フレイミーの回想と憤慨
あんなさえない男のどこが頼りになるというのか。
陛下……エイシアンム……エイムの人の見る目が衰えたわけでもないでしょうに!
あの人……エイムとは、小さい頃から一緒に遊んだ仲。
いえ。エイムの方が年上だから、遊んでもらったという方が正しい。
もちろん他の子も一緒だったけど。
王家高貴族学院に入学する前の、まだ五才くらいなら、エイムは年下の子達の面倒を見る立場で一緒に遊んでくれた。
年齢が十一才となる年になると、王家貴族学院初等部から中等部に進学になる。
でも、成長していくにつれ、私以外の女の子の友達は、エイムのお家……王家の権力と財力に目が眩む子が増えていった。
私はどうだったかというと……。
時は流れ、私達は中等部から高等部にあがった。
あれは確か、十六才くらいの頃だと思う。
「いつも女子にもてて羨ましい限りだ」
「僕らもあやかりたいものだね」
エイムは多くの人達から好かれていた。
学生からも先生からも、ひとつも彼の悪口を聞いたことはなかった。
そんな学生生活の中での一コマだった。
エイムは仲のいい学生たちから、そんなことを話しかけられていたようだった。
私は自分の席に座っていたけど、彼らはそんなに離れていない場所で集まっていた。
だから彼らの声は聞くともなしに入ってきた。
「でも、女子達はみんな、僕の家の財産とか私有地とか、そんな言葉が会話の端々に混ぜてくるんだ」
彼らに比べると、やや沈んだ声でエイムは答えた。
「……それはちょっと幻滅するな」
「考えすぎだって、そんなこと」
「そうそう。そういうことを考えるのは、まだ早すぎるんじゃないか?」
と、彼らはエイムを慰める。
しかしその慰めは的外れもいいところ。
エイムが抱えている悩みは、そんなところじゃない。
彼を慕う女子達も、彼を慰めようとする彼らも、エイムのことを全然分かっていない。
その証拠に、エイムの反応を確かめるためチラッと彼らの方を見ると、やはりエイムの表情は暗いまま。
……なぜそんなことを言えるのかって?
私は知っている。
あれは確か、初等部から中等部に上がったばかりの頃。
まだ子供だった私達は、いつものようにエイムと一緒に遊んでいた時のことだった。
「ねぇ、みんな。旗手って知ってる?」
「キシュ?」
「おれ、知ってるよ。別の世界からやってきた、魔物を倒す力を持つ人たちのことだよね」
「あたし達のこの世界を守るためにやってきたんだよね? かっこいいよね」
「あんな風になってみたいよなー」
エイムが切り出した旗手の話でみんなが盛り上がる。
けれど、エイムは浮かない表情のままだった。
私はそんな彼が気がかりだった。
みんながそれぞれの家に帰り始める頃に、私はエイムに聞いてみた。
旗手の話をみんながしてる時に、どうしてそんなに悲しそうにしてるの? と。
「……彼らは、この国、世界を救いに来た勇者なんかじゃないんだ」
「どういうこと?」
「別の世界の人達が、……歴代の国王や大司教らが開発した召喚魔法によって、特別な力を無理やり授けて、無理やりこの世界に引っ張り込まれた人達なんだ。だから、それぞれの世界では、普通に暮らしてた一般人なんだ」
私は耳を疑った。
てっきり、この国を救うためにやってきた人達だと思ってた。
「父上と他の……何人かの偉い人が話をしているが聞こえてきたんだ。その中身をまとめると、そういうことらしいんだ」
私は何も言葉が出なかった。
旗手について聞かされていた話と違っていたから。
それと……。
「彼らにも、日常はあったんだ。その日常を壊されて……壊したのは僕らで……」
苦しそうな顔をしながら、エイムは声を絞り出す。
「で……でも、それは、エイムお兄ちゃんのせいじゃ……」
私はそう言うのがやっとだった。
事実、エイムはその話を立ち聞きして知った、ただそれだけのこと。
けど、エイムにとってはそうではなく。
「旗手の人達にとっては、関係者ならみんな一緒に見えるよ。文句を言いたくなったら、関係者になら誰でもいいって思うはず。召喚魔法や使う事情を知らない僕にだって当てはまるよ、きっと」
こんなことをエイムは言った。
その話を聞いた私のそばには、一緒に遊んでいた子は他にいなかった。
だから、エイムの胸の内は、私だけが知っていた。
高等部の時に、彼の友人から
「そう言えばエイム、君はあんまり笑わなくなったね。大丈夫?」
そう言われたことがあった。
「この国を背負う後継者としての自覚が強まったってことなんじゃないか?」
「肩ひじ張りすぎるのも、良くないと思うよ? エイム」
多分彼らは彼らなりに労わりの気持ちを表したんだと思う。
けどエイムは、表向きはその思いを受け止めていたようだったけど、明らかに聞き流していた。
思い返せば、エイムはあの時から笑う回数が極端に減った気がする。
笑うことを許される立場じゃない、と言い聞かせてるのではないか、と思った。
エイムから聞かされた話は、もちろん口外しなかった。
だから、そうなった成り行きを知っているのも私だけ。
エイムは、どんなときに安らぎを感じられるようになるんだろう?
