フレイミーの一面 その7

 雪崩現象から発生した魔物どもと、ダンジョン内で出入り口に密集しつつある魔物ども。

 この二方面を同時に警戒しなきゃならなくなった。


 ……魔物の集団だけなら、の話。

 しかし、さらに厄介な連中とも対峙しなきゃならない。

 三方面。

 どうしろと。


「……ダンジョン、とは……あっちの……出入り口が二か所ある地下へのダンジョンのこと……ですね?」


 ほかにどこにあるよ。


「そうよ。あなた達も何度か入ったことあったでしょ?」


 こっちから、フレイミー達に情報を与える義務はないし義理もない。

 沈黙は金ともいう。

 ヨウミがそれに応えたが、こいつらが知らなきゃならない理由もないんだよな。


「なら、雪崩現象から出てくる魔物よりも、ダンジョンから這い出てくる魔物の対処が先、ということね?」

「それを知ってどうするつもりだ?」

「もちろん、村を守るために、魔物討伐に行くのよ」


 まったくこいつは。


 ……確かにダンジョン地上口にに集まってきている魔物どもだったら、こいつらはあっさりと退けるくらいの戦力はある。

 けどな。


「村を守る、つったな。……気が向いた時にしかやってくれない安全確保の仕事は、される方にとっては厄介なんだよ」

「何ですって?!」


 親切の押し売りもされた経験もかなり積んだ。

 こっちにとってはいい迷惑。

 そう、あれは……会社勤めをしてた頃だった……。


 出勤日の昼、食べたいメニューがあるから外食に出る。

 だが同僚から、奢ってやるから俺の行きつけの店に行こう、などと言われる。

 そっちには行きたくないし、一人で昼飯を楽しみたいから、その申し出を断る。

 すると、何をどう解釈したのか。


「奢られるのが嫌いなら、俺に奢れ。食費を出したいってんなら俺に昼飯代を出せ。あぁ、上司に伝えとくわ。俺の分の昼飯代を、こいつの給料から天引きしろってな!」


 何でそんな発想になるんだ?

 呆気に取られた俺は、部屋から出るそいつの背中を見てるだけしかできなかった。

 昼休みが終わってそいつが俺に開口一番。


「上司に言っといたわ。ざまぁみろ」


 まさか自分勝手な理論を上司に伝えるとは思わなかった。

 上司もその言い分を聞くとは思わなかった。

 だが、翌月の給料日は、若干額が下がり、それが一年近く続いてた。


 異常な思考と理論、主義主張だ。

 だが、実際にあったことだ。

 そんな思考や理論をする者は、この世界にはいないとは言い切れない。

 前国王は自分勝手な主張で、俺を追い出したくらいだからな。


 もしそんな思考だったら、この場合は……。

 ダンジョンの出入り口を塞いでる岩や雪を撤去するか、応戦に出る俺らに喧嘩吹っ掛けるか、そんなとこだろう。


 そんなことをしてから、こいつはシアンには何と伝えるか。

 そこまで俺が頭を働かせる気はないが、梯子を外されることは間違いないだろうな。

 そうならないように、今の時点で俺のほうからこいつに下手に手出しをしたら、シアンはどんな顔をするか。


 ……ま、そんな俺の、こいつへの思い込みはどうでもいいか。


「なぁ、フレイミーよ。本当にそんな公的な思いが強いんだったら……この村以外はどうなんだ?」

「え?」

「国のため、国民のためってんなら、今この時点で、魔物に襲われてる村……国民はほかにいないのか? 俺は、……一応ここには世話になってるから、村を救うってつもりはねぇが、俺らで止められる村への被害は食い止める。けど他の村や町に、同じような感情は持ち合わせちゃいない。被害が出てから、何とかできるなら何とかしてもいいか、くらいには思えるが。だがお前はそうじゃねぇだろ。あぁ、もちろん冒険者は例外として、だが」


