御者との別れ そして 宿とこの街にて

 街の中に入ってすぐに、御者が車内にいるあたしに声をかけてきた。


「すいません。相手がお役人なら、余計な口を出すとこの仕事に障りがでることがあるんですよ」


 国のために働く仕事をしている者達のことを見な役人というのなら、外部の者達が最初に会う街門の門番兵達は、まさにこの国の、民間のために真っ先に立ち上がる役人、と言えるんだろう。

 ちなみに領門は門番兵はなく、魔物や魔獣などを寄り付かせない力がこもっている壁がそびえ立っているだけ。

 門の開け閉めは、後ろに人がいようとも、必ず閉めなければならない暗黙の規則があるんだそうだ。

 まぁそれはおいといて。


「気にしないで。御者さんがあまりに親切にしてくれたから、あたしも御者さんと同じ立場って勘違いしちゃった」


 お金をとられるとは思ってもみなかったけど、単にあたしが世間知らずってこと。

 金額の多少とか種族の違いはあるけど、誰でも一定の額以上の料金を支払う必要はあるみたいだし、街門での出費は仕方のないことかな。


 街の中に入ると、あたしの村と違って色が艶やかすぎて目が回りそう。

 そして、整備された地面に街並み。

 馬車越しでも、その環境が素晴らしいのはよく分かる。

 前世でも体験してはいたけども、おそらくあの時代よりは相当質が高い。

 領外の道と比べれば、乗り心地もかなりいい。

 前世の記憶にも似たような風景はあるけど、実際に体験するのとはまるで違う。


「街の中、楽しそうだけどちょっとつらいかなぁ」


 もう少し、目に優しい彩りだったらいいのに。


「マッキーさん、市内の宿場ににつきましたが」


 そんなことを考えてたら、御者席から呼び掛けられた。


「安宿だと粗悪で、保安も怪しいところが多いんです。門番兵のみたいに、人間じゃないからという理由で高めの料金になるかもしれませんが、安宿よりは遥かに善良と思いますがどうします?」


 そうだ。

 街並みに気をとられている場合じゃなかった。

 にしても……そうか。

 何をするにしてもお金、使っちゃうんだな。

 けど、なるべく使わないようにしたら、確かに身の安全に不安がある。

 弓矢を使えば問題ないけど、街中でそんなのを飛ばしまくってたら危険人物に見られるのは間違いない。


「御者さんの助言通り、安い宿は止めておきたいな。となれば……」


 となれば、高い宿の方がいいんだけど、相場ってどれくらいなのかなぁ?


「一泊、二万くらいまでなら……いいかなぁ。十日……は宿泊費がかさむわね。五日くらい滞在して、冒険者の真似事ができるならさらに宿泊を延長できるところがいいかなぁ」

「ならば、目当ての宿に到着したら、この馬車の利用を終わらせる方がいいでしょう。冒険者達も魔物討伐で馬車を利用することも結構あります。けど専属で何日も貸し切りになることが多く、料金は結構かさばります。食事と風呂とトイレはありませんが、動く宿と見なす客もいますしね」


 お金の節約の助言をしてくれたことは、素直にうれしい。

 でも、いろいろ細々とした助言をしてくれる人と離れる不安はある。

 けど、あたしが望む縁の相手とは言い切れない気がする。

 仕方がないけど、これも受け入れなきゃならない別れなんだろうなぁ。


「うん。有り難う。そうする。世話になったわね。で、おすすめの宿まで連れてってほしいんだけど」

「一泊二万を目安に、というと、ちょうどこの宿がいいでしょう。『安ら木荘』です。高くはありませんが安くもない。その割には保安には問題なし、この階級では評判のお店です。特別室なら二万を優に超えますが、普通の個室部屋では、一泊は二万をちょっと下回る額です。値段を変更した話も聞いてませんし、ちょうどよろしいかと」


 時刻は夕方。

 それにしては明るすぎる照明が、全ての宿の入り口と街灯に灯されてる。

 どの宿も、入り口の上に看板が書かれてあり、それぞれの宿の名前が書かれていた。


「『安ら木荘』ね。うん。……今までありがとうございました」

「いえいえ。私も助かりましたよ。通行止めかと思いきや、マッキーさんのおかげで、馬も車両も傷めずに通れたんですから」


 忘れてた。

 馬二頭も、元気でなきゃ車引っ張れないもんね。


「お馬さん達も有り難うね」


 鼻面を撫でる。

 喜んでいるのか、それとも別れることが分かってるのか、顔を上下に動かして体に擦りつけてくる。


「あ、御者さんに料金払わなきゃ。いくらでしたっけ?」

「普段通りなら、二万三千円ほど頂くところですが、こちらもお世話になりましたし、ひょっとしてこれからもごひいきにしてくれるかもしれませんから、二万ちょうどでよろしいですよ?」


 何か、申し訳ない気もするけど……。


「まぁすぐに失くされるかも分かりませんけど、こちらをどうぞ」

「えっと……これ……」

「名刺です。ワッキャム=ルーノ。運送組合には入ってますが、個人で営業してるものですから」

「ワッキャムさんね。通話番号?」

「この街から出る際には、宿から通話機で連絡いただけたら迎えに行きますよ。まぁ当てのない旅なら、何日の何時に連絡する、とは言えませんでしょうけどね」


 そう。

 この街で目的を果たせるかもしれないし、長くいないといけないかもしれないし、明日にでも去るかもしれない。

 けどまぁ、ひょっとしたら、ここでお別れして何の連絡もなしに再会できる縁かもしれないし。

 なら、運命の気まぐれに身を任せることにしますか。


「ええ。ワッキャムさんもお馬さん達も、また会う時までお元気で」

「ありがとうございます。では」


 御者のワッキャムさんが馬車を再び走らせ、明るい宿場の中心に向かって走り去っていった。


 これからは……いつまで何をここですべきか。

 とりあえずこの宿に入るとして、そのことはそのあとでゆっくり考えるとしますか。

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