謎の脱毛症 その3
「その魔物……虫か? 名前、きちんと付けた方がいいんじゃねぇか? つか、ないのか?」
「ねぇな。んだって、そいつに気を付ける必要ねぇからよお」
「シラナクテモイキテイケルシナ」
社会で生活したり、自分で自分の名前を付けたり名乗ったりすることができる者には、確かに名前は必要だろう。
でなきゃ、周りは自分のことを呼ぶときに、何と呼んだらいいか分からないし、呼ばれた者は、呼んでもらってもそれが自分の事かどうかも分からない。
翻って戻すと、その虫が他種族から名前を呼ばれても自分の事と理解できる知能があるかどうか。
言語を使用しない種族であっても、誰もが個々の違いを認識できるなら名前は必要ないのだろう。
ならば種族名の必要も感じなければ名乗ることもないし、言葉を発しなければ名乗ること自体できない。
なら、その存在を知り、そいつらに注意を向ける必要がある者が、そいつらに名前を付ける必要はある。
そいつらのために、ではなく、自分らのために、だ。
「けど、テンちゃん……天馬に、メイス……人間にこうして被害が出てる。名前は付ける方がいいが……ケムシは却下な?」
「エー?」
えー? じゃねぇわ。
でも、名前、どんなのがいいかなぁ。
「虫だけど、魔物よね? マムシはどうかな?」
「マッキー、マムシって名前の蛇がいるのよ。だからそれと紛らわしいからそれは困るかな」
「え? そうなの?」
魔物の虫で魔虫かぁ。
確かに耳で聞くと、マムシなんだよなぁ。
「ンジャケマムシ」
ケムシから離れろよ。
でもケマムシって、まぁ余り耳慣れない言葉だしな。
「じゃあそれにするか。ケマムシに決定」
「おー」
おーはいいけどよ。
名前決めて、それで終わりってのはないだろうに。
「んじゃよお、改めてそのケマムシな。住処の岩盤をどうこうするってのは、俺らにはできねぇ。仮にできるんでも、土台が崩れっちまうがよ。地上に住む家全部ひっくり返んぞ?」
「ウゴキハハヤクナイ。ミツケタラツブシチマエバ、ソレデイイ」
ひ弱そうな生き物っぽいからな。
けれども。
「見たことないんだろ? あったとしても……写真とかないしな」
姿形が分からなかったら、どれがケマムシなのか分からない。
「んー、まぁそりゃおいといて、だわな。連中は夜でないと動かんわ」
「夜じゃないと動かない……って、夜行性か」
ならなおさら日中見つけるのは無理、だな。
「イドウキョリハミジカイ。ダカラ、シュウダンデイドウハ、ヒガイガナクナッテカラキヅク」
退治するとしても、後手後手に回ることが多いかもってことか。
集団と言えば。
「大体二十匹くらいの集団っつってたな? それより多くなると集団が分裂する、と」
「んだんだ。あぁ、そういやメイスも被害受けたんだったなや。ひょっとすっと、アラタの店とメイスの店、集団は二つになったかもなあ」
「ちょっと待て。こっちの被害はテンちゃんだけだ。しかも車庫で寝てた時。他は被害がない、ということは……」
「車庫に巣があるかもなあ。あとはメイスんとこか」
「お、俺も、洞窟の中の一室が寝室なんだけど……」
寝る環境は同じ。
ということは、岩盤が一つだとしたら、傾いて地中に埋まってるのかもな。
まぁそれはおいといて。
「メイスの方の、奥には魔獣が何匹もいるから、おそらくそいつらはそっち目指すんじゃねえかな?」
「え? すぐそばに魔獣の住処があるんですか?」
メイスは一瞬青くなったが。
「あ? いやいや、そんな近くにゃいねぇよ。ただ、その住処まではほぼ一直線。崖の山あり谷ありはねぇから、ケマムシも移動は楽かもなってな」
魔獣はこっちに来る心配はない。そしてケマムシはそっちに移動するかもしれない、と。
「ずっと今の場所に留まるってのは……」
「ねぇな。あいつらも習性っちゅーもんがあるからな」
「クウケノモチヌシハ、ジブンラヲカンタンニオシツブス。オソラクソレヲミニシミテシッテルカラ、スミカガバレナイウチニイドウスル」