エイムは、どうしたら心から笑えるようになるんだろう?
エイムの伴侶の座を狙う同年代の同性の子が増えていく中、私はそのことだけを考えていた。
学業を終えると、私達貴族は公務に就くことが多い。
その前に私たち女学生は、王室に嫁ぐ希望者は将来の妃候補の名乗りを挙げる。
これは、王室の規則に則ったもので、立候補した者すべて、殿下、すなわちエイムと共に過ごす機会は平等に与えられる。
他の候補者は、エイムとどんな会話をしているのかは知らない。
私は、最初の機会が与えられた時は、異世界から召喚された騎手たちを憂いたことを話題に出した。
「……そんな昔のこと、よく覚えてたね」
「そりゃあ……うん……」
エイムは驚きの表情を隠さなかった。
そして、ちょっと嬉しそうな顔を見せてくれた。
王宮の中庭の、数多くの花に囲まれたテラスで向き合う私とエイム。
彼はその後、紅茶を一口、ゆっくりと飲んだ。
しかし、カップを置いた彼の表情は再び険しくなった。
「父上が、また召喚魔法を使おうとしてるらしい。……あ、いや、忘れてくれ。こんなこと部外者に言えることじゃない」
取り繕う彼。
けど、私は部外者と言われてショックだった。
でも、彼を心配する気持ちは変わらない。
「……愚痴を言える相手って、他に誰かいるの?」
「え? ……いや……だが、愚痴の相手になってくれるなんて人は……」
「相手が決まるまでなら、相手してもいいわよ?」
王家の一員になったら、聞いたこともない決まり事がたくさんあって、それに従わなきゃならない。
想像もしない役割を課せられて、何が何でもそれを果たさなければならない。
そんな立場になる。
けど、そんなことは一切頭の中にはなかった。
「そんな……」
「四六時中愚痴を聞かされるのは勘弁してほしいけど、こうして時々会う分には平気よ? それに他の子は、そんな役目引き受けさせられないでしょ」
「……すまない……」
畏れ多いけど、エイムの子供時代から知っている。
一緒に楽しく遊んだこともあった。
多くの子供は、私と同じ体験をしている。
けれど、苦悩するエイムを見るのは、私くらいじゃないだろうか。
この国の王の後継者として、弱いところは見せられない。
エイムにはそんな自覚があると思う。
でも、エイムにだって、悲しいと思う気持ちもあれば、楽しいと感じられる心もある。
だからこそ、安らぎを得る場所が必要だし、その役割を果たせるのは私だけ、と思った。
※※※※※ ※※※※※
エイムとの逢瀬を楽しんでばかり、というわけでもない。
学院を卒業した後、何人かの同期生と共に、エイム……王家の執務管理の仕事に就いた。
エイムの仕事の予定を立てることがあれば、彼になるべく負担をかけないようにできないか、と思ってのこと。
王家の公務は、どこかから依頼が来ることもあるし、王家や王家を含んだ関係者からのプランがこっちに持ち込まれることもある。
王家の公務の日程を検討し、予定表に入れていく。
そんな仕事を受け持ち、一年くらい経った頃だったと思う。
私は父からこんなことを言われた。
「フレイミー、話は聞いたぞ。一般事務から主任に昇格したらしいじゃないか」
「え? お父様の耳にも届いてたのですか?」
人事異動というには、私にはあまりに微細な出来事。
家族に報告するまでもない、と思っていた。
けれど父には結構重大な事だったらしい。
「今まで警備の者をつけていたが、これからはそうはいかない。学生の頃ならそうでもなかったが、責任ある立場になった以上、親衛隊をあてがうことにしよう」
「え?」
そんな大げさな、とも思った。
けど、私は一人娘。
そこまで私を大切にしてくれる親心、というものなんだろうか。
でも、いきなり二十人って、多すぎだと思う。
「みんな、ご苦労様。あぁ、そのまま仕事続けていいから」
「それはいいのですが……どんな御用でしょう?」
ここの責任者である執務室長が、殿下がここに来られた目的を尋ねた。
「……あぁ……。うん……。……こっちに、今回召喚された旗手の一人の手配書作成の仕事の予定を入れるように指示されてないか、と」
「え?」
殿下が重い口を開いた。
