝える、右半身を左半身にぶつけるように体をねじる、加えて上半身の重さと力を左足に向かって撃ちだす。
この力に対して両足は
さすれば2つの力は左腰でぶつかり一つの大きな力となる。これを逃がさないようにしながら左半身で前方に打ち出す。分かりやすく言うとボディーブローのようにだ。
この結果腰の力は逃げ場を求めて腰に差した刀の
進行方向は鞘の握り込みの時に調整するものだが、これは慣れか勘に頼るものである。
最後に、撃ちだした刀身の頭で相手を打つのも一手ではあるが、右手を力を抜いて柄に添えておき、切っ先が鞘から抜ける際に右手を握れば、さらに言えば小指を手前に、親指を奥に進ませるように握りながら腕を振りぬけば、点から線、線から円と動きを変えた力はてこの原理も相まって絶大となる。
もし、その手にする得物が業物ならば―――斬鉄も叶うものなり。
それは一瞬のことだった。
神剣を振った自分の行動もそうだが、その際に脳裏をよぎった師匠の教えの術理も一瞬で過ぎ去った。
師匠はしょせん自分は独学のモノマネしいのなんちゃってだ、と言っていたが。
僕の放った一閃は自分のことながら見事なものだった。
宙を舞っていたビール瓶に、フッ、と一線が走った。
その後に、キャッン!と高い音が鳴って瓶の中にあったビールが父親だった男にぶちまけられる。
瓶は綺麗に真っ二つに切り裂かれており、クルクルと宙を舞いながら地面に落ちていく。
がしゃんと、音を立てて瓶が割れるのをしり目に俺はずぶぬれになった男のアゴ先に刀の切っ先を突き付ける。
「テメェが消えた日に、母さんが買ってきていた最後の酒だ。よぉく味わいやがれ。」
「―――――っ、ガキがなめんじゃぁ―――
チャキッ
「オレがてめえにかけてやれる情けはこれくらいだ。」
僕が突き付けていた刃を持ち上げる。
一度自分の顔の右側に持ってきた刀身の柄頭の組みひもの出っ張りに、左手の親指と人差し指で作った輪っかを内側からひっかけて、柄頭を左手で握り込んでから両腕を頭の上にかかげる。
ここから刀を振り下ろす際、体の軸はそのままに、左手は左腰から後ろに抜けるように引きながら右手は奥へと押し込むようにする、さすれば頭蓋をカチ割るのに効果的なのである。
つまり、オレがコイツにかける情けは容赦なししかありえないのだ。
「おいちょっと待てよ。俺様はテメェの父親だぞ……」
「―――――――――――――――――――――――――――――――」
「まじかよぉ、冗談だろぉ、まっ、待って……」
「――――――――――――――――――――――――――――フッ、」
「ひいゃぁぁぁぁ、たす、助けてくれぇぇぇ。」
父親だった男は這う這うの体で逃げ出すと屋敷の使用人たちに取り囲まれて連れていかれた。
「―――ッフーーーー。」
それを確かめてから長くゆっくりと息を吐き出して、本来のボクに戻していく。
「フォグ!」
「ほれ、メロンバー。」
気を抜いたところでいきなり冷たいものを口に突っ込まれたのでびっくりして心臓が止まるかと思った。
「熱いお茶も用意してあるよ。」
振り返ってみれば旭と満月の二人がいた。
旭は僕の背後からアイスバーを突っ込んでくれて、満月は縁側に座ってお茶を注いでくれている。
「…………」
「あっ、スイカのほうが良かった、と言ってももうないぞ。これは私のだからな。」
「ごめんね、私も食べちゃった。」
「今のずっと見てたのかよ。」
「当たり前だろ。」
「モチのロンだよ。」
この二人ときたら人斬りがあるような場面を湯のみ片手に眺めていたとは、いやはや肝っ玉の据わったものだ。
こちとら手に汗握る緊張の場面だったのに、涼しい顔して流してくれちゃってまぁ、少しく憎らしいですよ。
この言葉でオレの中に残っていた残気が霧散していった。
あのクソ親人を切り殺したいと思う心が―――
「―――本当に切らなくて良かったのか。」
そう聞いてきた旭に僕はしっかりとうなずいた。
「こいつは、あんなクズを切るためものじゃない。」
僕は鞘に納めた神剣を頭上に掲げる。
「この刀、コイツで斬る者は―――贄殿遮那、コイツで……」
「ちがう。そいつの名前違う。しかもかなりまずい間違え方してるぞ。」
「そうだよ。そのこの名前は煮え殿ノ湯だよ。」
「それじゃ風呂じゃん。」
「そうだ、たしかバカ殿の湯だ。」
「だから風呂じゃん。」
僕はボケをかます満月と旭にツッコミを入れながら、少し救われていた。
正直、名前もうろ覚えな神剣ではあるが、これには僕たちの運命が掛かっている。
僕は近いうちにこの刀で、旭か満月のどちらかを斬らなければならないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます