宿とこの街にて その10

 仲間が急にいなくなって、頭が真っ白。

 そして、魔物を討伐したのに自分の取り分なしどころか、更に支出がかさんで目の前が真っ暗。

 この後、どうすればいいというのか。

 とりあえず、残金を確認しなきゃ。


 初仕事でこの街を出る前の残金は百七十万弱。

 目が覚めて、シーナ市への帰路の馬車代が五千円ほど。

 通行料に二十万円。

 宿泊費未払いが十六万円。

 収入はなしで、百三十万弱になって、依頼を受けた現場からの損害賠償が……ほんとに来るのかどうか分からないけど、低く見積もっても百万……だけど……払わなくてもいいよね?

 チームリーダーならともかく……。


「で、今日は泊まるのか?」


 野宿の方がいいかも。

 でも、それだと宿屋のマスターから、直前で取りやめって思われて、余計な料金取られちゃうよね……。

 なら、今夜は泊まって、明日から野宿にするしかない……ね。


「はい。で、宿泊は今夜までにします。明晩からは野宿にしようかと……」

「そうか。分かった。んじゃ今夜の分四万円な」


 ……四万で済んだ、と思うしかない。

 これで……百二十万とちょっとまで減ってしまった。


 ※※※※※ ※※※※※


 翌朝。

 朝食は別料金。

 ならば、もうこの宿には用はない。

 狩りでもして、適当に魔獣や動物の肉でも調理して食べようか。

 と、宿を出ようとしたところに、宿屋の主から呼び止められた。


「あぁ、マッキーさん。酒場のマスターが用事があるそうですよ?」


 現場からの賠償金の話だろうか。

 と言うか、それ以外考えられない。

 逃げたら多分、街門の門番兵に捕まるんだろうなあ……。

 でも、ならどうやってあの五人は逃げられたんだろう?

 あたしに責任を押し付けて立ち去った、のかな……。

 ま、何であれ、ここは随うよりほかにない。


「はい……分かりました」


 で、酒場の方に行ってみる。


「あぁ、マッキーさん、来ましたね。お早うございます」

「おはよう……ございます」

「あなた方が依頼を受けた鉱石採掘現場の監督さんが来られますので、そこらでお座りになってお待ちください」

「はい……」


 何か、判決を受ける直前のような気分。

 けど間もなくして、あたしに用事があるという、その現場監督の人がやってきた。


「あぁ、あんたがうちらの依頼を引き受けてくれたマッキーさんだね? 俺はトゥリキってもんだ。あそこに住み着いたスライム退治を依頼した者だか……」


 引き受けたのは星の頂点という冒険者パーティであって、あたし個人じゃないんだけど……。


「単刀直入に言おうか。あそこは鉱石がたくさん採れる場所でね。あんな風に、現場のど真ん中に穴を空けられたら、作業に差し障りが出るし、採掘量が減るってもんだ」

「は……はい……」

「あの現場を迂回するように、別に階層を掘って作らにゃならんし、それで採掘量は挽回できるが、その作業にも当然費用が掛かる」

「はい……」

「ざっと見積もって百五十万くらいかかるな」


 何も言葉を返せない。

 もっと安くなりませんか? なんて言える立場じゃない。

 穴を空けたのは確かにあたし。

 けど、そうでもしないとみんな助からなかったし、作業員の人達だって、まだ作業は止まったままのはず。

 それに、あたしが依頼を請け負った代表者じゃない。

 そういう意味でも、この監督さんがあたしに話をする前提が間違っている。

 間違っている以上、その見積もりにどうこう言うべき立場じゃないってこと。

 でも、向こうから見たあたし達は、それはあたし達の内輪もめとしか思ってくれないんだろうなぁ。


「街がいなく百五十万以上はかかる。けど細かいとこまで計算してたら、それこそ作業が進まねぇ。ここは百五十万で我慢する。出してもらえるかな?」


 本当にそんな金額になるのかどうかも怪しいし。

 それに、ここの宿屋だって、あたしがエルフと知って、宿を無理やり高い部屋を押し付けてきたんだ。

 種族が異なる、あるいは気に食わないということで、高めに吹っ掛けてる可能性もある。

 けど、価格の高い低いの根拠は、あたしにはない。

 ここから解放されたければ、素直に相手の言うことを聞くしかないんだけども……。


「そんなに……お金持ってません」

「……いくらまでなら出せるかね?」


 お金をなるべく多く引っ張り出すことしか考えてなさそう。

 でも、あたし達がスライムを倒したという事実は変えようがない。

 報酬は出したにしても、そこら辺でいくらか差し引きを考えてもらえるなら……。


「百万……なら……」


 請求の六割以上で、あたしの所持金の六分の五。

 もし相手が私情を挟まず、単純計算のみで算出した見積もりならば、納得してもらえるかどうか……。


「もうちょっと何とかならんかね。見積もりの半額よりちょっと多いくらいじゃ、こちらの仕事も進められんよ」


 そういう見方で来られたか。


「……百二十万……以上は出せません……」


 頼れる存在はなし。

 相談相手もなし。

 百万で勘弁してください、と拝み倒しても、強制労働とかさせられたくもない。

 あたしには、探さないといけない誰かがいるんだ。


 ……でも……。

 どうやって探せばいいんだろう?

 何を手掛かりにすればいいんだろう?

 その相手を見つけて喜ぶ自分の姿が、とても想像できない。


「はぁ……仕方がない。それで我慢してやるか……」


 監督さんはあたしの提示した金額を聞いて、下を向いてがっくりと肩を落としている。

 多分、あたしがエルフということで吹っ掛けたということでもないらしい。

 であるならあたしも、迷惑をかけて申し訳ないとは思うんだけど、流石にこれ以上は……。

 依頼を引き受けて達成しても、報酬を手にできるとは思えなくなってきた。

 監督さんの希望する額を払える自信もなくなるわけで……。

 できない約束より、すぐ出せるお金の方が、監督さんにとっても助かる話じゃなかろうか。


「……じゃあこれ、確認してもらえます?」


 空間収納魔法から財布を取り出し、札を全て抜き取り監督の前に出した。


「え? あ、おう……。あ、検めさせてもらうよ」


 まさか即金で出されるとは思ってなかったようで、ちょっと驚きながら札束を数え始めた。

 いくらか機嫌がよくなってくれると有り難い。

 門番兵とかに通報されるような事態は避けたい。

 強制労働とそんなに変りないから。


「うん……確かにあるね。じゃあ……はい、これ、領収書。できれば満額欲しかったが、まぁこれで我慢するよ。変に呪いかけられても困るしな」


 ……ダークエルフ、だからか。


 村を出て、そんなに日数が立ってないのに……文無しに近づきつつある。

 おまけに、偏見は冒険者にだってされることがあることも、身をもって知った。

 ワッキャムさんの善意は有り難かったけど……そんな善意を持つ人自体少ないような気がする。




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