その内容は、誰もが想像もしないことだった。
魔物の泉、魔物の雪崩現象から生じる魔物達を屠る勇者、旗手の手配書となれば、その者を拘束するということ。
拘束後は厳罰が下されること間違いない。
下手をすれば極刑。
青天の霹靂だ。
「あの……殿下。そんな指示はまったく……。どこからの指示なんですか?」
室長がそれに答える。
しかし、冷静沈着な普段の態度が見られない。
それもそのはず。
王家の誰かが直接公務の問い合わせのために姿を見せるということはほとんどないから。
つまり、ただ事ではない事態。
しかし殿下……エイムは、室長の答えには焦燥の表情はみせるけど、室長の問いには答えず。
何でもない、と一言残し、退室していった。
その一件はその場で収まったが、翌日エイムから連絡があった。
次の休日、候補者の一人として会えないか、と。
※※※※※ ※※※※※
妃の候補者として会う場所は、王宮の中庭と決められている。
王家の人達からの監視を避けられるような場所で会うと、羽目を外すようなことをしでかす恐れがあるから、ということらしい。
いつものように真ん中のテラスで、エイムと向き合って座る。
座るなり、いきなり本題を切り出された。
「……父のことは尊敬している。一家の長として、一族の大黒柱として、一国の王として、外交における諸国に対する我が国の顔として」
切り出したというか、語りだした、という感じ。
私はそれを黙って聞く。
「けれど、今回の旗手の捕縛手配はあまりにも行き過ぎた。自分の気に食わない能力があり、それを嫌うだけならまだいい。けれど、その旗手はその能力を自ら選び取ったわけではないし、ましてやこちらの都合によって発動させた召喚魔法によって呼び寄せられた者。むしろこちらがお詫びしなければならない立場のはずだ」
苦悩するエイム。
しかし私は彼に、何もしてあげられない。
何の力にもなれない。
「公務管理室にも話を通していない。闇から闇へと葬るつもりでいるとしか考えられない。王室の暴走だ。このままではあらゆる者達から信頼を失うことになる……」
そんな私ができることと言えば……。
「……殿下……エイム。現国王が退位されたら、あなたが次期国王になるのよね……?」
「そりゃあ……あ……そうか……その手があるか。そのためには……うん。ありがとう、フレイミー!」
エイムは久々に明るい表情を見せた。
と思ったらすぐに席を立ち、どこかに行ってしまった。
私の返事に,彼の助けとなる何かがあったのだろうか……などと思ったりしたが、我に返るといたたまれなくなった。
王家とは血縁の繋がりのない私が、王宮の中庭に一人取り残されている事実。
私も慌ててその場から去ったけど、妃の候補者としての扱いではないのではないだろうか、と、この時ばかりはちょっと不満に感じてしまった。
※※※※※ ※※※※※
国王の交代の条件は、まずは交代される側とする側の意志の一致。
今のままでは父から託されることはない、との判断から、いろんな足掛かりとなる地盤固めを始めたようだった。
具体的にどんなことをしているかは聞けなかったけど、エイムの表情が次第に明るくなっているのは分かる。
けれど、私は何となく気持ちが収まらない。
「こないだ、初めて旗手と対面することができたんだ。ミナミ・アラタと名乗ってた。予見だったか、予知の旗手と言われてたな」
「随分うれしそうね」
「そりゃもちろん。少しだけだけど、心が晴れやかになった。父……国王に変わってお詫びしたい思いはずっとあったから」
妃候補者と会って会話を楽しんだりすることができるのは一か月に一度。
候補者の人数は減りはするけど増えはしない。
殿下のお相手となる方は、主に学友。
身元がしっかりしてるから。しかもそれが第一条件。
けど、月日が経つにつれ、その意思を撤回する者も現れる。
そんな候補者全員に、差別なく均等に会う回数を調整した結果、月に一回会えるようになった、というわけ。
でもその時にあがる話題はみな同じなわけもなく。
「……そういう話は、他の候補の人には」
「言えるわけないよ。国王の言動に異を唱えるようなこと……。フレイミー、君の存在は本当に助かるよ。他の子は……」