弱いなら弱いなりに、弱い者らしく、必死に知恵を身に付けて生きているんだなぁ……。
涙ぐましいじゃないか。
だが、その被害の見た目があまりにひどい。
可哀想だが、退治するしかない。
そしてそいつらには、今後二度と俺達に関わらずに生きて行くことを祈ってやろう。
とりあえず今は……。
「じゃ、今日のこれからは……普段通りということで」
「え? ちょっとアラタさん、待ってくださいよ。俺はどうなるんです?」
どうなるも何も……。
「ケマムシの姿はよく分からんし、日中は巣に潜んでる。打つ手なしだろ?」
打つ手がないから、普段通りの毎日を送るしかない。
「そんなあ……」
「そんな顔をするな。いろいろ対策は考えてやるから」
「お……お願いしますよ? ホント……」
でもメイスの髪の毛はずっとそのままってわけじゃないだろうし、思うほど深刻じゃないと思うんだよなぁ。
※※※※※ ※※※※※
ということで、今日も昨日と同様、俺の仕事にテンちゃんが付き添う。
そして集団戦を申し込んだ連中の不満顔も、終った後のそいつらのへたばった顔も、昨日と同様。
この日一日もまぁ無事に過ごし、晩飯を食い終わって風呂に入る。
そしてこの一日が終わろうとしていた。
が……。
ところで゛、生活習慣ってのは人によって違うはずだ。
風呂に入る時間をいつにするか。
朝に入る人もいれば、夜寝る前に入る人もいる。
朝の歯磨きだって、朝起きてすぐする人もいれば朝食後にする人もいる。
そして下着の交換のタイミング。
朝起きて、寝間着から普段着に着替える時に、衣類を全て着替える人もいるだろう。
俺の風呂に入るタイミングは夜寝る前。
そして、風呂上がりの時に下着を代える。
子供の頃からそうしていた。
もちろんできない頃もあった。
この世界に来てから行商を止める時までの間は、毎日はそんなことはできなかった。
けど、この店を始めてからはいつもの習慣は再開した。
「さて……お風呂お風呂っと」
そのいつも通りの入浴タイム。
その日の気分で風呂に入るタイミングを変えるテンちゃんと入る必要のないライム、体が小さいから入浴時間を決める必要がないコーティは住処に戻る。
それ以外の仲間は一緒に温泉に向かう。
ただサミーは脱衣所で、俺の風呂上がりを待っている。
時々一緒に入るが烏の行水。さっさと風呂からすぐ上がる。
いずれ、俺が風呂から上がるまでは脱衣所で待機。
脱衣所は、当然ながら男女別。
種族によっては性別がないのもあるが、うちらで性別不明はライムのみ。
男はモーナーのみ、だな。
改めて、女の比率が高いんだな。
まぁ別に気にすることでもないが……。
「アラタあ、前からあ、言ってるけどお、飲み物売り場あ、欲しいんだけどお」
サウナがないから必要ないような気がしないでもないんだが。
でもやっぱ、あった方がいいのかなぁ。
「んー……まぁ考えとくわ」
風呂上がりに冷たい一杯が欲しい、という奴は、モーナーばかりじゃない。
が、そんな声は多くは聞こえてこないんだよな。
経営を考えるなら、儲けのことまで考えて決めないと、なんだよな。
気まぐれで決めるわけにはいかない。
結構事業が大きくなってきてるような気がするし……。
「さて……え?」
衣類を全て脱いで、タオルを肩にひっかけて浴場に行く。
そのつもりだったが、脱いだ後、視界に入る下半身を見て、俺は固まってしまった。
「……毛が……ない……」
体毛は、頭髪とひげ以外手入れをしたことがない。
当然、下の毛も。
ところがだ。
前面に一本も毛が生えてない。
何だこれ。
何なんだこれ?
何なんだよこれはっ!
「んー? アラタあ、何か言ったかあ?」
しばらくボーっとしていたが、近寄るモーナーの気配に気づき我に返る。
「あ、いや、何でもないっ。あ、先に入っててくれ」
「あー、うん、わかったあ」
まさか……三人目の被害者が既にいて、それが俺で、しかも被害か所が……そこかよおぉ?!
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