宿とこの街にて その9

 得体のしれない不安がよぎる。

 あの気のいい作業員の話によれば、あたしは二日間気を失っていたってことだ。

 その間、みんなは何をしてたんだろう?

 早く確認したいところだった。

 なのに、また足止めを食らってしまった。


「通行料、二十万円」


 門番兵が、乗り合い馬車の乗客一人一人に確認する。

 そしてあたしを見た時だった。

 そう言えば、町を出る時にはその二十万のうちの十万円、払い戻してもらっていない。

 そのことを申告してみる。

 すると……。


「ほう? そうなのか? だが今は、この街に入るための通行料二十万円が必要だ。払いなさい」


 にべもない。

 冒険者の一員としてこの町を出たからだろうか?

 でも、そんなことを考えたって、字体に変化があるわけじゃない。


「ほお、空間収納魔法か。珍しいな」


 褒められた、んだろうか?

 そんなことよりも、ほかの乗客に迷惑はかけられない。


「……よし、確認完了。この馬車は通ってよし!」


 出費は痛い。

 けど、宿に……酒場に着いたら、今回の件の報酬がきっとある。

 考えてみれば、みんなも気を失っていたとしたら、あたしよりも早く運び出されていてもおかしくはない。

 なら、あたしが今まで発見されなかったことにも納得がいく。

 一刻も早く確認したい。

 宿に早く着いてくれないかな……。


 ※※※※※ ※※※※※


「え……えっと……何を言ってるか分かんないんですけど……」


 安ら木荘にようやく着いた。

 ドアを壊さんばかりの勢いで宿に、そして酒場に突入した。

 誰もがみんな、あたしのことを驚いて注目してるみたいだけど、こっちはそれどころじゃない。

 そして酒場のマスターに、あたし達が受けた依頼の件について聞いてみた。

 その返事を聞いて、辛うじて出た言葉がこれだった。


 だって、信じられないんだもん!


 依頼のスライム討伐をしてから五日経過しているって言うんだから!


「で、でも、作業場では、報告を受けてから二日って言ってましたよ?!」

「よく聞けや。五日前に、星の頂点の五人から、依頼達成の証となるブツを受け取ったんだよ」


 ブツとは、毒気に染まった壁の一部。

 毒の成分は全て揮発していて、持ち出しても何の問題もない、という判断らしかった。

 けど物証としてはちょっと薄い。


「現場に行って確認して、問題なしと断定できたのはそれから三日後。依頼者にそれを伝えて、その二日後に依頼者があんたを見つけたってことだろうよ」


 落ち着いて考えれば、確かに物事の流れには納得はできる。

 けど、みんなはどうしたの?


「で、依頼達成ってことで、報酬全額を彼らに渡して、この依頼は終了、と」


 え?

 え? ちょっと待って!


「あ、あの……あたし……には……」

「……マッキーさん、だっけ?」


 酒場のマスターは、ため息混じりにゆっくりと話し出した。


「……あんたに伝言預かってるよ。『もうあんな思いは御免だ』『ダークエルフに付きまとわれると災難が続くって話は聞いたことがある。眉唾と思ってたけど、まさか本当に起こるとは』『メーイとカスミビの怪我が酷い。治療費その他はマッキーが受け取る報酬以上かかるから、お前の分そっくり使わせてもらう』『悪いけど、ついていけない』だとさ」

「え……?」


 仲間って……大変な目に遭ったら助け合うもんじゃないの?!

 それに、怪我の治療費だって……公金とやらから出すんじゃないの?

 あたしが受け取るはずだった報酬全額をそれに使うって……それはちょっとあんまりじゃない?!


「で、治療が終わってすぐ、この街を出てったようだったから、足取りは不明。追いかけようにも手掛かりなし、だな」

「そんなっ……」


 でも、場数を踏んできた冒険者パーティとは言え、自分にとって危険な依頼は常に避けてきたとしたらば、今回のように死ぬかもしれない状況になったら、確かにこれからも行動を共にする思いは薄らぐかもしれない。

 でも、あたしだって、この光の弓矢がなければ何度死んでただろう?

 ……依頼を受ける仕事の内容は、パーティの方針次第なんだろうけど、危険を予測して対応できるくらいの器量はあったじゃない。

 あたしのことを探すにしても、二次災害は怖いだろうけど、それを防ぐ手立てくらいあったんじゃないの?

 目的地にたどり着くまでに消費した魔力は、耐毒くらいだったでしょうに。

 あとは地下七階に照明の魔石を使っただけ。

 そこに行くまで、他に魔物はいなかったし、あの魔物は光の弓矢で焼失させてから、その物証となる者を手に入れるくらいの冷静さがあったのなら……。


 いや、もういい。

 あの人達は、ただ魔物に襲われただけ。

 あたしは、光の弓矢で魔物を燃やしたのは確認できた。

 つまり、あたしの功績を奪って、報酬も奪って、あとはあたしを現場に投げ捨てた。

 共に危険な現場に向かい、気を失ったあたしを介抱してくれる、そんな強いきずなを持つ人達じゃなかったってこと。

 それだけでも収穫だ。

 冒険者パーティなら誰でもそうする、とは言い切れないけど、自分の安全を優先するというのなら、あたしが探している縁を持つ相手は、きっとそんな人達の中にはいない。


「……もういいわ、分かった。面倒かけたわね」

「……それと、依頼者達から面倒事起こされてんだわ」

「面倒事? それはあたしに言うこと?」

「あぁ。功績のさっくつ現場の床に穴開けたそうじゃねぇか。計算が狂っちまうってよ。修繕もしくはそれによって採掘に損が出そうな分を補填してくれ、とよ」

「なっ……!」

「この文句は昨日とどいてな。あの五人が去った後だったから、俺にゃ何ともしようがなくてよ。計算だと、百五十万くらいになるかってはなしだったな」

「そんなっ……!」


 報酬をもらえるどころか、余計な支出が必要になってしまった。

 魔物を倒したその結果がこれ。

 恩を仇で返されたなんてもんじゃない。


「……ま、あんたにしちゃ、いきなりの急展開だ。一晩休んで、ゆっくり考えてみな」


 マスターに何か言わずにいられない。

 でも、マスターに言ったところで状況は変わんないのよね……。

 とりあえず宿の方に顔出してみるか……。


「あいよ。しばらく不在だったようだが、大丈夫か?」


 宿の方では、意外にも優しい言葉をかけてもらった。


 と思ってた。


「え、えぇ……大丈夫……」

「あぁ、あんたの体具合の話じゃねぇよ。あんたの懐具合の話だ」

「え?」


 ところが違ってた。


「二泊分八万円はもらってあるがね。四泊分が未払いなんだよな。十六万円」

「え?」


 それ、どういうこと?


「なんか、冒険者のパーティに入ったらしいが、あんたが泊ってた部屋の解約はされてなかったからな。こっちはいつ戻ってきてもいいようにいつも準備してたんだ。部屋を使ってようが未使用だろうが、宿泊代はしっかり払ってもらわにゃ困る」

「そんな……」


 誰かに相談しようにも、相談できる相手がいない。

 無事に戻ってこれたのもつかの間、ここに来て目の前が真っ暗になった。

 一体あたしはこの街で、今まで何をしてたんだろう……。

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