そういえば、エイムのこんな生き生きとした表情は、こういう時以外には見たことがない。
けれども。
そんな表情を見せてくれるようになったのは、ミナミ・アラタとやらがきっかけ、ということ。
この人のことを何とかしてあげたい、とずっと思っていた。
なのに、私ができることと言えば、愚痴を聞くことくらい。
なのに、エイムのことをほとんど知らない、異世界の人間が、そんな短時間で、そんな短期間で、私がこの人にこうなってほしいと願ったことを叶えた。
納得がいかない。
そのミナミ・アラタとやらはこの人のことをどれだけ知っているというのか。
※※※※※ ※※※※※
あれから何度かあった後、エイムはとんでもないことを言い出した。
「……父を……国王を拘束しようと思う」
「……え?」
私はエイムの言ったことを、瞬時に理解できなかった。
そしてすぐに頭に浮かんだのは、革命。
この人は一体どうしたのだろう?
「国内の貧困層、農業や漁業に携わる人たちの生活にはあまり関心がない。もちろん問題がそれだけなら、その方面は私が請け負えばいい。けど……アラタのことを執拗に追っていてな……」
また例の旗手の話だ。
「彼をひっとらえるためなら、国の経済が傾いても構わないってくらいの勢いなんだ。なのに彼は、国王に対しては何の恨みもなく……うっとおしいとは思ってるようだが、それでも、旗手の座を放棄して一国民として生活するつもりでいるようなんだ」
魔物を倒す力を持たされながらもその役目を放棄する、などとは前代未聞。
不届き千万ではないか!
「けど……自分の親を……父を……国王を……この手にかける……というのも……。もちろん現国王に成り代わって、この国をより良い国にしたいとも思っている。むしろ私の志は、そっちの方面に強く立てている」
「この手にかける……って……」
エイムは慌てて両手を前に出して否定した。
「いや、極刑とかじゃない。……一王族の一人としての生活に戻ってもらいたいってことさ。でももちろん、一筋縄ではいかない。父を諭そうとしても、支持する貴族らに逆に言いくるめられることもあるかもしれない」
確かに人生経験豊富な貴族はたくさんいる。
舌先三寸で言い負かされるに違いない。
「でもまぁ、私一人でやるつもりはない。既に大勢の同志が集まっている。ただ……」
そこでエイムは言葉を濁した。
私にも加担してほしい、ということなんだろうか。
妃候補者ではあるけれど、社会的には中立の立場でいいはず。
エイムが言いづらそうにしているのは、そんな私の立場を慮ってのことだろうか。
「……父と私達家族の間に……亀裂は入ってほしくないんだ……」
違った。
違ったのはいいのだけれど。
他所の世界から来た者達よりも、私はエイムのことをよく知っている。
なのに、そんな私よりも短い時間でエイムの心を開いた。
そんな旗手一人が、国から追われるようなことをしている旗手が、そしておそらく、エイムの家庭の事情を知らないであろう旗手が、家族の仲でエイムを悩ませ、心を痛めている。
確かにエイムの言う通り、こちらの勝手な都合で呼び出されたかもしれない。
だが、旗手という役目を放棄してここに住みつくということは、その勝手な都合を受け入れたということだ。
その能力だって、その有無を自在にできるなら抹消してもらいたいくらいだ。
だがそうではないなら仕方がない。
仕方がないにしてもだ。
その能力を日常生活に使えば、生活だって定住する必要もないはず。
厚かましい上に、エイム……殿下を困らせるなど不届き千万ではないか。
一言どころか、いくらでも文句は言いたい。
だがそれは私の私情。
今後もずっとエイムを支え続けようという志を立てた者として、その者を放逐してやるくらいはしないと。
その前に、そうした後また戻ってくるなどということがないように、その、ミナミ・アラタとやらという人物を知る必要がある。
私は深呼吸して心を落ち着かせ、職場でまとまった休みを取る計画を立てた。
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