 フレイミーは呆然としている。

 俺に言われるまで他の場所のことは頭になかったようだ。


「お前がここに固執してるのは、こいつらのこともあるんだろうが、シアンに特別視してもらうために利用してる感があるな。もちろん村を守る意識は強かろうが、自分の行動に失敗や間違いは有り得ないって思ってんだろ。この村は、お前の人生のステップアップのためにあるんじゃねぇ。この国のかなりの範囲での食を担っているこの村は、そんなお前よりもはるかに価値が高い。お前はこの国の保安の一翼を担ってるかもしれんが、お前じゃなくても、本腰入れりゃこの村を守る存在は他にもいる。シアンの力になりたいんだったら、実績を重ねるよりも、それ相応の戦力増強を図る方が先だと思うぞ」


 正確なことを言うのが正義ってわけでもない。

 人のプライドを傷つけることだってある。

 だがこいつ一人で、この村と同じ働きをしてくれるわけじゃない。

 一人のプライドを守るために、それよりも高い価値を持つ何かを犠牲にしていいはずがない。


 ……この世界に転移する前は、そんなことは口にできなかった。

 けどこの世界では、自分で動いて商売を始めた。

 その結果、見知らぬ大勢の役に立ってる、と思う。

 ここに来て、俺の価値は上がったと思うし、その手ごたえはある。

 それも、少しどころじゃない。

 けどこいつはどうだろう?

 貴族の家に生まれただけ。

 護衛の人達も、自分で探したわけでもなかろうし。


「……数多くのライバル蹴散らして、婚約者の座を掴んだんだろう? だったらその利を生かして、いつもあいつのそばにいて、あいつがどんな時にどんなことをしているかってのを目に焼き付けておく方が、よほどあいつが助かると思うし喜ぶんじゃねぇのか?」


 フレイミーが訝し気に俺を見る。

 口八丁手八丁で言いくるめられないように警戒してるのか。

 けど、両手足の防具で全員を村から吹っ飛ばしても構いやしないんだが、あとでどんな仕返しされるか予想もつかないからな。

 穏便に解決できるなら、それに越したこたぁないんだが。


「シアンと肩を並べて支えたいって気持ちも、あいつに自分の力をサプライズで見てもらって喜んでほしいって気持ちも分からんでもないが、お前があいつの人生の何割関わってたかって考えると、お前の知らないあいつの面はまだまだたくさんある。それはお前にも当てはまるわけだが。自分のことをもっと知ってもらうべきだと思うぞ?」


 あいつは、今のお前のように開き直りはしなかったし、詫びる以外の強い自己主張はなかった。

 あいつが詫びなきゃならないことじゃなかったのに、だ。


 こいつの場合は……まぁこいつからも詫びを入れてほしいとは思っちゃいないが……。

 そういうところは見習ってほしいとは思う。

 ……お詫びの押し付けも、ちょっと問題ありか? と思うところはあるがな。


「……さぷらいず……って……何だか分かんないけど……」


 ……そうだった。

 英語、通用しない言葉もあったんだった。


「そうね……。婚約者が、婚約者候補から外れた人達と同じくらいしか陛下のことを知らない、というのは……問題あるわね……」


 ……村を守る、なんて言い張った割には、そっちの反応がでかいってのはどうなんだ?

 まぁ不快な感情でいられるよりは、納得してもらえる方がこっちとしても都合はいい。


「使いみたいに扱うようで済まんが、早速シアンに伝言頼んでいいか? 普通の魔物の集団も現れたから、こっちになるべく早く駆け付けられる態勢整えてくれって。時間との勝負だ。迷ってるんならすぐに動いてくれ。シアンと一緒に戦線に立つこともできるだろうしな。ここから梃子でも動かないつもりなら拒否していいが、シアンとの重大な関わりが一つ減る。あいつだけの二人きりの話題も減る。漏れた妃候補者ともそんなに違いはない……」


「……いいでしょう。確かに使役されるような形は気が進みませんが……貴方を何かと優遇している陛下に免じて、その依頼を聞き届けましょう」


 ようやくここから立ち去ってくれた。

 ひとまず、厄介な物が一つなくなった。

 被害が俺の精神力だけってのは僥倖かな。


 やれやれだ。

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